ノーベル文学賞をもらえないのは翻訳のせいなのか
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/11/19/2013111902126.html今年もノーベル文学賞受賞を逃した村上春樹さん。がっかりされたファンの方も少なくなかったようです。
お隣韓国では、この時期に詩人コ・ウン(高銀)氏宅の前に取材陣が詰め掛けては、記者たちが肩を落として帰るという珍光景が、毎年繰り返されています。
韓国人の期待むなしく、受賞を逃し続けるコさん。「素晴らしい作品は多いのになぜ韓国人はノーベル文学賞を獲れないのか」という疑問に対し、「韓国語を美 しく翻訳できる人がいないから」と断じる報道も少なくないようです。韓国メディアのいわば「翻訳家責任論」について、韓国文学翻訳院の特別課程に在籍中の チェ・ソギョンさんの投稿記事が、10月16日付の朝鮮日報に掲載されました。
チェさんは「いくら優れた翻訳家がいても、原典が物足りなければ良い反応を得ることは難しい」と反論します。韓国政府が海外出身の翻訳家を選抜、養成しているにもかかわらずノーベル文学賞を獲れないのであれば、翻訳家の責任を問う前に、原典が海外の情緒や世界文学の潮流に通じるものか、省察が 必要だと訴えています。
ノーベル文学賞は、いくらベストセラーだからといっても、いくら翻訳が完璧でも、時と運が味方しな いと獲れません。にもかかわらず、毎年のように騒ぎ立てては、「フランスで認められることが受賞に有利」などと報じる韓国メディア。チェさんはこのような 韓国メディアの姿勢を、「就職に有利な経歴作りに励むみたいで残念」と切り捨てます。
ノーベル文学賞は「良い作品と良い翻訳の出会いが絶えなければ、いつか予想もしないプレゼント」として届くものでなければならないと訴えるチェさん。チェさんの痛烈な批判が韓国メディアはもちろん、ノーベル文学賞を待ち望む全ての人に届くことを願うばかりです。