三井(mitsui)記念美術館は、三井(mitsui)家(近代日本の、三大財閥家又は四大財閥家の一つ)が所有していた、美術品・工芸品を収蔵展示する、小規模な、私営の美術館で、後述する、日本橋(nihonbashi)の、三井(mitsui)本館の7階に入っています。
日本橋(nihonbashi)area(東京都心部の中でも、中心的な地域に位置する)は、江戸(edo)時代(17世紀)から、東京を代表する一等商業地です。
写真以下5枚。日本橋(nihonbashi)の風景例。
写真以下3枚。日本橋(nihonbashi)areaにある、三井(mitsui)本館。1929年に完成した、銀行等が入る、オフィス(office)用のビルで、第二次世界大戦前に、東京に建てられた近代建築のビルの内、現在も残されている、数少ない物の内の一つです。現在も、オフィス(office)用ビルとして、活用されています(近代建築の保存意識の高まり等から、文化財に指定されています)。第二次世界大戦前の、1920年代から1930年代には、日本の東京や大阪(東京に次ぐ、日本第二の都市圏人口を有する都市)等には、重厚で美しい近代建築のビルが、たくさんありましたが、現在は、第二次世界大戦前に建てられた近代建築のビルは、非常に少なくなっています。第二次世界大戦が終って間も無い、1940年代後半から、(戦後復興中期前半の)1950年代半ば頃くらいまでは、東京や大阪では、主として、(第二次世界大戦時の、アメリカによる空襲で破壊されずに生き残った)第二次世界大戦前に建てられた、近代建築のビルを、引き続き活用していました。その後、高度経済成長に伴い、1950年代後期頃から、戦後の現代建築のビルの建設ブーム(boom)が起り始め、1950年代後期から1960年代を通じて、東京や、大阪では、戦前に建てられた、重厚な近代建築のビルが、戦後に建てられた、機能的な現代建築のビルに、次々と、取り替えられる様になりました(その頃は、経済成長最優先であり、老朽化した近代建築を修理しながら、保存・活用しよう等と言う、ゆとりが無かった)。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
国際ビル(歴史的建造物)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3864673/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
三井(mitsui)本館の建物(1929年完成)の一部。
写真以下2枚。道路右側の建物。三井(mitsui)本館の建物(1929年完成)。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
日本橋・歴史のあるデパート他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3913036?&sfl=membername&stx=nnemon2
先月の後半、休日に、彼女と、Panasonic、汐留(shiodome)美術館(Panasonicが、運営する、私営の、博物館・美術館の一つ。東京都心部でも中心的地域の東南部に位置する)に、Le
Corbusierのアート(art)作品(Le
Corbusierは、元々、建築家ではなく、画家を目指していた人であり、現代美術の、artistと言う側面も有していました)の展覧会(exhibition)を見て来ました。
その時の事及び、Panasonic、汐留(shiodome)美術館に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
コルビジェのアート作品展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3913045?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。基本的に(途中、おまけの、北斎(hokusai)漫画が与えた影響の例を除く)、その時、Panasonic、汐留(shiodome)美術館に置いてあった、チラシ(leaflet)より。。。
写真以下8枚。アーティゾン(ARTIZON)美術館(下の補足説明を参照)で、現在、開催されている、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)。
