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百田尚樹さじを投げる!でもまだ報道機関を名乗るのか

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百田尚樹もさじを投げた! それでもまだ報道機関を名乗るのか

『月刊正論』 2014年11月号

読了まで19分

作家 百田尚樹(ひゃくた・なおき)

 これで朝日新聞は、報道 機関として完全に終わった。9月11日に木村伊量社長ら3人の役員が行った記者会見をインターネットで見ながら、私は確信した。慰安婦報道についてようや く謝罪したからではない。謝罪しなかったからである。朝日新聞には大新聞社としての驕りはあっても、報道機関としての矜恃はかけらもない、そうはっきりし た。

  あの会見について、多くの新聞やテレビが「謝罪」「謝罪」と書きたてて、慰安婦報道でも朝日新聞が詫びたかのように報じた。確かに木村社長は「謝罪」とい う言葉は使ったが、発言をよくよく見れば、謝罪したのは表面的なごく一部の行為だけで、本質的には何も詫びていないことが分かる。
  「(8月5日付朝刊の記事で)吉田清治氏の証言に基づく記事について、証言は虚偽と判断して取り消しました」「ただ、記事を取り消しながら謝罪の言葉がな かったことで、ご批判をいただきました。裏付け取材が不十分だった点は反省しますとしましたが、事実に基づく報道を旨とするジャーナリズムとして、より謙 虚であるべきだったと痛感しております。吉田氏に関する誤った記事を掲載したこと、そしてその訂正が遅きに失したことについて、読者の皆様におわび申し上 げます」
 ここで謝っているのは、朝鮮半島の済州島で慰安婦狩りを行ったという虚言を弄した吉田に ついての32年前からの「誤った報道」と、その記事の取り消しが遅れたことだけなのである。捏造報道を続けてきたこと、海外に「日本が朝鮮半島の女性を性 奴隷にした」という誤った印象を広めたこと、これら問題の核心については何一つ、謝っていないのだ。
 むしろ、捏造については、否定したのも同然だった。「事実のねじ曲げではないか」と追及されても認めず、自分たちの説明を強調した。謝罪もなく、批判を浴びた8月5日の検証記事と「強制性」を訴えてきた報道については、木村社長がこう自画自賛した。
  「検証の内容については自信を持っているし、慰安婦問題をこれからも、こうした過去の問題はあったにせよ、きちんとした反省の上に、われわれは大事な問 題、アジアとの和解の問題、戦地の中での女性の人権、尊厳の問題として、これからも明確に従来の主張を続けていくことは、いささかも変わりません」
  美辞麗句で飾っているが、つまり慰安婦報道の根幹は何も変えないし、詫びる気はまったくないと宣言したわけだ。これだけ日本中から批判され、池上彰氏の連 載コラム掲載見合わせなどでは傲慢な姿勢が総スカンを食らったというのに、何ら反省をしていないのである。読者はバ カではない。こんな誤魔化しの謝罪はす ぐに見破る。そのとき、朝日は残る読者からも完全に見放されるだろう。朝日新聞は、自分で自分の首を絞めているようなものなのである。
  私が朝日新聞の報道を意図的な捏造だと断定し、報道機関として終わったと言い切るのは、単に32年前に虚偽の吉田証言を記事として取り上げたからではな い。それだけなら、まだ意図せぬ誤報という言い訳も通用するかもしれない。問題は1992年に吉田証言は産経新聞と本誌で秦郁彦氏による調査結果をもとに 虚偽の可能性を指摘され、週刊誌などの報道で次々と疑問点が浮上した後も、この記事を取り消さず放置し続けたことだ。
  97年の自社記事でも、取材で裏付けが得られなかったことを認めている。明らかに誤りだと分かっているはずだ。しかし、それなのに、約20年も放置し続け たのである。結局32年間で16回も吉田証言を取り上げているというのだから、そこにどうして意図がないといえるだろうか。木村社長らの会見では、訂正し なかった理由について何の説明もなかったが、それは、しなかったのではなく、できなかったのである。
  そういう自らのやましさは棚に上げて、8月5日朝刊の検証記事では、産経新聞、読売新聞、毎日新聞も誤報したと責任転嫁までしていた。朝日新聞とは記事の 扱いの大きさが全然違うし、産経などは虚偽証言と気づいたら、その訂正を図っている。しかし、朝日はそれを20年以上もしてこなかったのだ。「自分たちだ けではない」と言い張るというのは、子供でもしない言い訳である。

