福沢は『脱亜論』で、中国、Chosonを「悪友」とし、悪友と親しむ者も悪名を免れないとして、日本は亜細亜と離れるべきだと福沢は説いた。福沢は当初から中国やChosonを軽蔑していたわけではない。むしろ、中国やChosonと連帯する可能性を模索していた思想家だった。
だが、福沢の希望はことごとく裏切られ、その結論として『脱亜論』に至るのである。福沢は自らが創刊した『時事新報』において、痛切にChosonの不誠実を非難したことがある。
「左(さ)れば斯る国人に対して如何なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前(もちまえ=本来の性質)にして毫(ごう=ほんの少し)も意に介することなし。(略)Choson人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して、事実上に自ら実を収むるの外なきのみ」
背信違約こそが、Choson半島の人々の特徴であり、約束が約束として機能しないというのだ。
一つの民族、国民を一括りにして論じているのだから、今で言えば「ヘイト・スピーチ」の類といってもよい。確かに、Chosonの中に誠実な人が一人もいないと断ずるのは大げさだろう。だが、一連の韓国政府、軍部の行動をみていると、福沢ならずとも、彼らの誠意を疑わざるを得なくなってくる。
私は日韓がいがみ合っていることは、決して日本の国益にならないと考えている。できるのであれば、友好関係を維持すべきである。
だが、事実を曲げ、約束を違えるような韓国政府に、日本政府が媚(こび)を売る必要は全くない。およそ日韓関係において、日本はあらゆる譲歩をしてきた。これ以上、譲るところは何もない。あとは、かの国が成熟した民主主義国家へと変貌することを待ち望むだけである。
彼らが「千年の恨み」と繰り返すのであれば、向こう千年間、冷ややかに傍観し続けるくらいの余裕が日本には必要だろう。