サムスン三代目と現代自三代目の
「呼兄呼弟」
世襲経営者の苦悩とポテンシャル
これまで韓国企業の強みを中心に見てきたが、今号からはその弱みに焦点をあててみる。韓国企業の弱みの1つは、「世襲経営によるコーポレートガバナンスの不透明さ」である。韓国では、財閥経営が3代目に移る過渡期に入りつつあり、世代交代を加速させている。創業者一族による世代交代である世襲は、コーポレートガバナンスが不透明になるとの批判が後を絶たない。また、権限の一極集中によるリスクや専門経営者の役割不足が指摘されている。特に世代交代で目立った動きがあったのは、次の3グループである。
1つ目の韓国財閥トップのサムスングループは、李健熙(イ・ゴンヒ)会長の長男である李在鎔(イ・ジェヨン)専務が、2009年12月15日付でサムスン電子の副社長に昇格した。最高マーケティング責任者(CMO)を兼務し、事業間の利害関係の調整や顧客ニーズの調査にあたる。将来的にはトップに就任し、グループを世襲する位置付けを明確にした。グループ内では、すでに2008年頃から李健熙会長時代は幕を下ろし、「JY(ジェヨン・イ)」時代が到来したとの認識が大勢を占めている。
高校時代から帝王学を学んだサムスンの李副社長
李在鎔副社長は、1968年6月23日生まれの42歳で、3人の妹(1人死去)がいる。経歴は、1987年ソウル景福高校卒業、1991年サムスン電子入社、1992年ソウル大学東洋史学科卒業、1995年慶應大学大学院経営学修士修了、2001年ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了、同年サムスン電子経営企画チーム常務補、2003年同常務、2007年同専務を経て、現在に至っている。
いくつかのエピソードを紹介する。李副社長は、高校1年生から体系的な帝王学を受けた。夏休みなど長期休暇毎にグループ傘下の会社や工場を訪問し、沿革、生産システム、労務管理など一から十まで徹底したブリーフィングを受けた。10代の青年が、来る日も来る日も経営現場について数時間にも及ぶブリーフィングを受けるというのは、簡単なことではなかったが、何の不平不満を漏らさずじっと我慢して聞いていたそうだ。
義務化されている兵役(徴兵制)は、椎間板ヘルニアのため免除されている。家庭は、1998年に結婚して1男1女(現在息子10才、娘6才)をもうけたが、2009年2月に離婚したため、現在は独身である。語学は、英語と日本語が堪能である。趣味は、シングルの腕前のゴルフと映画鑑賞。
お酒は、たしなむ程度で、現場の社員たちと飲む時でも自ら盛り上げるタイプでない。ただ時には韓国特有の爆弾酒(ビールとウイスキーを混ぜたもの)を作ったり、飲んだりして雰囲気を壊さないように気遣う一面もあるという。
李副社長の仕事ぶりは、サムスン特有の会議を重視する企業文化に合わせ、経営企画部の戦略会議をはじめ、半導体部門、情報通信部門、デジタルメディア部門などの各事業部の総括会議などほとんどすべての会議に出席する。各部門の経営内容をよく把握するためだろう。
また、「自分の考えを言う前に、相手の話しを先に聞け」という祖父と父の教えを守り座右の銘を「傾聴」とし、役員や社員のみならず、取引先などの話しにもよく耳を傾ける。さらに丁寧な人柄で物腰も柔らかく、まじめ過ぎるとも言われており、仕事ぶりや人柄に関する評判は抜群である。
しかし当然の如く華麗な経歴や抜群の評判だけで、結果を出せるほど経営は甘くない。
サムスングループは、1938年に李秉喆(イ・ビョンチョル)初代会長が創立し、約50年間にかけて開発経済と財閥経営の教科書的な事業を通じて経営基盤を築き上げた。1987年からは李健熙会長(三男)が2代目として、23年間で創造的なマインドを通じて経営基盤を守るとともに奇跡的な急成長を成し遂げた。創業者と2代目の共通点は、それぞれの経済環境と時代に合わせて上手くリーダーシップを発揮したことである。
そこでこれからは、3代目の李在鎔副社長のリーダーシップが世界から注目されるところだ。李副社長は、2001年33歳から本格的に経営実務に着手し、約10年になるが今のところ世間から注目を集めるような実績は見られない。
尾を引く不正資金問題
それどころか、李健熙会長が長男への経営権世襲に絡む不正資金問題の決着に12年間も費やしたことから、その実力や手腕を見極める前に李副社長の否定的なイメージの方が韓国社会では先行してしまった。この事件は、1996年サムスングループ傘下のエバーランド(韓国最大の野外テーマパーク)が転換社債を安値で発行し、これを李在鎔氏に売却して李健煕会長父子の経営権を継承するとともに同グループの支配構造を固めたもので、いわゆるエバーランド転換社債贈与事件と言われている。
この事件により李健煕会長は、2008年に背信と脱税の罪で執行猶予付きの有罪判決を受け、約116億円の罰金を科せられた。また、責任をとる形で会長職も辞任した。ただ2008年4月の辞任表明から23カ月ぶりの2010年3月に会長職に復帰している。