日本人の名誉と信用を傷つけ


 もちろん朝日新聞が自滅しようが、私の知ったことではない。しかし、朝日新聞が、国際社会において、日本の国家と国民の名誉と信用を傷つけたこと、そしてそれを謝罪しようとしないことだけは、決して許せない。
 朝日はすぐに日韓関係、日中関係の悪化を問題視するが、その種をまいたのは、自分たちなのである。それなのに、木村社長たちは、その罪を問われても、はぐらかすだけだった。
 「海外でどのように報じられているか、一部だが承知している。これが実際どのようなことだったのか、今までの報道すべて掌握しているわけではないので、このあたりもきちっとしながら報告したい」(木村社長)
 「朝日新聞の慰安婦報道がどのようにそういった問題(国際関係など)に影響を与えたかは、朝日新聞自身がどう総括していくかなかなか難しい。新しい第三者委員会に具体的検討を委ねたい」(杉浦信之編集担当取締役=当時)
 いま、自分たち会社のトップには分からないから、そのうちに検証してもらいます─そういって逃げているのだ。こういうのをまさに「姑息」という。
 8月28日付の朝刊では、慰安婦問題で国際社会に向かって「強制性」を認め、謝罪と反省を表明した河野談話は吉田証言に依拠していないと主張するなど、朝日は吉田証言を世界に広めた自らの罪を過小評価させようと必っしのようだ。しかし、そんなことが理解されるわけがない。
  いまでも韓国政府は吉田証言を「日本軍による強制連行」の証拠として採用しているし、1992年には、アメリカのニューヨーク・タイムズに「吉田は 2000人の朝鮮 人女性狩りを行った」という驚くべき記事が載った。1996年には国連の「女性への暴力特別報告」(クマラスワミ報告)にも、「強制連行 の証拠」として吉田証言が採用されているのだ。
 河野談話作成段階で、ときの政府関係者は吉田証言 がインチキであることに気づいていたから、その直接的論拠にすることは避けられた。しかし、そもそも、なぜ日本政府が、河野談話を出さなければならなく なったのか。それは、吉田証言の虚偽記事が一般的には事実として拡がり、韓国に日本に対する攻撃の材料を与えることになったからなのだ。
  その証拠に、朝日の吉田証言の記事以前、戦後40年近く日韓関係には、慰安婦問題などなかった。勝手に「李承晩ライン」を引き、多くの日本人の漁民を拘束 して少なくとも44人ものし傷者を出したうえ、竹島を奪った韓国大統領・李承晩ですら、その後、クーデターで政権を握った朴正煕(朴槿恵現大統領の父親) ですら、「従軍慰安婦」には言及していないし、日本政府に謝罪を求めたこともなかった。つまり、外交問題にしたのは、韓国人ではなく、日本の朝日なのであ る。

朝日の名誉と信用は守る


 日韓関係だけでは ない。日本人は罪もない朝鮮半島の女性たちを強制連行し、性奴隷にしたという驚くべき誤解が、世界中に広まった。それで、どれだけ日本人が差別的な目で見 られているか。私たちの子供や孫、子孫までもが傷つけられるのである。その原因を作った朝日新聞は一刻も早く世界に向け訂正記事と謝罪記事を発表しなけれ ばならないはずだ。にもかかわらず、慰安婦問題の「強制性」を訴え続けるというのだから、私はどうしても許せない。
  9月の会見でも、強制連行は、杉浦氏が「そういった事実はないと取り消した。しかし、いわゆる慰安婦が、自らの意思に反して兵士の相手をさせられるという 事態に、広い意味での強制性はあった」と、相変わらずの詭弁で自己正当化していた。一方で、自社の検証記事などを「捏造」「売国」と批判した週刊文春や週 刊新潮の広告掲載を拒否したり、黒塗りにしたりし、「朝日新聞の名誉と信用が傷つけられた」と、抗議文で謝罪を求めていたというのである。
 私は木村社長や杉浦氏に聞きたかった。
 一体、日本人の名誉と信用を、どう考えているのか。
  インターネットの世界では、他人を批判した言葉がそのまま自分に返ってくることを「ブーメラン」と呼ぶが、私がこれまでに見た中で、これほど巨大なブーメ ランはなかった。木村会長らの会見では、原発事故対応をめぐる批判記事への抗議は取り下げると明言していたが、慰安婦検証批判への抗議も当然、取り下げる べきだ。朝日新聞がすべきは、マスコミへの抗議などではない。日本という国家と日本人への謝罪である。

池上コラム問題の本質


 ここのところ朝日新聞の混乱ぶりは際立っていて、組織のコントロールを失いつつある。9月初めには、自社を批判した池上彰氏の連載コラムの掲載を見合わせながら、批判を受けて掲載に転じるという騒動があったが、そのとき、はっきりそれが分かった。

