現在のこっている史書に記録されている韓国古代の武士の呼称は、扶余や高句麗の「上戸」、または新羅の「花朗」など、漢字であらわされている。
しかし漢字名でなく、共通した韓国独自の表現があったはずだ。ちょうど「武士」に対する「サムライ」のようにである。
韓国語で戦うということを「サウル」といい、男を「アビ」という。「戦う男」を韓国語でじかに表現すると、「サウルアビ」になる。
飛躍がすぎると叱られるのを覚悟で、アマチュア式思考でいうと、日本の「サムライ」と、韓国の「サウルアビ」と、何かつながりがありそうに考えられる。
将にこのアマチュア的思考は文化創造(?)に掛ける韓国人の愛国心の発露であろう。
一度アイデアが出されると捏造にひた走る韓国人には見境がない。 「何かあったはずだ」は「それは、これかもしれない」となりやがて「それに違いない」となり、結果は「そうであった」と見事に変換していく。