以下、「以下、以下の投稿の続きです。」と言う文までは、前回までの投稿と重複します。前回までの投稿を、ご覧になった方は、飛ばして下さい。
4月の上旬に、前日に我が家に泊まった彼女と、新宿御苑(shinjyukugyoen)に桜の花を見に行って来た時(以下、この日と書きます)の物です。
この前日は、彼女は、我が家に泊まり、2人共、夜更かしをし、この日は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べた後、彼女と、新宿御苑(shinjyukugyoen)に、桜の花を見に、散歩に出掛けました。
この日は、新宿御苑(shinjyukugyoen)には、電車(通勤電車)で出掛けました。この日は、2人共(私も彼女も)、
歩き易い靴で出掛けました。
新宿御苑(shinjyukugyoen)は、新宿(東京のビジネス(business)の中心地区の一つであると共に、東京最大級の繁華街の一つ。東京都心部の西部に位置する)の南(東南)にある広大な都市公園です(電車(通勤電車)・地下鉄の、新宿駅から、新宿御苑(shinjyukugyoen)の入り口の一つまでは、歩いて、10分位)。
新宿御苑(shinjyukugyoen)は、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)から、比較的近い、広い都市公園です(我が家の最寄り駅から、電車(通勤電車)で、新宿まで5分程)。
新宿御苑(shinjyukugyoen)は、東京中心部にある公園の中では、最大級の公園の内の一つです。
ちなみに、我が家から、比較的近い、広い都市公園は、新宿御苑(shinjyukugyoen)の他に、代々木(yoyogi)公園(東京都心部の西部にある、規模の大きな公園。同じく、東京中心部にある公園の中では、最大級の物の内の一つ)があります。我が家から、代々木(yoyogi)公園までは、歩いて15分程であり、代々木(yoyogi)公園は、東京の規模の大きな公園の中では、我が家に最も近い公園で、(代々木(yoyogi)公園は)、個人的に、最も、身近な公園となっています。
新宿御苑(shinjyukugyoen)に関しては、下の補足説明を参照して下さい。
新宿御苑(shinjyukugyoen):新宿御苑(shinjyukugyoen)は、元々、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)に、現在の長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)に該当する地域の地方領主の家の一つ、内藤(naito)家(高遠(takato)内藤(naito)家)の、東京の別荘の一つの広大な敷地だった物です。内藤(naito)家(高遠(takato)内藤(naito)家)は、現在の、伊那(ina)市(長野(nagano)県の南部の北部に位置する人口6万人程の小都市)の、高遠(takato)地区(旧(かつての)高遠(takato)町(人口6,000人程)に該当する地域)を統治していた、地方領主の家です。明治(meiji)時代(1868年から1912年)に入ると、近代的な新中央政府の方針によって、日本全国に、たくさんいた、地方領主達は、地方領主としての地位を失うと共に、封建制時代の城(castle)と庭園を失いました(もっとも、多くの地方領主達は、貴族階級に組み入れられ、近代社会(19世紀末から第2次世界大戦後、間も無くまで)においても、日本の上流階級としての地位と富は、維持しました)。ちなみに、高遠(takato)を統治していた地方領主、内藤(naito)家(高遠(takato)内藤(naito)家)も、近代において、貴族階級に組み入れられ、子爵となりました。
伊那(ina)市(長野(nagano)県の南部の北部に位置する人口6万人程の小都市)の、高遠(takato)地区(旧(かつての)高遠(takato)町(人口6,000人程)に該当する地域にある、高遠(takato)を統治していた地方領主、内藤(naito)家(高遠(takato)内藤(naito)家)の城(castle)の跡については、以下の投稿を参照して下さい。
高遠城跡前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3976639?&sfl=membername&stx=nnemon2
高遠城跡後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3976638?&sfl=membername&stx=nnemon2
また、19世紀後半に、天皇家は、メイン(main)の住まいを、京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市。794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった都市であり、日本の、伝統文化の中心都市)から、東京に移しました。この様な事から、東京の、新宿御苑(shinjyukugyoen)は、19世紀後半以降、皇室(天皇家)の庭園となり、整備し直されました。新宿御苑(shinjyukugyoen)は、この様な歴史を経た後(ちなみに、新宿御苑(shinjyukugyoen)は、第二次世界大戦末期の1945年に、アメリカ軍の空襲を受けて、大きな被害を、被っています)、第2次世界大戦後(1949年)に、改装され、都市公園となり、現在に至っています。前述の通り、我が家から、比較的近い、広い都市公園は、代々木(yoyogi)公園(同じく、東京都心部にある公園の中では、最大級の物の内の一つ)と新宿御苑(shinjyukugyoen)がありますが、代々木(yoyogi)公園(原宿(harajyuku)・渋谷(shibuya)(両方共、東京都心部の主要な繁華街で、若者に人気が高い繁華街)に近く、若者が多い)に比べて、新宿御苑(shinjyukugyoen)は、相対的に、落ち着いた、雰囲気となっています。東京は、非常に大きな大都市ですが、都心部でも、木は、大きく育ちますが、新宿御苑(shinjyukugyoen)にも、大きな木々が多いです。
新宿御苑(shinjyukugyoen)に関して、以下の投稿も参照して下さい。
新宿御苑(薔薇)他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3976298?&sfl=membername&stx=nnemon2
新宿御苑(薔薇)他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3976296?&sfl=membername&stx=nnemon2
桜の花は、おそらく、日本人に、最も親しまれている花であり、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と共に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花はありませんが、桜の花は、(菊と共に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で、桜の花が咲きます。花見(hanami)は、野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする事です。花見(hanami)は、伝統的に、桜の花の時期の、日本人の娯楽となっています。
この日は、私達は、新宿御苑(shinjyukugyoen)で、桜の花を見ながら散歩をすると言う意味での、桜の花見(hanami)を楽しみました。
新宿御苑(shinjyukugyoen)は、お酒の持ち込みと、園内での飲酒は禁止されているので(日本では、お酒の持ち込みと、園内での飲酒が禁止されている公園は珍しく、新宿御苑(shinjyukugyoen)は、例外的です)、この日は、新宿御苑(shinjyukugyoen)では、桜の花を見ながら、お酒以外の飲み物を飲んだり、食事をしたりする花見(hanami)をする人達が、たくさんいました。
以下、以下の投稿の続きです。
新宿御苑(桜)1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3976642?&sfl=membername&stx=nnemon2
新宿御苑(桜)2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3976629?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。桜の花の時期の、新宿御苑(shinjyukugyoen)の風景例の続きです(桜の花の時期の、新宿御苑(shinjyukugyoen)の風景例に関しては、すぐ上でリンクを付けた前回までの投稿も参照して下さい)。この時、新宿御苑(shinjyukugyoen)では、桜の花は、丁度、見頃の最盛期と言った感じでした。
新宿御苑(桜)4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3976640?&sfl=membername&stx=nnemon2