  池上氏のコラムは、誤報の訂正が遅きに失したことを指摘し、謝罪がないと批判したもので、朝日新聞は、上層部の意向で、掲載を見合わせる方針を池上氏に伝 えた。朝日にとっては触れられたくない傷だっただろうが、マスコミ各社から批判を受けている状況の中で、掲載を見合わせれば、さらに猛烈な批判を受けるの は火を見るよりも明らかだった。子供でも分かることを、社の上層部が分からなかったというのは、本当に上層部が状況判断能力、危機管理能力を完全に失って いたとしか言わざるを得ない。これは悲惨である。
 私が思うに、朝日の上層部は相当、混乱しているのだろう。軍隊に例えれば、司令官が混乱して作戦が完全に機能しなくなった状態だ。「こうしろ」と命令した直後に、正反対の司令を出すのだから、組織としての体をなしていない。
 しかも、コラム掲載時には、お詫びコメントまで付けてしまった。慰安婦報道の検証では、記事を取り消しても謝罪しなかったのに、池上氏にはお詫びするというのだから、これにはもう呆れ果てたとしかいいようがない。
  一体、掲載の方針をころころと変えた上層部とは誰なのか。会見では杉浦氏が「池上さんのコラムの一時的な見合わせを判断したのは私です。結果として間違っ ていたと考えています。社内での議論、多くの社員からの批判を含めて、最終的に掲載するという判断をしました」と説明していたが、本当だろうか。何度も口 ごもりながらの発言は、とても正直に話しているようには見えなかった。
 一体、朝日新聞の社員は、 どういう心持ちで会社の問題を見ているのかと考える。自分たちがこういう会社をつくりあげたことを反省しているのだろうか。ネットのツイッターで、多くの 朝日新聞の社員がツイートしているのを眺めると、自分の会社に酔っているのではないかと思える。
 沢村亙氏という朝日新聞の編集長がいる。編集長というのは、毎日の新聞紙面全体の責任者だそうで、朝日新聞東京本社には3人しかいないという。つまり重要幹部だ。その人物が、池上氏のコラム掲載決定を受け、9月3日にツイートした内容はこうだ。
 「多様な意見を載せる。その原則を守れと同僚たちが声をあげる。社が受け入れる。結果的にそうできたことに誇りを感じる」
  あたかも社内の声が、自主的に社の方針を変えた美談のように書いている。確かに内部からの声もあったのだろうが、一番大きかったのは外部からの批判であっ たはずだ。悪いことをして怒られてそれをやめるのは、当然のことであり、謝罪、反省すべきことなのに、逆に誇りを感じているのだという。品のない例えだ が、万引きしようとして店の商品を手に取ったものの、大勢の人に非難されてそれを商品棚に返した万引き犯が、その行為を誇っているようなものだ。しかも、 「さすが我が社や」という調子のツイートは、この沢村氏だけではないのだから驚く。沢村氏は、こうもツイートしている。
 「うちの会社も官僚的な体質があるが、主筆とか社長とかトップの鶴のひと声で軍隊のように一糸乱れず動くこともできない。だからこそ情報が漏れ、現場が声を上げる」
  いかにも記者たちが自由に発言しているように、会社に自由な気風があるように書いている。しかし、もしその通り自由な気風の会社であるならば、日本を貶め る虚偽記事を32年間放置したことをおかしいと思っていた記者が朝日新聞には一人もいなかったということになる。多くの日本人が「これはおかしい」と言っ ているのに、朝日新聞の記者だけは誰一人、声を上げる必然性を感じなかったということになる。自分たちが愚かであったことを堂々と認めていることになるの だ。編集長でありながら、頭が混乱しているのか、そのことに気づいていないのには、もう笑うしかない。

南京、靖国も同じ歪曲体質


  いうまでもなく新聞社のもっとも大切な使命は事実を報道することのはずだが、朝日新聞は目的のためには、事実をねじ曲げるという体質があるのだと私は思 う。慰安婦の問題でも、戦前の日本をとにかく否定したいと考え、慰安婦制度があったということを、なんとしても徹底批判したいという目的があった。そのた めによりインパクトのある材料を探したのだが、なかったために、吉田証言という虚偽の材料を持ち出したのではないだろうか。
 そんな体質を象徴するのが、1989年のK・Yサンゴ事件だ。沖縄の西表島にあるサンゴに、朝日のカメラマンが「K・Y」と傷を付けて、自ら撮った写真が、「サンゴを汚したK・Yってだれだ」という大きな見出しとともに掲載された自作自演事件だ。
  まず、沖縄の美しい自然を守りたいという目的がある。それを守らない奴を「ダメだよ」と批判したいが、ちょうどいい批判の対象がいない。そこで、自らサン ゴに傷を付けて、自然破壊を捏造する。日本人を貶めておこうと、「80年代の日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけ て恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の…」と記事に載せ、こんな悪い奴がいるからダメなんだと訴えたのだが、本当は、そんな自然破壊は存在しなかった のである。
 いま中国が大きな問題としている閣僚の靖国神社参拝も、南京事件も、実は同じ構造だといえる。
  南京事件も1970年までは日中間で問題になっていなかったが、71年に当時の本多勝一記者が中国を訪れ、中国側の出してきたウソ証言やデータを基に、南 京で大虐さつが行われたというレポートを約40回にわたって執筆した。朝日は「南京大虐さつ」という史実があったかのようにキャンペーンを展開し、それに中国 が反応して国際問題に発展した。しかし、中国側の示した犠牲者数30万人に対し、当時の南京の人口は20万人。明らかにおかしいのだ。
 靖国参拝についても同じだ。戦後40年間、歴代首相は計58回も靖国を参拝していたが、中国政府は一度も抗議しなかった。
 しかし、85年に朝日新聞が大々的に参拝を批判、中国に対して〝ご注進〟に及び、それを受けて中国が抗議した。相乗りするように、韓国も抗議に加わった。
 南京、靖国そして慰安婦問題。すべて1970年代以降に朝日新聞がつくりだした問題である。朝日は慰安婦問題に続き、南京大虐さつ報道についても、自社報道の検証に取りかかるべきなのだ。