アーティゾン(ARTIZON)美術館:東京都心部でも中心的な地域にある、私営の美術館。2019年にブリヂストン(Bridgestone)美術館から改称。日本には、もちろん公営美術館も全国に、たくさんありますが、私営美術館も、全国たくさんあり、私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開する目的の物です。この様に、日本全国に、たくさんある私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開している物ですが、中には中々質の高い、美術品を、収蔵、公開している私営美術館も、かなりあり、(入場料こそ取られるものの)、一般庶民もこうした収集品を見る事が出来て、公立の美術館・博物館以外でも、質の高い美術品に身近に接する機会が与えられていると言う点で、利益を受けています。アーティゾン(ARTIZON)美術館も、その様な美術館の一つで、Bridgestone(フランスのミシュラン(Michelin)と共に、世界最大級の(世界の二大)、(自動車等の)タイヤ(tire)会社)の創業者である、日本の実業家、石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)(1889年生まれ。1976年に亡くなる)が収集した、美術作品を収蔵・展示する目的で、1952年に開館した美術館です。西洋の有名な画家・彫刻家の作品を中心として、古代エジプト(Egypt)・ローマ(Rome)・ギリシャ(Greece)の美術品等、幅が広く、質の高い、充実した収蔵品(collection)を有しています。
石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)は、出身地の、九州(kyusyu)(日本の南部)の、福岡(fukuoka)県、久留米(kurume)市に、1920年代に建てた立派な邸宅を有していましたが(ちなみに、Bridgestoneは、1937年に本社を東京に移転するまでは、福岡(fukuoka)県の久留米(kurume)市を拠点にしていました)、石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)は、この邸宅を飾る為に、美術品の収集を始めた様です(ちなみに、石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)は、この久留米(kurume)市の邸宅の他、久留米(kurume)市郊外の敷地面積1万2,000坪(約39,700平方m)の別荘等の複数の別荘と、東京の麻布(azabu)に、1936年に完成した、現代的な邸宅を有していました。石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)の、1936年に完成した麻布(azabu)の邸宅は、第二次世界大戦後、連合国軍最高司令官総司令部(Supreme
Commander of the Allied
Powers)(第二次世界大戦の、日本の敗戦に伴い、日本において占領政策を実施した連合国軍の機関。1952年、日本の、完全な、主権の回復により、活動を停止)に接収された後、駐日アメリカ公使(Envoy
Extraordinary and Minister Plenipotentiary)の公邸として使われました)。
石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)は、第二次世界大戦直後の混乱期において、戦前の、日本の、金持ち、上流階級、富裕層の、美術品のコレクション(collection)が、海外に流失してしまうのは、もったいないと、それ等の、美術品を買い集めました。したがって、アーティゾン(ARTIZON)美術館のコレクション(collection)の核(中心)となっている、石橋(ishibashi)コレクション(collection)は、第二次世界大戦前の、日本のコレクター(collector)の趣味が、色濃く出ています。
ちなみに、石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)が収集した、美術作品を収蔵・展示する美術館として、もう一つ、石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)の生まれ故郷である、福岡(fukuoka)県の久留米(kurume)市にある、石橋(ishibashi)美術館(1956年開館)がありました。石橋(ishibashi)美術館は行った事がありませんでしたが、充実したコレクション(collection)を有する美術館であった様です(こちらの方は、日本の有名な近代画家の作品と(陶磁器等を含めた)日本・中国の伝統美術品が中心となっていた様です)。石橋(ishibashi)美術館(現在の、久留米(kurume)市美術館)は、石橋 正二郎(ishibashi
syoujirou)が、久留米(kurume)市に寄贈した石橋(ishibashi)文化センター(1956年に開園。開園時の施設は、美術館、文化会館、体育館、50mプール(swimming
pool)と観覧席、野外音楽堂、テニスコート(tennis
courts)、子供向けの遊園地、西洋式庭園等)にあります。石橋(ishibashi)美術館の建物は、2016年に、久留米(kurume)市に寄贈され、石橋(ishibashi)美術館は、久留米(kurume)市美術館となりました(それに伴い、石橋(ishibashi)美術館が有していたコレクション(collection)は、アーティゾン(ARTIZON)美術館が引き取りました)。
