日本軍慰安婦はおもに19歳~26歳日本人女性が雇用対象であって、
現在の美少女ブームはともかく、昔の日本人男子は19歳未満女子に興味ありませんw

マージャンで暇を潰し、日本人兵士がくるのを待つ日本軍慰安婦
質問です。
妓生 wikipediaより抜粋
”また、大韓帝国の時代までは初潮前の少女を妓生とすることも多かったが、韓国併合後に少女を妓生とする事は禁止された。”
これって本当ですか?
ベストアンサーになった答え
妓生(芸者)は25~30歳でもう高齢とされ、引退しました。
韓国朝鮮語には、「妓生の還暦は30歳」(キーセン ファンガブン ソルン)という言葉もあります。
高麗時代から朝鮮半島では、早婚の風習がありました。これは、中国様への貢ぎ物として若い未婚の女を送る(貢女 こうじょ)ために、若い女が供出対象となったため親が自分の娘を早く結婚させて、既婚者にしてしまったためです。既婚女性は供出対象から外されましたので。
このため、12・3歳くらいで結婚するのは普通で、その花嫁に合わせるために男も早く結婚しました。19世紀末に生まれた両班(貴族)の経歴などを見ても、男で満12歳で結婚した人が珍しくありません。
妓生見習いには結婚適齢期より前の年齢でなりました。8歳とか9歳も多かったようです。
昔は初潮が今より遅かったので、妓生デビューの時にはまだ初潮になってない妓生(「童妓 どうぎ 幼い妓生」)も多かったと思われます。
・ > 韓国併合後に少女を妓生とする事は禁止された
これは総督府が日本の公娼制度を元に関連法令を作ったためです。
日本の公娼制度では、確か19歳以上でないと芸妓登録が出来なかったはずです。日本の芸妓登録は本人が警察・保健所に行き、戸籍謄本の提出も義務付けられました。(この辺は、森光子(もりみつこ)という人が書いた日記が一昨年くらいに再発刊されていますので、もしよろしければ御覧になってください。文庫本で680円くらいです。大女優のあの森光子さんとは別人の森光子さんで、実際に借金のかたに遊郭に売られた東京の女性の日記です。)
李氏朝鮮は妓生(まともな官妓、官庁に属する妓生)を妓生庁という官庁を作り管理していましたが、これは李氏朝鮮式の公娼制度ともいうべきものです。が、妓生庁に登録していない私娼がたくさんいました。
李氏朝鮮では1894年、日本留学組が甲午改革という日本に習った近代改革を行い、それによって身分制が廃止され、妓生は賤身の身分から開放されます。しかし同時に妓生庁も廃止され、妓生は官から得ていた分の給料をもらえなくなります。
そこへ開国・開港により日本式の商業がたくさん入って来て、日本語を習う元妓生たちが増えます。
そういう妓生たちが独自に妓生組合を作り始め、日本式の検番(見番、券番 けんばん)制度も取り入れます。
そして朝鮮全土の検番組合たちが、李氏朝鮮時代に官の保護を受けていたのと同じように官の保護を求めて、1904年に日本公使館に営業許可を申請し許可を得ます。これが朝鮮の近代的公娼制度の始まりとされています。
妓生たちが営業許可を求めたのは、当時の大韓帝国ではなく日本だったのです。
1910年の併合後、妓生の監督は総督府の警務総監部になります。許可した検番組合を通じて監督を行い、日本内地と同じく定期的性病検診も義務付けられました。