朝日新聞VS百田尚樹


 私は、これまでさまざまな朝日新聞の捏造報道と闘ってきた。
 昨年暮れ、安倍晋三首相が靖国参拝をした直後には、朝日新聞デジタルに「百田尚樹さんが安倍首相と今年会った際、靖国神社に参拝するよう進言したと打ち明ける」と捏造記事を書かれた。
  朝日新聞の記者に取材を受けた際に「百田さんが安倍総理に進言したんですね」と訊かれた。私は「進言はしていない。私はあくまで『靖国に行っていただきた い』という個人的な希望を申し上げたのであって、絶対に進言はしていない。進言とは書かないで下さい」と答え、記者も「分かりました」と言ったのに、記事 には「進言」。進言とは、首相に対して影響力のある人物がする行為だ。然るべき立場の人物が「総理、このようになさるべきです」と言うものだが、私は個人 的な希望として「行っていただきたい」と伝えただけ。まったく違うはずだが、朝日新聞は、それを知りながら、私が安倍総理に行かせたというストーリーのた めに、事実をねじ曲げたのではないだろうか。
 私が今年1月にNHK経営委員として経営委員会で竹 島、尖閣、靖国などについて「歴史的経緯を国民にしっかり知らせる番組があってもいいのではないか」などと発言したときには、個人攻撃のような報道があっ た。私の発言の意図をねじ曲げ、「『個別』の番組への干渉は禁じられている」と、あたかも個別番組の干渉をしたかのようにとれる書き方をした。
  最近では7月25日にも、被害にあった。「ニュースウオッチ9」の大越健介キャスターが番組内で、「在日コリアン1世は1910年の日韓併合で強制的に連 れてこられたり、職を求めて移り住んできた人たち」という趣旨の発言をしていたので、経営委員会で「そういう歴史的事実はない。強制連行はしていない。に も関わらず、そういう発言をしたのは、NHKとして検証したからなのか。NHKの歴史についての見解はどうなのか」と質問したときも、3日後の朝日新聞朝 刊に「放送法抵触の恐れ」と書かれた。
 放送法は個別番組への干渉を禁じており、放送前の番組編集 に口を出したり圧力をかけたりすれば法律違反だ。しかし、放送した番組について意見を述べるのは放送法に違反しないはずだ。私が「おかしいのではないか」 と朝日の記者に伝えると、朝日はそのコメントを載せて「放送後の番組でも、その後の番組内容に影響が出れば、放送法に抵触したと判断される可能性もある」 と訴えた。牽強付会も甚だしいが、百田尚樹を「敵」と認定し、批判する目的なら事実のねじ曲げも辞さないのだ。
 私は思う。朝日新聞にとって、目的の前には事実はどうでもいいのであろう。しかし、朝日新聞がこの体質を改める気がまったくないのなら、もはや報道機関とはいえないのではないか。


百 田尚樹氏 昭和31(1956)年、大阪市生まれ。同志社大学法学部中退。放送作家となり、人気番組『探偵ナイトスクープ』のチーフ構成作家に。平成18 年には『永遠の0(ゼロ)』(太田出版、現在は講談社文庫に所収)で小説家デビュー。『海賊とよばれた男』(上・下、講談社)で、2013年本屋大賞を受 賞。最新作に『フォルトゥナの瞳』(新潮社)
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모모타 나오키 포기한다!그렇지만 아직 보도 기관을 자칭하는지

http://ironna.jp/article/608


모모타 나오키도 포기했다! 그런데도 아직 보도 기관을 자칭하는 것인가

「월간 정론」 2014년 11월호

독료까지 19분

작가 모모타 나오키(·더 나무)

 이것으로 아사히 신문은, 보도 기관으로서 완전하게 끝났다.9월 11일에 키무라이량 사장외 3명의 임원이 간 기자 회견을 인터넷으로 보면서, 나는 확신했다.위안부 보도에 대하고 있자나 구사죄했기 때문에는 아니다.사죄하지 않았으니까이다.아사히 신문에는 오신문사로서의 교만은 있어도, 보도 기관으로서의 긍지는 파편도 없는, 그렇게는 잘라 .

