巨人サムスン 「シリコンバレー」でぶつかった壁
韓国サムスン電子が成長の壁にぶつかった。スマートフォンのブームが一服し、一時の勢いは消えた。次の成長のタネをどこでつかむか。「イノベーションの聖地」である米国シリコンバレーに触手を伸ばしたが、欲しい技術を無尽蔵に吸収できた日本とは勝手が違う。苦闘が始まっている。
■ターゲットは「ジョブズ流のデザイン」

サンフランシスコ市内の高台に、そのビルは建っていた。レンガ造りの建物には看板も出ていないが、サムスンはビルの2フロアを借りているという。
働いているのは、サムスンがシリコンバレーやサンフランシスコなどで集めた精鋭部隊。現地のサムスン関係者に聞くと、「このビルにいるのは、製品の見た目やユーザーの使い勝手を考える工業デザイナーたちだよ」と教えてくれた。
陣容は100人を超すとされ、そのリーダーはハワード・ヌックという有名デザイナーだ。ヌックが在籍していたデザインスタジオ「フロッグ・デザイン」は、 アップル創業者のスティーブ・ジョブズが自社製品のデザインを任せていたことで知られる。つまり、サムスンは、ジョブズの製品デザインの流儀を手中に収め ようとしているのだ。
サムスンが、スマホなどの特許を巡り、アップルと訴訟合戦を繰り広げるようになって4月でまる3年。 存命中のジョブズに「コピーキャット(物まね屋)」と非難されたこともあったが、今もサムスンの貪欲さは衰えを知らない。昨年12月には、アップルの直営 店のノウハウを学ぼうと、「アップルストア」部門のキーマンとされる人物も引き抜いている。
「過去に日本メーカーにしかけたことを、今度はアップルなどシリコンバレー企業を相手に繰り返しているように思われても仕方がない」
あるサムスン現地法人幹部は、こう打ち明ける。つまり、日本を起点にした過去のサクセスストーリーをシリコンバレーでも再現しようとしているというのだ。
■グーグルのお膝元にも進出
サムスン急成長の理由の一つは、ソニーやパナソニックなどの製品の徹底した研究や、日本人技術者の大量スカウトで日本勢の強みを学び尽くしたこととされ る。横浜市内に研究開発拠点を持ち、日本メーカーの情報を収集。大量の日本人技術者を週末だけ韓国に呼び寄せ、高額報酬と引き換えに技術指導を受けていた のは有名な話だ。
しかし、今やサムスンの視線は日本を通り過ぎ、シリコンバレーに向かっている。アップルと並ぶIT(情報技術)業界の巨人、米グーグルの本社の近くでは、巨大なソフトウエア研究施設4棟が急ピッチで建設中だ。
「サムスンは、スマホ分野で協力関係にあるグーグルからソフトウエア開発などのノウハウを吸収しようとしているのではないか。グーグルのお膝元につくるサムスンの施設は、そんな目標を達成するには最適の立地だろうなあ」
現地のIT企業のビジネスマンの間では、こんな見方がささやかれている。
■絶対権力者が知った「急所」
サムスンは今や世界のIT産業で一目置かれる存在だ。米調査会社IDCによると、スマホの世界出荷台数で、サムスンのシェアは2013年に31.3%に高 まり、過去最高のシェアを記録。一方、アップルは15.3%にとどまり、激戦のスマホ市場で名実ともに世界一になった。そんなサムスンが、なぜ、シリコン バレー進出を急いでいるのか。