写真以下7枚。アーティゾン(ARTIZON)美術館で、現在開催中の、硲 伊之助(hazama inosuke)(下の補足説明を参照)の作品を中心とした、展覧会(exhibition)の、展示作品例。
硲
伊之助(hazama inosuke):以下、硲 伊之助(hazama
inosuke)に関しては、wikiを参考にしました。1895年生まれ。1977年に亡くなる。1910年代中期頃から活躍していた、日本の、近代画家(西洋画家)。生涯で数度ヨーロッパに渡り、アンリ・マティス(Henri
Matisse)に師事した(絵を教わっていた)経験を持つ。第二次世界大戦後、アンリ・マティス(Henri
Matisse)と交渉し、1951年に、日本で最初の、本格的な、アンリ・マティス(Henri
Matisse)の作品の展覧会(exhibition)を実現させた。
「燈下」(1941年)(硲 伊之助(hazama inosuke)作)。写真右下は、硲 伊之助(hazama inosuke)の陶芸作品(1973年)。硲 伊之助(hazama inosuke)は、晩年は、陶芸家としても活躍しました。
「南仏田舎娘」(1931年頃)。硲 伊之助(hazama inosuke)作。木版画の作品です。
「栗」(1940年)。硲 伊之助(hazama inosuke)作。
右上。「室内」(1928年)(硲 伊之助(hazama inosuke)作)。右下、「女の背」(1918年)(硲 伊之助(hazama inosuke)作)。
下側、右。硲 伊之助(hazama inosuke)の陶芸作品(1975年)。下側、左。「渓流」(1961年)(硲 伊之助(hazama inosuke)作)。
「画室の裸婦」(1899年)(アンリ・マティス(Henri Matisse)作)。
写真左。東京に引き続き、大阪(東京に次ぐ、日本第二の都市圏人口を有する都市)で開催された、日本で最初の、本格的な、アンリ・マティス(Henri
Matisse)の作品の展覧会(exhibition)の、大阪での展覧会(exhibition)のポスター(poster)(1951年)。前述の通り、硲
伊之助(hazama inosuke)は、アンリ・マティス(Henri
Matisse)と交渉し、1951年に、日本で最初の、本格的な、アンリ・マティス(Henri
Matisse)の作品の展覧会(exhibition)を実現させました(展覧会(exhibition)は盛況で、非常に多くの来場者がありました)。
写真上、現在、アーティゾン(ARTIZON)美術館で、硲 伊之助(hazama inosuke)の作品を中心とした、展覧会(exhibition)と、同時開催中の、ゾフィー・トイバー=アルプ(Sophie Taeuber-Arp)とジャン・アルプ(Jean Arp)の作品の展覧会(exhibition)について。写真下、アーティゾン(ARTIZON)美術館の収蔵作品(collection)より、「サン=マメス六月の朝」(1884年)(シスレー(Alfred Sisley)作)。
新宿(東京最大級の繁華街の一つ。東京都心部の西部に位置する)は、我が家に、最も近い繁華街の一つであり、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、新宿駅までは、通勤電車で5分程です。
(新宿にある)新宿副都心は、(主として)1970年代に開発された、200m級の超高層ビルが建ち並ぶ、ビジネス(business)地区です。新宿副都心は、1970年代に開発された日本で最初の200m級超高層ビル群です。
損保ジャパン(sompo
japan)は、安田火災海上保険(前身である、東京火災保険は、1888年創業)と日産火災海上保険(1911年設立)と言う二つの損害保険会社が、合弁して2002年に発足した、損害保険会社で、損保ジャパン(sompo
japan)発足前は、損保ジャパン(sompo japan)本社ビルは、安田火災海上保険本社ビル、損保ジャパン(sompo
japan)美術館(現在のSOMPO美術館。以下、SOMPO美術館と書きます)は、安田火災美術館(又は、東郷 青児(togo
seiji)美術館)でした。損保ジャパン(sompo
japan)は、安田火災海上保険時代から、日本有数の損害保険会社です(日本で、3本の指に入る損害保険会社)。SOMPO美術館は、新宿副都心に、安田火災海上保険の新本社ビル(現在の損保ジャパン(sompo
japan)本社ビル。高さ200m)が完成した1976年に、安田火災海上保険が、社会貢献の一環として、同ビルに開館(open)した、私営の美術館です。
SOMPO美術館は、元々(2019年まで)、損保ジャパン(Sompo
Japan)本社ビルの、ほぼ最上階を占めていた美術館でしたが、2020年に、損保ジャパン(Sompo
Japan)本社ビルの敷地内に建てられた、新しい美術館の建物に移転すると共に、美術館の名前を、損保ジャパン(sompo