  그 회견에 대해서, 많은 신문이나 텔레비전이 「사죄」 「사죄」라고 써 세우고, 위안부 보도에서도 아사히 신문이 사과했는지와 같이 알렸다.확실히 키무라 사장은 「사죄」라고 있어 말은 사용했지만, 발언을 차근차근 보면, 사죄한 것은 표면적인 극히 일부의 행위만으로, 본질적으로는 아무것도 사과하지 않은 것을 안다.
  「(8월 5 일자 조간의 기사로) 요시다 세이지씨의 증언에 근거하는 기사에 대해서, 증언은 허위라고 판단해 취소했습니다」 「단지, 기사를 취소하면서 사죄의 말이 산 것으로, 비판을 받았습니다.증거 취재가 불충분했던 점은 반성했습니다만 , 사실에 근거하는 보도를 취지로 하는 저널리즘으로서보다 겸 허여야 했다고 통감하고 있습니다.요시다씨에 관한 잘못된 기사를 게재한 것, 그리고 그 정정이 지 나무가 지나쳤던 것에 대해서, 독자의 여러분에게 사과 말씀드려 위 」
 여기서 사과하고 있는 것은, 한반도의 제주도에서 위안부 사냥을 실시했다고 하는 거짓말을 농 한 요시다에 붙은 32년 전부터의 「잘못된 보도」라고, 그 기사의 취소가 늦은 것 만 인 것인다.날조 보도를 계속해 온 것, 해외에 「일본이 한반도의 여성을 성 노예로 했다」라고 하는 잘못된 인상을 넓은 문어와 이것들 문제의 핵심에 대해서는 무엇하나, 사과하지 않은 것이다.
 오히려, 날조에 대해서는, 부정했던 것도와 다름없었다.「사실의 나사 휨이 아닌가」라고 추궁받아도 인정하지 않고, 스스로의 설명을 강조했다.사죄도 없고, 비판을 받은 8월 5일의 검증 기사와 「강제성」을 호소해 온 보도에 대해서는, 키무라 사장이 이렇게 자화자찬했다.
  「검증의 내용에 대해서는 자신을 가지고 있고, 위안부 문제를 앞으로도, 이러한 과거의 문제는 있었든, 제대로 한 반성 후에, 우리는 소중한 문 제목, 아시아와의 화해의 문제, 전지안에서의 여성의 인권, 존엄의 문제로서 앞으로도 명확하게 종래의 주장을 계속해 가는 것은, 조금도 바뀌지 않습니다」
  미사여구로 장식하고 있지만, 즉 위안부 보도의 근간은 아무것도 바꾸지 않고, 사과할 생각은 전혀 없다고 선언한 것이다.이만큼 일본안으로부터 비판되어 이케가미 아키라씨의 련 재칼럼 게재 보류 등에서는 오만한 자세가 총스칸을 먹었다는 것에, 아무런 반성을 하고 있지 않기 때문에 있다.독자는 터무니없이는 아니다.이런 남의 눈을 속임의 사죄 에 간파한다.그 때, 아침해는 남는 독자로부터도 완전하게 버림을 받을 것이다.아사히 신문은, 스스로 자신의 목을 매고 있는 것인 것이다.
  내가 아사히 신문의 보도를 의도적인 날조라고 단정해, 보도 기관으로서 끝났다고 단언하는 것은, 단지 32년전에 허위의 요시다 증언을 기사로서 다루었기 때문에서는 있어.그 만큼이라면, 아직 의도하지 않는 오보라고 하는 변명도 통용될지도 모른다.문제는 1992년에 요시다 증언은 산케이신문과 본지로 진쿠니히코씨에 의한 조사 결과를 기초로 허위의 가능성이 지적되어 주간지등의 보도로 차례차례로 의문점이 부상한 후도, 이 기사를 취소하지 않고 계속 한 것 다.
  97년의 자사 기사에서도, 취재로 증명을 얻을 수 없었던 것을 인정하고 있다.분명하게 잘못이라고 알고 있을 것이다.그러나, 그런데도, 약 20년이나 계속 방치해 것인다.결국 32년간에 16회나 요시다 증언을 채택하고 있다는 것이니까, 거기에 어째서 의도가 없다고 말할 수 있을까.키무라 사장외의 회견에서는, 정정해 없었던 이유에 대해 아무 설명도 없었지만, 그것은, 하지 않았기 때문에는 없고, 할 수 없었기 때문에 있다.
  그러한 스스로의 꺼림칙함은 제쳐놓고, 8월 5일 조간의 검증 기사에서는, 산케이신문, 요미우리 신문, 매일신문도 오보 했다고 책임 전가까지 하고 있었다.아사히 신문과는 기사의 취급의 크기가 전혀 다르고, 산케이 등은 허위 증언과 눈치채면, 그 정정을 도모하고 있다.그러나, 아침해는 그것을 20년 이상이나 해 오지 않았던 것이다.「스스로다 는 아니다」라고 해 친다는 것은, 아이라도 하지 않는 변명이다.