サムスンの李健熙会長は大胆な経営判断で成長シナリオを実現させてきた
きっかけは、絶対権力者の大号令だった。
「ハード主導からソフト主導の企業に変身する」
サムスン会長の李健熙(イ・ゴンヒ)が、こんな方針を打ち出したのは、2011年。当時は薄型テレビや半導体ビジネスで世界市場を席巻し、スマホでもアップルを脅かそうとしていたが、李には見過ごせない心配があった。
社外の著名経営コンサルタントや社内の経営幹部による分析で、「ソフトウエアの開発力が弱いことがサムスンの急所だ」という報告が上がっていたのだ。李は即座に動いた。
サムスン社内に下した「ソフト主導の会社へ」という指示には、ソフト開発やデザイン力を磨き上げろ、という意味合いが込められていた。それに対し、サムス ンのグループ事業会社の経営トップが構成メンバーである最高幹部会議が出した結論が、「シリコンバレー・シフト」。くしくも、アップルとの特許を巡る訴訟 合戦を始めたタイミングだった。
■「金の卵」に1100億円
それから3年。シリコンバレーの人材紹介会社の幹部らの間では、「サムスンは、この土地でも、IT業界の巨人として認知されている。魅力を感じるデザイナーやエンジニアも少なくない」といった評価が出てきている。
研究所やデザイン拠点を含め、シリコンバレーやその周辺にサムスンが置いた拠点の数は、数えられるだけで10カ所近くに増えた。昨年には社内ベンチャーファンドを立ち上げて11億ドル(約1100億円)もの投資枠を与えた。
探しているのは、ゲームや地図、ビデオ通話、位置情報の共有、検索エンジンなどの技術を持つベンチャー企業。しかし、豊富な資金を投じれば、「金の卵」のようなシリコンバレーの人材やアイデアを引き寄せられるとは限らない。
■現地司令官はグーグル出身
成否のカギを握るのが、最前線の指揮官である上級副社長のデービッド・ユンだ。韓国系アメリカ人のユンは、実はグーグル出身。グーグル時代には「ユーチューブ」事業のコンテンツ調達などにあたり、シリコンバレーなどの人脈は幅広い。

シリコンバレーで新技術の開発などに取り組むサムスンの拠点は急増している(カリフォルニア州サンノゼ市)
サムスンは本社から韓国育ちのエリートを派遣するのではなく、ユンを事業会社トップ級の厚遇でスカウト。現地の事情を考慮しながらシリコンバレー攻略を周到に進めているが、それだけでシリコンバレー社会に入り込めるほど甘くはない。
上意下達が徹底した「サムスン流」の企業風土が、自由を尊ぶ「シリコンバレー流」と衝突することもたびたびあるという。
シリコンバレー中心部にあるサムスンの研究開発センター。ランチタイムに訪ねると、現地採用の社員、韓国から来た駐在員たちが別々のテーブルに分かれて昼食をとっていた。なぜ、「現地採用組」と「駐在組」に溝ができているのか。
アップルを辞めてサムスンに移ったという中堅社員は、「サムスンは、僕らから見ると、あまり長く働きたい会社じゃないかもね」と話す。違和感があるのは、「軍隊式」とも評されるサムスン流の社員管理のあり方だという。
■「ジョブズ流はサムスン流とは違う」
シリコンバレーでは、こんなエピソードを耳にした。

サムスンは、スマートフォンなどで世界を席巻しているが、シリコンバレーでの評価は少し違う
あるサムスンの現地幹部が、アップルのジョブズの伝記を読んだ後のこと。部下たちの目標管理制度で、以前にもまして必要以上に高く、短期間で成果を出す目標設定を強いるようになった。
その幹部は口癖のように、「ジョブズはもっと厳しかったはずだ」と繰り返しているが、現地採用組の間では、こんな冷ややかな見方が出ている。
「ジョブズが社員に厳しかったのは有名だが、製品づくりや仕事への強いこだわりゆえ。そのジョブズを引き合いに出して、結果ばかり求めるのはおかしい……」
複雑な感情を抱いているのは、サムスン社員だけではない。あるベンチャー企業の幹部は、サムスンへの反発心を隠さない。
「奴らは起業家をバカにしている。あんなに高圧的なんて」――。この会社は、サムスンから出資条件として、虎の子である知的財産を全て渡すように求められたというのだ。
シリコンバレーでは、「サムスンは、ベンチャー企業に対し、出資をちらつかせながら、事業や技術の内容を根掘り葉掘り聞き、あとは様子見。『蛇の生殺し』のようなこともしている」という風評まで流れている。
■サムスンVS紅いシリコンバレー
サムスンにとって初の海外拠点である「サムスン物産東京支店」 の開設は1953年。日本では、60年以上の歴史があり、日本の家電メーカーはかつてサムスンを「隣国の友人」と考え、おうような姿勢で付き合ってきた。 一方、進出の歴史が浅いシリコンバレーでは、最初から「巨大企業のサムスン」と警戒されてしまっているのかもしれない。