japan)美術館からSOMPO美術館に変えました。
SOMPO美術館の収蔵品(collection)の中心は、東郷
青児(togo seiji)が、安田火災海上保険に寄贈した、東郷 青児(togo seiji)(1897年生まれ。1978年に亡くなる。日本の有名な、近代・現代画家)の作品となっています。
SOMPO美術館の収蔵品(collection)の中心は、東郷
青児(togo seiji)の作品となっていますが、損保ジャパン(sompo japan)美術館は、東郷 青児(togo
seiji)以外の、(西洋及び日本の)有名な、近代・現代画家の作品も所蔵しています。
ゴッホ(Vincent van
Gogh)の、「ひまわり」(1888年)は、その代表的な物の一つです。ゴッホ(Vincent van
Gogh)は、7点の、花瓶に挿された、ひまわり(sunflowers)の作品を制作した事が、広く認められていますが(wikiより)、その7点の作品の内、現存する6点の内の一つです(残りの1点は、第2次世界大戦前に、日本の個人の金持ち(芦屋(ashiya。大阪、京都、神戸を中心とする関西(kansai)areaを代表する高級住宅地)に居住していた、大阪の実業家)が所有していましたが、第2次世界大戦中の、アメリカ軍の空襲により焼失してしまいました)。
以下、ゴッホ(Vincent van Gogh)の、7点の、花瓶に挿された、ひまわり(sunflowers)の作品(現存する物は、この内、6点)。wikiを参考にしました。
12本の向日葵(1888年。Neue
Pinakothek(ドイツの美術館)が所有)、15本の向日葵(1888年。National
Gallery(イギリス、ロンドン)が所有)、3本の向日葵(1888年。個人所有(アメリカ))、5本の向日葵(1888年。個人所有(日本)。前述の通り、第二次世界大戦中の空襲で消失)、15本の向日葵(1888年。SOMPO美術館(日本)が所有)、15本の向日葵(1889年。ゴッホ(Gogh)美術館(オランダ)が所有)、12本の向日葵(1889年。フィラデルフィア(Philadelphia)美術館(アメリカ)が所有)。
以下、損保ジャパン(Sompo Japan)本社ビル及び、SOMPO美術館に関する参考の投稿。
SOMPO美術館 ゴッホと静物画展他(東郷 青児(togo seiji)及び、SOMPO美術館が所有する、ゴッホ(Vincent van Gogh)の、「ひまわり」(1888年)に関しては、この投稿を参照して下さい)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3783480/page/28?&sfl=membername&stx=nnemon2
SOMPO美術館 北欧絵画展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3813592/page/22?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚。SOMPO美術館で、明後日から開催される、藤田 嗣治(fujita tsuguharu)(下の補足説明を参照)の作品を中心とした展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)より、同展覧会(exhibition)の展示作品例。
藤田
嗣治(fujita
tsuguharu):1886年生まれ、1968年に亡くなる。1920年代から、世界的な名声を博した、日本の有名な、近代・現代画家(西洋画家)。1925年、フランス政府から、レジオンドヌール勲章(Legion
of Honour)を受賞。晩年(1955年)には、フランス国籍を取得。
「自画像」(1960年)(藤田 嗣治(fujita tsuguharu)作)。
写真右上、藤田 嗣治(fujita tsuguharu)の作品(1914年)、写真右下、藤田 嗣治(fujita tsuguharu)の作品(1953年)、写真左側の上、海老原 喜之助(ebihara kinosuke)(1904年生まれ。1970年に亡くなる。日本とフランスで活躍した、日本の、近代・現代画家(西洋画家))の作品(1932年頃)。写真左側の右下、川島 理一郎(kawashima riichiro)(1886年生まれ。1971年に亡くなる。日本とフランスで活躍した、日本の、近代・現代画家(西洋画家))の作品(1926年)。写真左側の左下、東郷 青児(togo seiji)の作品(1923年)。
泉屋博古館(senokuhakukokan)は、住友(sumitomo)家(下の補足説明を参照)の、美術品・工芸品のコレクション(collection)を公開している、京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市。794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった都市であり、日本の、伝統文化の中心都市)にある、私営の美術館です。