일본인의 명예와 신용을 손상시켜


 물론 아사히 신문이 자멸하든지, 내가 안 것은 아니다.그러나, 아사히 신문이, 국제사회에 대하고, 일본의 국가와 국민의 명예와 신용을 손상시킨 것, 그리고 그것을 사죄하려고 하지 않는 것만은, 결코 허락할 수 없다.
 아침해는 곧바로 일한 관계, 일중 관계의 악화를 문제시하지만, 그 종을 뿌린 것은, 스스로인 것이다.그런데도, 키무라 사장들은, 그 죄가 추궁 당해도, 따돌릴 뿐(만큼)이었다.
 「해외에서 어떻게 보도되고 있는지, 일부이지만 알고 있다.이것이 실제 어떠한 일이었는가, 지금까지의 보도 모두 장악 하고 있는 것은 아니기 때문에, 이 근처도 위지로 하면서 보고하고 싶다」(키무라 사장)
 「아사히 신문의 위안부 보도가 어떻게 그렇게 말한 문제(국제 관계등)에 영향을 주었는가는, 아사히 신문 자신이 어떻게 총괄해 나갈까일까인가 어렵다.새로운 제삼자 위원회에 구체적 검토를 맡기고 싶다」(스기우라 노부유키 편집 담당 이사=당시 )
 지금, 스스로 회사의 톱에는 모르기 때문에, 그러던 중 검증받습니다─그렇게 말해 도망치고 있다.이런 것을 확실히 「고식」이라고 한다.
 8월 28 일자의 조간에서는, 위안부 문제로 국제사회로 향해 「강제성」을 인정해 사죄와 반성을 표명한 코노 담화는 요시다 증언에 의거 하고 있지 않다고 주장하는 등, 아침해는 요시다 증언을 세계에 넓힌 스스로의 죄를 과소평가시키려고 필해의 같다.그러나, 그런 일이 이해될 리가 없다.
  지금도 한국 정부는 요시다 증언을 「일본군에 의한 강제 연행」이 증거로 해 채용하고 있고, 1992년에는, 미국의 뉴욕·타임즈에 「요시다는 2000명의 조선인 여성 사냥을 실시했다」라고 하는 놀랄 만한 기사가 실렸다.1996년에는 유엔의 「여성에게의 폭력 특별 보고」(쿠마라스와미 보고)에도, 「강제 연행 의 증거」로서 요시다 증언이 채용되고 있다.
 코노 담화 작성 단계에서, 때의 정부 관계자는 요시다 증언 하지만 사기인 것에 눈치채고 있었기 때문에, 그 직접적 논거로 하는 것은 피할 수 있었다.그러나, 원래, 왜 일본 정부가, 코노 담화를 내지 않으면 안 되고 되었는가.그것은, 요시다 증언의 허위 기사가 일반적으로는 사실로서 펼쳐져, 한국에 일본에 대한 공격의 재료를 주게 되었기 때문에다.
  그 증거로, 아침해의 요시다 증언의 기사 이전, 전후 40년 가깝게 일한 관계에는, 위안부 문제같은 건 없었다.마음대로 「이승만 리인」을 그어, 많은 일본인의 어민을 구속 해 적어도 44명의 해 상처가 난 물건을 낸 뒤, 타케시마를 빼앗은 한국 대통령·이승만으로조차, 그 후, 쿠데타로 정권을 잡은 박정희(박근혜현대통령의 부친) 그리고조차, 「종군위안부」에는 언급하고 있지 않고, 일본 정부에 사죄를 요구한 적도 없었다.즉, 외교 문제삼은 것은, 한국인이 아니고, 일본의 아침해인 것으로 .

