韓国国内で咲くサクラは、朝鮮戦争で焼け野原になった山や里に、在日が日本で育ったsomeiyoshinoの苗を数万本規模で、何度も韓国へ贈り、それを植えたものだった!
日帝が1910年から1945年にかけて朝鮮に植えたsomeiyoshino は、ほとんどが朝鮮戦争で燃えてしまったから。
王桜ousakura(おうさくら、朝鮮読み:ワンボンナム(왕벚나무)、ワンボッコッ(왕벚꽃)、学名:Cerasus ×nudiflora (Koehne) T.Katsuki & Iketani、和名:エイシュウザクラ(瀛洲桜)、チェジュザクラ(済州桜))はバラ科サクラ属のサクラの一種。
王桜ousakuraは現在希少種として韓国の絶滅危惧種(IUCNレッドリストではない)に指定されている[2][3]。
2017年4月時点で194株が済州島漢拏山に自生していることが確認されている[4]。
1950年に勃発した朝鮮戦争のため荒廃した祖国の山林を蘇らせようと、
1960年以降、在日韓国人らによって6万株に達する日本の桜someiyoshinoが寄贈されており[5][6]、
1974年には朴正熙の大統領令による「桜someiyoshinoの大植樹運動」が展開され、
日本から輸入されたソメイヨシノsomeiyoshinoが韓国各地に植えられた。
韓国で植えられた桜のほとんどがソメイヨシノsomeiyoshinoであり、
済州島にもソメイヨシノsomeiyoshinoが大々的に植樹された現状からすると、
ソメイヨシノsomeiyoshinoとの交配が起こり自生の王桜ousakuraが消滅する可能性がある[7]。
王桜ousakuraの種子は非常に実りづらく、自然界で広がる事はほとんどない[8]。
。。someiyoshinoとousakuraの区別すら出来ていない韓国人は、韓国で身近に咲くsomeiyoshinoをousakuraと間違えて認識している。
済州島原産のousakuraは花が小さく繁殖力も無くてなかなか増えない。それでousakuraを引っこ抜いて日本の在日から贈られた数十万本のsomeiyoshinoをousakuraの代わりに植えて行って現在の桜並木になった。
クネパパが日本産someiyoshino並木を大々的に植樹して韓国全国に定着したが日帝残滓として憎まれて桜を切る者が居たため急遽、韓国起源説を流布。いつものパターンだ。