泉屋博古館(senokuhakukokan)東京は、泉屋博古館(senokuhakukokan)の、東京の分館で、東京都心部でも、中心的な地域の南西部に位置する、小規模な、美術館です(泉屋博古館(senokuhakukokan)東京は、住友(sumitomo)家の、かつての、別邸(別宅・別荘)の一つの敷地の跡に建っています)。
住友(sumitomo)家:住友(sumitomo)財閥(下の補足説明を参照)の当主家。1910年に、住友(sumitomo)家の邸宅で、住友(sumitomo)家の、美術品・工芸品のコレクション(collection)を見学した、ドイツ人の、女性、東洋美術研究家のフリーダ・フィッシャー(Frieda
Fischer-Wieruszowski)は、「世界中の大富豪が束になったとしても、住友(sumitomo)コレクション(collection)を凌駕することは到底無理だろう」
と圧倒された様子を綴っている(wikiより)。
住友(sumitomo)財閥:住友(sumitomo)財閥(第二次世界大戦後に、連合国総司令部(GHQ)の政策により、日本全国の財閥が解体された事に伴い解体)は、大阪(東京に次ぐ、日本第二の都市圏人口を有する都市。日本の商業の中心都市)に拠点を置く財閥であり、近代日本の、三大財閥又は四大財閥の一つ。住友(sumitomo)財閥の歴史は、17世紀以前に遡り(源流企業は、1590年創業)、Rothschild財閥等を超える、世界最古の財閥とも呼ばれています(wikiより)。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、泉屋博古館(senokuhakukokan)東京に関する参考の投稿。
泉屋博古館 尾竹三兄弟展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3873666/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下3枚。泉屋博古館(senokuhakukokan)東京で、現在開催中の、木島
櫻谷(konoshima
oukoku)(下の補足説明を参照)の作品の展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)より、同展覧会(exhibition)の展示作品例。全て、木島
櫻谷(konoshima oukoku)の作品です。
木島 櫻谷(konoshima oukoku):1877年生まれ。1938年に亡くなる。1890年代から1930年代初め頃まで活躍していた、近代、日本伝統画家。
上側、1910年の作品。右側、1910年代初めから1920年代中期頃の作品。
左端、1912年の作品。下側の上、1923年の作品。下側の下、1917年から1918年(概ね1917年)の作品。隙間の白黒のスケッチは、19世紀後期から1900年代中期頃。
パラミタ(paramita)ミュージアム(museum)(三重(mie)県(関西(kansai)大都市圏(大阪・京都(kyoto)・神戸(kobe)を中心とする大都市圏。東京圏に次ぐ、日本第二の人口を有する大都市圏)の東端に位置する県)にある、私営の美術館)で、現在開催中の、浦上
満(uragami
mitsuru)(日本の、古美術(古い美術品・工芸品)商人。東京の東洋の古美術(古い美術品・工芸品)の店を経営する。世界一の、北斎(hokusai)漫画のコレクター(collector))の、世界一の、質と量を誇る、北斎(hokusai)漫画(下の補足説明を参照)のコレクション(collection)の中からの作品の、展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)より、同展覧会(exhibition)の展示作品例(全て、北斎(hokusai)漫画より)。
北斎(hokusai)漫画:以下、北斎(hokusai)漫画に関しては、wikiを参考にしました。葛飾
北斎(katsushika hokusai)(下の補足説明を参照)による画集。1814年から、葛飾 北斎(katsushika
hokusai)が亡くなった後の、1878年まで、全15編が、断続的に刊行された。総ページ数は、970になる。ヨーロッパを中心に、日本国外の、多くの芸術家達にも、影響を与えた。
葛飾 北斎(katsushika hokusai):1760年生まれ。1849年に亡くなる。日本の、代表的な、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆(大衆向けの)版画・絵画)画家の一人。
