2000年
- 21世紀平和財団理事(現)。第16代国会議員(現),国会統一外交通商委員会委員, 国会女性特別委員会委員
- 2000年 2002年ワールドカップ組織委員会委員長
2001年 峨山財団理事長(現) ASIA SOCIETY財団理事(現)
2002年
- 日韓共催ワールドカップ主催。国会教育委委員(現)
- 大統領選挙に出馬を表明したが盧武鉉との候補者一本化に応じ、投票日の前日に取りやめ
2004年 第17代国会議員当選(国民統合21、蔚山東区)
2007年
2008年
- 1月29日、ハンナラ党第5回全国委員会で党最高委員に選出される[2]。
- 3月16日、4月に行なわれる第18代国会議員選挙にソウル特別市銅雀区乙選挙区から出馬することを宣言、統合民主党の鄭東泳との事実上の一騎打ちとなった[3]。
- 3月18日、7月に行なわれるハンナラ党代表選挙に出馬する意向も示す[4]。選挙の期間中にはMBCのある女記者の頬を撫でたり弄ったりした行動でセクハラスキャンダルに巻き込まれ謝罪の声明まで出す。
- 4月9日、この日行われた総選挙で、統合民主党の鄭東泳候補を破って当選を果たす[5]。
- 6月27日、KBS1ラジオのハンナラ党代表選の候補討論会の途中、相手の「市内バスの基本料はいくらか」と言う質問に「70ウォン」と答え世間の非難を引き起こす。
- 7月3日、この日行われた党大会において、代表最高委員選挙が実施され29.7%の得票を得た朴熺太(パク・ヒテ)が新代表に当選した。次点となった鄭夢準は党最高委員に就任[6]。
2009年
- 9月7日、10月に行われる国会議員再選挙に出馬するため代表の座を退いた朴熺太の後任として、党憲・党規に基づいてハンナラ党の新代表に就任[7]。
2010年
2002 FIFAワールドカップに関して
ドイツ人ジャーナリスト、ヘーゲレによって、「各国担当者に高価な贈り物を贈ったり、娼婦を抱かせ弱みを握ろうとした。」など日韓ワールドカップ招致に至るまでの行為の数々を暴露されている。また、ヘーゲレ氏は、鄭夢準が氏に圧力をかけるようにベッケンバウアーに依頼したが、一蹴されたエピソードも明かしている[9]。
悪名高いFIFA副会長のチョン・モンジュンは現在キムヨナのスポンサー。
曰くつきのWCとなった例の韓国の功労者。
豊富な資金源をバックに岩をも動かすと言われてる人物。
影でスポーツ界を牛耳る韓国の裏のドン。
そして黒幕は、
ISUスピードスケート理事・アジアスケ連会長のチャン・ミョンヒという人物。
安藤叩き及び日本人妨害騒動もミョンヒ氏発信でSBSを誘導し煽ったと悪の根源とされる人物。
本来部外者の分際で、フィギュアへ介入し、ヨナのキスクラにも度々出現。
ヨナが優勝した"07GPFでは、本来部外者であるにも関わらず地位を乱用し表彰式に出席し、メダル授与までしているパト口ン。(ミョンヒ氏の出没はキムヨナが頭角を現した時期と重なっている)