東京駅は、東京都心部の中でも、中心的な地域に位置しています。
東京駅は、旧新橋(shinbashi)駅(1872年開業)に代わる、東京の、新たな、南の(kansai(大阪・京都・神戸(kobe)(東京に次ぐ、日本第二の人口を有する大都市圏))方面への)、鉄道の玄関口(gateway)として、1914年開業した鉄道駅です。東京駅は、東京を代表する駅で、言わば、東京の顔と言える、鉄道駅です。
旧新橋(shinbashi)駅(1872年開業)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
加賀象嵌(金沢の伝統工芸)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3818056/page/7?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京駅は、個人的に、私が、東京の六大主要駅と呼んでいる駅(東京駅、新宿駅(1885年開業)、渋谷(shibuya)駅(東京都心部の西部に位置する。1885年開業)、池袋(ikebukuro)駅(東京都心部の北西部に位置する。1903年開業)、上野(ueno)駅(東京都心部の北東部に位置する1883年開業)、品川(shinagawa)駅(東京都心部の南部に位置する。1872年開業))の内の一つで、個人的に、六大主要駅の中でも、筆頭(最も格の高い駅)と考えています。東京駅は、現在は、乗降客数は、新宿駅(東京で、最も、乗降客数が多い駅。東京都心部の西部に位置する)等に比べて少ないですが、依然として、東京だけでなく、日本でも有数の乗降客数の多い駅であり、また、昔も今も、東京の駅の中で、最も、鉄道の発着数が多い駅となっています。

写真は、借り物。1914年、建てられた当時の東京駅の建物の写真。この建物(設計は、辰野 金吾(tatsuno kingo)(日本の、近代、建築家。1854年生まれ。1919年に亡くなる)が、行いました)は、現在も、東京駅の駅舎(駅の建物)の一つ(丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物))として、活用されています。
写真以下2枚。前にアップした写真の再利用。東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)に関する解説文。
東京駅に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
東京駅美術館 Folon展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3856792/page/20?&sfl=membername&stx=nnemon2
100年近い歴史を有する鉄道駅・東京ステーションギャラリー他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3801872?&sfl=membername&stx=nnemon2
安井仲治展・100年近い歴史を有する鉄道駅他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3801868/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)(1914年に建てられた)は、第二次世界大戦末期(1945年5月25日)のアメリカ軍の空襲により、大きな被害を受けました。

写真は、借り物。第二次世界大戦末期(1945年5月25日)のアメリカ軍の空襲により、大きな被害を受けた、東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)。1945年(第二次世界大戦が終わった直後)に撮影された写真。
東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)は、第二次世界大戦後、1946年から1947年に、仮修復された姿のまま(元々の姿より、規模が、小さくなった(高さが、低くなった)まま)、非常に長い間、使われて来ましたが、2007年から、東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)を、元々の姿(1914年に建てられてから第二次世界大戦末期に空襲で大きな被害を受ける前の姿)に復元・修復する為の工事が行われ、2012年に、復元・修復工事が完了し、元々の姿(1914年に建てられてから第二次世界大戦末期に空襲で大きな被害を受ける前の姿)を取り戻しました。

写真は、借り物。写真の作者:東京発フリー写真素材集→
http://www.shihei.com/tokyo_001.html
復元・修復工事(2007年から2012年)が行われる前の、(第二次世界大戦末期(1945年5月25日)のアメリカ軍の空襲により、大きな被害を受けた後)1946年から1947年に、仮修復された姿の、東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)。