아침해의 명예와 신용은 지킨다


 일한 관계만으로는 없다.일본인은 죄도 없는 한반도의 여성들을 강제 연행해, 성 노예로 했다고 하는 놀랄 만한 오해가, 온 세상에 퍼졌다.그래서, 얼마나 일본인이 차별적인 눈으로 봐 라고 있을까.우리의 아이나 손자, 자손까지도가 상처 입힐 수 있는 것이다.그 원인을 만든 아사히 신문은 일각이라도 빨리 세계를 향해 정정 기사와 사죄 기사를 발표해차라 안 될 것이다.그럼에도 불구하고, 위안부 문제의 「강제성」을 계속 호소한다는 것이니까, 나는 아무래도 허락할 수 없다.
  9월의 회견에서도, 강제 연행은, 스기우라씨가 「그렇게 말한 사실은 없으면 취소했다.그러나, 이른바 위안부가, 스스로의 의사에 반해 병사의 상대를 하게 한다고 한다 사태에, 넓은 의미로의 강제성은 있었다」라고, 변함없는 궤변으로 자기 정당화 하고 있었다.한편, 자사의 검증 기사등을 「날조」 「매국」이라고 비판한 주간 후미하루나 주 간신쵸 출판사의 광고 게재를 거부하거나 검은 칠로 하거나 해, 「아사히 신문의 명예와 신용을 손상시킬 수 있었다」라고, 항의문으로 사죄를 요구하고 있었다는 것이다.
 나는 키무라 사장이나 스기우라씨에게 (듣)묻고 싶었다.
 도대체, 일본인의 명예와 신용을, 어떻게 생각하고 있는 것인가.
  인터넷의 세계에서는, 타인을 비판한 말이 그대로 자신에게 되돌아 오는 것을 「부메랑」이라고 부르지만, 내가 지금까지 본 가운데, 이 정도 거대한 브메 런은 없었다.키무라 회장들의 회견에서는, 원자력 발전 사고 대응을 둘러싼 비판 기사에의 항의는 철회한다고 명언하고 있었지만, 위안부 검증 비판에의 항의도 당연, 철회한다 한다.아사히 신문이 해야 할 것은, 매스컴에의 항의등에서는 없다.일본이라고 하는 국가와 일본인에게의 사죄이다.

이케가미 칼럼 문제의 본질


 요즘 아사히 신문의 혼란상은 두드러지고 있고, 조직의 컨트롤을 잃어버리고 있다.9 월초에는, 자사를 비판한 이케가미 아키라씨의 연재 칼럼의 게재를 보류하면서, 비판을 받고 게재로 변한다고 하는 소동이 있었지만, 그 때, 분명히 그것을 알 수 있었다.

  이케가미씨의 칼럼은, 오보의 정정이 지 나무가 지나친 것을 지적해, 사죄가 없다고 비판한 것으로, 아사히 신문은, 상층부의 의향으로, 게재를 보류할 방침을 이케가미씨에게 전 천민.아침해에 있어서는 접할 수 있었던 구 없는 상처였을 것이다가, 매스컴 각사로부터 비판을 받고 있는 상황속에서, 게재를 보류하면, 게다가 맹렬한 비판을 받아 (은)는 불을 보는 것보다도 분명했다.아이라도 아는 것을, 회사의 상층부를 몰랐다고 하는 것은, 정말로 상층부가 상황 판단 능력, 위기 관리 능력을 완전하게 잃어 있었다고 밖에 말하지 않을 수 없다.이것은 비참하다.
 내가 생각컨대, 아침해의 상층부는 상당, 혼란하고 있을 것이다.군대에 비유하면, 사령관이 혼란해 작전이 완전하게 기능하지 않게 된 상태다.「이렇게 해라」라고 명령한 직후에, 정반대의 사령을 내니까, 조직으로서의 몸을 이루지 않았다.
 게다가, 칼럼 게재시에는, 사과 코멘트까지 붙여 버렸다.위안부 보도의 검증에서는, 기사를 취소해도 사죄하지 않았는데 , 이케가미씨에게는 사과한다는 것이니까, 이건 이제 질려 버렸다고 밖에 좋게가 없다.
  도대체, 게재의 방침을 대굴대굴 바꾼 상층부와는 누구인가.회견에서는 스기우라씨가 「이케가미씨의 칼럼의 일시적인 보류를 판단한 것은 나입니다.결과적으로 틀림 (이)라고 있었다고 생각하고 있습니다.사내에서의 논의, 많은 사원으로부터의 비판을 포함하고, 최종적으로 게재한다고 하는 판단을 했습니다」라고 설명하고 있었지만, 사실일까.몇번이나 입 도 리나 무늬의 발언은, 매우 정직하게 이야기하고 있도록(듯이)는 안보였다.
 도대체, 아사히 신문의 사원은, 어떤 기분으로 회사의 문제를 보고 있는지 생각한다.스스로가 이런 회사를 만들어 낸 것을 반성하고 있는 것일까.넷의 트잇타로, 많은 아사히 신문의 사원이 트이트 하고 있는 것을 바라보면, 자신의 회사에 취해 있는 것은 아닐까 생각된다.
 사와무라선씨라고 하는 아사히 신문의 편집장이 있다.편집장이라고 하는 것은, 매일의 신문지면 전체의 책임자라고 하고, 아사히 신문 도쿄 본사에는 3명 밖에 없다고 한다.즉 중요 간부다.그 인물이, 이케가미씨의 칼럼 게재 결정을 받아 9월 3일에 트이트 한 내용은 이러하다.
 「다양한 의견을 싣는다.그 원칙을 지키라고 동료들이 소리를 지른다.회사가 받아 들인다.결과적으로 그렇게 할 수 있었던 것에 자부심을 느낀다」
  마치 사내의 소리가, 자주적으로 회사의 방침을 바꾼 미담과 같이 쓰고 있다.확실히 내부로부터의 소리도 있었을 것이다가, 제일 컸던 것은 외부로부터의 비판으로 는 두다.나쁜 일을 해 화가 나고 그것을 그만두는 것은, 당연한 일이며, 사죄, 반성 해야 할것인데, 반대로 자부심을 느끼고 있는 것이라고 한다.품위가 없는 비유다 하지만, 도둑하려고 해 가게의 상품을 손에 들었지만, 많은 사람에게 비난 당해 그것을 상품선반에 돌려준 도둑범이, 그 행위를 자랑하고 있는 것이다.게다가, 「과연 우리 회사나」라고 하는 상태의 트이트는, 이 사와무라씨 만이 아니니까 놀란다.사와무라씨는, 이렇게도 트이트 하고 있다.
 「우리 회사도 관료적인 체질이 있다가, 주필이라든지 사장이라든지 톱의 학의 사람소리로 군대와 같이 일사불란 움직이는 것도 할 수 없다.그러니까 정보가 새고 현장이 소리를 높인다」
  그야말로 기자들이 자유롭게 발언하고 있도록(듯이), 회사에 자유로운 기풍이 있다 게 쓰고 있다.그러나, 만약 그 대로 자유로운 기풍의 회사이다면, 일본을 깍아 내려 허위 기사를 32년간 방치한 것을 이상하다고 생각한 기자가 아사히 신문에는 한 명도 없었다고 하는 것이 된다.많은 일본인이 「이것은 이상하다」라고 말 (이)라고 있는데, 아사히 신문의 기자만은 누구하나, 소리를 높이는 필연성을 느끼지 않았다고 하는 것이 된다.스스로가 어리석었다는 것을 당당히 인정하고 있게 되어 (이)다.편집장이면서, 머리가 혼란하고 있는지, 그것에 눈치채지 못한데는, 더이상 웃을 수 밖에 없다.

