富津(futsu)市は、東京の南東部近郊、千葉(chiba)県(東京圏の東部に位置する県。東京圏の東部から南東部を占める県)の中南部から南部に位置する、小都市です(人口は、3万8千人程ですが、小都市と言った感じではなく(都市的な感じは、全くなく)、のどかな、町や村の連合体と言った感じだと思います)。
富津(futsu)市には、前に、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)で紹介した、日本で、7番目に大きな仏像である、東京湾(Tokyo Bay)観音(kannon)(高さ56m。1961年完成。当時、最高の建築技術を駆使して建てられました)があります。
日本の大きな仏像順位(10位まで)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3811152/page/34?&sfl=membername&stx=nnemon2
鋸(nokogiri)山は、富津(futsu)市にある、標高329.5mの山です。
以下、鋸(nokogiri)山に関しては、wikiを参考にしました。
鋸(nokogiri)山は、建築などの石材として適している、良質な、凝灰岩から成る事から、東京圏における、良質な石材の産地として、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)から、近代にかけて(1930年代頃にかけて)、盛んに、採石が行われ、主に、東京圏における、建築の資材として使われましたが、自然保護規制の強化により、1985年を最後に採石を終了し、石切場や石材搬出路の跡は産業遺産として観光資源となっています。
鋸(nokogiri)山は、ハイキング(hiking)の道が整備され、山頂まで、ロープウェイ(aerial
tramway)(1962年に開業)、観光客用の自動車の道路で行く事も出来(山頂までの、観光客用の自動車の道路は、1961年着工され、10年以上におよぶ難工事(難しい工事)の末、1975年に開通)、東京圏に暮らす人々の、気軽な、観光地・ハイキング(hiking)場所となっています。
日本(nihon)寺は、鋸(nokogiri)山全体を敷地としていると言った感じの、725年に創建された仏教の寺です。日本(nihon)寺は、現在は、寺の建物は、規模は、大きくありませんが、8世紀から9世紀の最盛期には、多くの建物が建ち並ぶ、とても、規模の大きな寺であった様です。
日本(nihon)寺は、日本(nihon)寺の大仏(daibutsu)(後述します)以外に、18世紀後期に、とても多くの(1,500体以上の)、石仏(石の仏像)(現存しています)が、彫られました。
写真以下(写真は、借り物)。鋸(nokogiri)山の風景例。

写真の作者:Guilhem Vellut from Annecy, France

日本(nihon)寺の、18世紀後期に、彫られた、とても多くの(1,500体以上の)、石仏(石の仏像)の一部。

写真の作者:Douglas Paul Perkins。日本(nihon)寺の大仏(daibutsu)。日本(nihon)寺にある、岩を彫刻した、大きな、仏像です。元々、1783年に造られた物でしたが(造られた当時の高さは、約37.7m)、岩を彫刻した仏像であったこともあって、長年の雨風により侵食、19世紀中期には、著しい破損が発生して崩壊状態になっていましたが、1966年から修復が行われ、1969年に完成した物です(この時、以前の崩壊箇所等がある関係から、高さは、1783年に造られた当時よりも、約7m低い、31.0mとなりました)。
写真の作者:Jennie Kondo (Jennie Valdivieso Kondo - Grialte)。交通安全の守り神として、1966年に完成した、石を切り出した壁面に掘られた、日本(nihon)寺の、高さ、約30mの、観音(kannon)像(仏像)です。