したがって李在鎔副社長は、3代目として成功裏に経営を継承するには、10年後や30年後の新しいビジョンの提示や、2代目の李健熙会長以上のリーダーシップや実績が求められる。今後は、これまでの「傾聴」姿勢だけでは、かえって経営から一歩引き下がった消極的なイメージを与えかねないので、何らかの強いメッセージの発信や歴代のサムスンの実力派トップのようなインパクトのある経営成果が急がれる。そのプレッシャーと苦悩は、計り知れないぐらい大きなものではないだろうか。
しかし李副社長のポテンシャルを感じさせる動きも2つほどある。1つは、世界ゲーム機市場で1位になった任天堂をベンチマーキングしていることである。李副社長は、2009年4月に任天堂を訪問した。その目的は、任天堂がサムスン電子のNAND型フラッシュメモリーなどを購入する主要顧客であることに加え、「逆発想経営」でゲーム機産業を制覇した任天堂が、サムスンが追求する「創造経営モデル」に最も適合しているとの判断がある。
この「逆発想経営」とは、教育や健康に悪影響を与え、青少年が使うものとされていたゲーム機を、頭脳発達に有益で全世界が楽しめ、健康にも役立つ生活情報機器に変えたということだ。一方、李明博大統領も2009年2月の「非常経済対策会議」で、「オンラインゲームは私たちが上手なのに、ソフトウェアとハードウェアを同時開発してクリエーティブな製品を作る任天堂のようなゲーム会社はどうして韓国にはないのか」という発言もあった。
2つ目は、サムスングループ3代目の李在鎔副社長と現代自動車グループ3代目の鄭義宣副会長が親しい仲にあり、この親密な関係が両グループのマーケティング戦略に大きな影響を与えている。2歳年下の鄭副会長は、李副社長を「兄貴(ヒョン)」と呼んでいる。韓国では、「呼兄呼弟」というのがあり、目下の者が目上の相手を「兄貴(ヒョン)」と呼ぶことによって、お互いに兄貴・弟分であることを認め合う。こう呼び合える仲になることは、二人の絆の深さを表し、関係の親密化への意思表示にもなる。
両グループの役員や社員たちは、このような関係を暗黙の了解で察知しており、お互いの製品を意識的に購入・使用している。例えばサムスンの役員たちは、李副社長が「ヒュンダイ・エクウス(4ドアセダン・リムジンの最高級車)」に拘る胸中を察して、現代・起亜車を社用車として使用している。2009 年12月に定期人事で昇進した役員など260名のうち220名(84.6%)が、起亜の「オピラス(高級乗用車)」と「K7(大型セダン)」を選んだ。ルノーサムスン(出資比率:ルノー70.1%、サムスン19.9%、ウリ銀行など10%)の「SM7(同社の最上級車)」を選んだのは17名(7%)に過ぎなかった。
一方、現代自動車は、サムスン電子と共同マーケティングを展開している。例えば起亜自動車は、社員1万人を対象に、サムスン電子のグローバル戦略スマートフォン(多機能携帯電話)「ギャラクシーS」を購入した場合、補助金を支援する制度を設けている。また、韓国内500ヶ所で起亜自動車の新車「K5(中型セダン)」のプロモーション3D映像をサムスン電子の3Dテレビで放映している。韓国財閥1位のサムスングループ3代目と韓国財閥2位の現代自動車グループ3代目は、IT業界と自動車業界の垣根を越えるとともに両グループのシナジーを図ることによって、これまでにない新たなグローバル戦略を模索しているのではなかろうか。
さて、話を韓国大手企業の世代交代動向に戻そう。近年、起きた世代交代の2つ目は、韓国財閥2位現代自動車グループの鄭夢九(チョン・モング)会長の長男である鄭義宣(チョン・ウィソン、1970年10月18日生まれの39歳)氏が、2009年8月に副会長に昇進した。サムスンとの蜜月ぶりについては前に紹介したが、この鄭副会長は就任を機に公式行事への参加が急増し、同年9月チェコ工場の完工式では「欧州で真の実力を証明する」と強い意気込みを示した。
2010年3月の株主総会では、代表取締役副会長となった。鄭副会長の経歴は、高麗大学卒業後に米サンフランシスコ大学院で経営学修士取得。 2006年にグループ傘下の起亜自動車の社長に就任し、為替レートの悪化などで赤字状況に陥った同社を「デザイン重視の経営」により黒字に転じさせた。
3つ目の世代交代は、韓国財閥16位で流通大手の新世界グループで起きた。鄭溶鎭(チョン・ヨンジン、1968年9月19日生まれの41歳)副会長が、2009年12月にCEOを兼務することとなった。新世界グループは、サムスングループを源流とする財閥で、鄭副会長はサムスングループの創業者の外孫(サムスンの李在鎔副社長とは従兄弟)にあたる。鄭副会長は、米国ブラウン大を卒業後、1995年同社に入社し、グループ経営の経験を積んできた。
韓国の主要財閥であるサムスングループ、現代自動車グループ、新世界グループは、すでに40歳前後の直系の3代目がナンバー2のポジションについており、世襲経営がこれからも続くことは間違いない。すなわちコーポレートガバナンスの不透明さは、まだまだ解消されない。また、世襲・同族経営である限り、同族出身ではない社員は絶対、社長になれないので、優秀なグローバル人材の獲得には限界がある。果たして韓国財閥は世襲・同族経営を変えていくことができるのだろうか。
日経ビジネスオンラインより
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20100805/215725/?P=1