난징, 야스쿠니도 같은 왜곡 체질


  말할 필요도 없이 신문사의 가장 중요한 사명은 사실을 보도하는 것일 것이지만, 아사히 신문은 목적을 위해서는, 사실을 나사 굽힌다고 하는 체질이 있다의라면 나는 사 .위안부의 문제에서도, 전쟁 전의 일본을 이라고에 쓰는 부정하고 싶다고 생각해 위안부 제도가 있었다고 하는 것을, 어떻게 해서든지 철저 비판하고 싶다고 하는 목적이 있었다.기타 째에 의해 임펙트가 있는 재료를 찾았지만, 없었기(위해)때문에, 요시다 증언이라고 하는 허위의 재료를 꺼낸 것은 아닐까.
 그런 체질을 상징하는 것이, 1989년의 K·Y산호 사건이다.오키나와의 이리오모테섬에 있는 산호에, 아침해의 카메라맨이 「K·Y」라고 상처를 붙이고, 스스로 찍은 사진이, 「산호를 더럽힌 K·Y는 누구다」라고 하는 큰 표제와 함께 게재된 자작 연출 사건이다.
  우선, 오키나와의 아름다운 자연을 지키고 싶다고 하는 목적이 있다.그것을 지키지 않는 놈을 「안되어」라고 비판하고 싶지만, 딱 좋은 비판의 대상이 없다.거기서, 스스로 산 고에 상처를 붙이고, 자연 파괴를 날조 한다.일본인을 깍아 내려 두려고, 「80년대의 일본인의 기념비가 될 것임에 틀림없다.백년 단위로 자라 온 것을, 순간에 손상시켜 (이)라고 부끄러워하지 않는, 정신의 궁핍함의, 거칠어진 마음의 것…」이라고 기사에 실어 이런 나쁜 놈이 있기 때문에 안돼라고 호소했지만, 사실은, 그런 자연 파괴는 존재하지 않았다 것인다.
 지금 중국이 큰 문제로 하고 있는 각료의 야스쿠니 신사 참배도, 남경 사건도, 실은 같은 구조라고 말할 수 있다.
  남경 사건도 1970년까지는 일중간에 문제로 되어 있지 않았지만, 71년에 당시의 혼다 카츠이치 기자가 중국을 방문해 중국측이 내 온 거짓말 증언이나 데이터를 기본으로, 남쪽 경으로 대학권을 했다고 하는 리포트를 약 40회에 걸쳐서 집필했다.아침해는 「난징대학권」이라고 하는 사실이 있었는지와 같이 캠페인을 전개해, 거기에 중국 하지만 반응해 국제 문제로 발전했다.그러나, 중국측이 나타내 보인 희생자수 30만명에 대해, 당시의 난징의 인구는 20만명.분명하게 이상한 것이다.
 야스쿠니 참배에 대해서도 같다.전후 40년간, 역대 수상은 합계 58회나 야스쿠니를 참배하고 있었지만, 중국 정부는 한번도 항의하지 않았다.
 그러나, 85년에 아사히 신문이 대대적으로 참배를 비판, 중국에 대해서

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