百済と言うものは、世界の誰が見ても中国文化の地方国家です。
百済に一定の意味を持たせるのは、
併合する半島に箔を付けようと試みた、当時の日本政府の意図なんです。
百済と言う単語は、特殊感情を生ずる必要のない、一定の地域を指すただの言葉なんです…
加えて、日本は魏王から金印を239年に与えられ、247年に黄旗を下賜されています…
この時代には半島は全く関係のない日中の直接交易の時代です。
下って600年には、半島経由の交易を捨て去る国家の意思、遣隋使が始まります。
交易手段に半島も加えていたのは多めに見ても350年~600年の250年間では?
そして、この250年間は日本の文化の停滞期…
本当に馬鹿馬鹿しい百済幻想ですが…
日本人の中にも、案外百済を過大評価する人間がいるんですよ!