サムスンは直営の販売コーナーも米国で展開し、ブランド力も上がっているが……(カリフォルニア州サンフランシスコ市)
問題は、サムスンがシリコンバレー社会に溶け込もうと苦労している間に、別の集団の存在感が目立ってきていることだ。米フェイスブックへの投資などで知られる地元の金融大手シリコンバレーバンクの会長、ケン・ウィルコックスは、こう解説する。
「シリコンバレーに流れ込む海外マネーで圧倒的に規模が大きいのが中国だ。当然、ビジネス界で中国勢の影響力がどんどん大きくなっている」
サムスンすら、かすむほど中国企業や中国系起業家の存在感が大きくなり、至るところで「紅(あか)いシリコンバレー」が増殖しているというのだ。
「君こそ我々の誇りだ」――。昨年10月、サンフランシスコ市内のイベント会場で、握手を求める長蛇の列ができていた。
お目当ては、スタンフォード大学の研究者、アンドリュー・ング。世界規模のオンライン教育サービス「コースラ」を立ち上げて一躍有名人となった中国系の起業家でもある。ある団体から、「シリコンバレーで最も活躍した起業家」として表彰されたのだ。
■「水面下で中国政府も支援」
その団体とは、シリコンバレーで中国系起業家を支援している華源科技協会(HYSTA)。1999年から活動しており、会員は6千人を超える。米国で暮ら す中国人ビジネスマンたちが集まる、単なる親睦団体ではない。運営メンバーにはシルバーレイクなど米有力ファンドの経営幹部が並び、支援者にはアリババ、 ヤフー、百度(バイドゥ)の創業者が名を連ねている。
関係者によると、「水面下では中国政府も活動を支援している」という。シリコンバレーのビジネスマンや起業家たちから見れば、中国という巨大国家のマネーと消費市場の前には、ビジネスパートナーとしてのサムスンの存在も小さく見えてもおかしくはない。
そして、シリコンバレーに進出する中国企業も、「対サムスン」の自信を隠さなくなっている。
サムスンが昨年、シリコンバレーの技術者を集めて初めて開いた開発者会議。会場は華やかでも、出展者の説明内容の大半は新味に乏しかった。
■笑い飛ばされたサムスン
中国・華為技術(ファーウェイ)の経営幹部は、その様子を知ると、軽く鼻で笑い飛ばした。
「サムスンは金をかけ、仲のいい会社を集めてイベントをやっているだけでしょ。本当の意味でオープンに開発しているわけじゃない」
華為は、スマホなどでサムスンを追いかける新興勢力だ。事実、あるサムスン幹部は「テレビやスマホなどのものづくりでの競争力は、中国勢との差が急速に縮まっている」と打ち明ける。そんな中国勢のパワーが、シリコンバレーでも、サムスンの脅威になろうとしているのだ。
サムスンは四半期ごとに最高益を更新してきたが、けん引役だったスマホの成長ペースが衰えると、2013年10~12月期はほぼ2年ぶりの減益に陥った。 何の手も打てなければ、日本勢と同じ道をたどってもおかしくない。次の成長には、新たな技術やアイデアを次々と生み出すシリコンバレーの人材や知恵を使い こなすことが必要だ。
シリコンバレー社会に溶け込み、成功を収めたアジア企業はいまだない。日本の電機メーカーもかつては シリコンバレーに挑んだが、成長の原動力にするまでには至らなかった。サムスンはどうか。シリコンバレー攻略の結末によって、IT業界の勢力図も、攻防の 歴史も大きく変わるかもしれない。
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