参考に、Japonismeとは、19世紀中期から20世紀初頭にかけて(特に、19世紀の後半に)、フランスを中心とした、西洋の国々(ヨーロッパ及び北米)で、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)等の日本文化が流行すると共に、当時の(近代の)ヨーロッパを中心とした西洋の芸術・工芸に強い影響を与えた現象の事を言います。
以下、参考の投稿。
Japonisme他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3806140/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚(写真は、借り物)。おまけ。北斎(hokusai)漫画が与えた影響の例。

北斎(hokusai)漫画の初編(1814年)より、「寝そべる男」。

「青い肘掛け椅子に座る少女」(1878年)。カサット(Mary Cassatt)作。
写真以下2枚。半蔵門(hanzomon)ミュージアム(museum)(東京都心部でも中心的な地域の西部に位置する、日本の、仏教美術に関する、私営の美術館)で、4月23日から開催される、日本の仏像と、日本の仏教美術に関する、展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)より、同展覧会(exhibition)の展示作品例(全て、日本の作品です)。
右下の仏像(1394年頃)以外の仏像は、1384年の作品。仏像の合間の絵は、13世紀から14世紀、1308年、14世紀、16世紀、18世紀、18世紀から19世紀半ば。
上側の絵、14世紀。下側の絵、左から、18世紀から19世紀中期、16世紀、18世紀。
写真以下3枚。三井(mitsui)記念美術館で、2月から3月に開催されていた、千光(senkou)寺(下の補足説明を参照)を中心とした、円空(enku)作の仏像の展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)より、同展覧会(exhibition)の展示作品例(全て、円空(enku)の作品です)。
千光(senkou)寺:岐阜(gifu)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の山の中にある、850年頃創建の(紀元は、377年に開山したと伝えられている霊場まで遡る)、仏教の寺。多くの、円空(enku)作の仏像を所蔵・公開しており、円空(enku)(下の補足説明を参照)の仏像の寺として知られている。ちなみに、千光(senkou)寺は、プライベートの旅行で、訪れた事があります。
円空(enku):1632年生まれ。1695年に亡くなる。17世紀の、日本の、仏教の僧侶(僧)で、非常に多くの、庶民・大衆向けの、素朴で、特徴的な(個性的な)、木彫りの、仏像を制作した事で知られる。円空(enku)の仏像の特徴(個性)は、デザイン(design)が簡素化されており、ゴツゴツとした野性味に溢れながらも不可思議な微笑をたたえていることが特徴となっている(説明は、wikiから借りて来ました)。
静嘉堂(seikado)文庫(bunko)(下の補足説明を参照)が運営する美術館(東京都心部でも中心的な地域に位置する)で、現在開催中の、曜変天目(youhentenmoku)茶碗(下の補足説明を参照)を含む、黒(黒色)をテーマとした、工芸品の、展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)より、同展覧会(exhibition)の展示作品例。
嘉堂(seikado)文庫(bunko):世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端部に位置する区)にある、日本および東洋の古い書籍及び古美術品を収蔵する、私営の図書館。1924年に開館。
曜変天目(youhentenmoku)茶碗:中国の、天目(Tianmu)茶碗の中で、最上級とされる茶碗(東洋の陶磁の至宝と呼ばれている)で、12世紀から13世紀に、中国で作られ、世界で、3点のみ、現存し、全て、日本が、保有している(3点とも、日本の国宝に指定されている)。
曜変天目(youhentenmoku)茶碗(12世紀から13世紀の中国の作品)。
上側、右上から時計回りに。12世紀から13世紀の、中国の作品。13世紀から14世紀の、中国の作品。17世紀の、日本の作品。曜変天目(youhentenmoku)茶碗(12世紀から13世紀の中国の作品)。
写真下側の右端、日本刀(nihontou)(日本の、伝統的な、刀(sword))(1847年の、日本の作品)。ちなみに、日本刀(nihontou)(日本の、伝統的な、刀(sword))は、世界の、伝統的な、剣・刀(sword)の中で、最も、切れ味の鋭い(よく、切れる・性能が良い)、剣・刀(sword)とも言われています。写真下側の上側の右、印籠(inrou)(外出する際や旅行する際に、薬等、小さな物を入れて、携帯する容器)(19世紀の、日本の作品)。写真下側の上側の左、刀装具(17世紀から18世紀の、日本の作品)。写真下側の下側、17世紀の、日本の作品。