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デイリアン(韓国語) 2014.4.26
モイーズ、ファーガソン、パク・チソン、香川「ハッピーエンドは可能だった」

今マンチェスターユナイテッド(マンU)はあたかも絡まった糸の絡み合いを見るようだ。
デービッド・モイーズ更迭とマンUの墜落、どこから遡って‘絡まった糸’を解かなければならないだろうか。 去る2012年、アレックス・ファーガソン前マンU監督(73)がパク・チソン(33)に送った手紙でその手がかりを探すことができる。
ファーガソンは手紙で「もっと気を使ってあげられなかったのが気掛かりだ。時限付きの膝が心配で、着実に機会を与えられなかった」と書かれていた。
パク・チソンがマンUを離れるとすぐにファーガソンは‘第2のパク・チソン’を探した。 日本サッカースター香川シンジ(25)であった。 しかし香川はパク・チソン ではなかった。 香川は香川程度だったことだ。 結局、香川を迎え入れたファーガソンは2013年、マンUを突然離れることになりサッカー監督職引退を宣言した。
ファーガソンはマンUとお別れしてモイーズ監督(49)を推薦した。 モイーズはファーガソンの若い時期とそっくりであった。 エバートン指令塔時期見せた勝負師気質も期待を持つようにした。
モイーズはマンUに赴任するやいなや“犠牲的なミッドフィルダー、硬い体力、はやい空輸転換、有機的な哲学”を強調して“サッカーは個人より組織、一人のスーパースターより11人のチームワークがさらに価値ある”と力説した。 モイーズが描いた理想的なサッカー選手がまさにパク・チソンだったことだ。 鋼鉄体力、積極的な守備加担、空輸転換などモイーズが願う条件に十分に符合する。
反面、香川はモイーズが願った選手ではなかった。 体力も全然弱くて献身的な態度の選手でもない。
香川はマンUにきた後英国フィジカルで苦戦、挑戦的プレーより無難なプレーに重点を置く。 正にこの点がモイーズが香川を信頼できない理由だ。 モイーズは常に選手たちに失敗を恐れをなさない冒険的な姿勢を注文してきたためだ。
パク・チソンがマンUに残ったとすればどうなったのだろうか。 パク・チソンは現在のオランダ リーグで平均10km以上走る。 健在だという証拠だ。 パク・チソンがマンUの一員だったら当然、香川は必要なかった。
モイーズ監督がパク・チソンを活用すればマンUで無事成功する図が描かれる。 少なくとも1シーズンで更迭されはしなかっただろう。
守備加担にたけていたパク・チソンがエブラやファーディナンドなどの体力の負担を減らすことができる。フレッチャーは慢性大腸炎以後活動量が顕著に減って1次防御線役割をできずにいる。 これもまたパク・チソンが残ったとすれば解決可能な問題だ。
結局、マンUはパク・チソンが離脱しようとするのを全力で防ぐべきであった。