馬鹿chonに説明するのは面倒くさいので、
とあるブログをコピペする
まあ、「武士道」なんて、愚民の朝鮮人には理解できないだろうけどね
2010/8/18 中央日報
日本の「武士道精神」は誇張だ
1957年の映画「The Bridge on the River Kwai」にはこういうセリフが出てくる。「お前らのような奴に武士道のことが分かるか!」。日本軍捕虜収容所長の斎藤大佐が英国軍捕虜に吐いた言葉だ。
作業を拒否する英国軍将校を射殺しようとする場面ではこういう言葉も出てくる。「非武装の人間を殺害するのが日本軍の行動規律(武士道)ですか?」。捕虜になった米国軍医官の抗議だ。 この言葉に斎藤はびくっとする。 映画の終始、斎藤は武士道で武装した日本軍人として描写される。
斎藤が見せようとした武士道は侍、すなわち武士階級の規律であり倫理だ。 忠義、礼節、勇気、名誉、信義、倹約を重視する。 日本人の自負心が凝縮された精神世界に拡大解釈されたりもする。 日本人特有の美学として包装する人もいる。
しかし深入りはしないでおこう。 それを本当だと信じれば純粋だ。 武士道は歴史的事実を根拠とする実体ではない。 神話や象徴操作に近い。 ひどく言えば‘はったり’ともいえる。
武士道を初めて体系化したのは日本の農学者であり教育者の新渡戸稲造(1862-1933)だ。 米国とドイツで修学し、米国人女性と結婚し、国際連盟事務次長を務めた日本近代の国際的知識人だ。 熱心なキリスト教信者でもあった。 数年前まで新渡戸の肖像は5000円紙幣に使われていた。 新渡戸が1899年に米国で英語で出版した本が『BUSHIDO:The Soul of Japan』だ。
序文には執筆の動機が簡単に出てくる。 新渡戸は「宗教教育をしない日本では道徳をどう教えるのか」というベルギー人学者の質問に対し、返答に窮したことがあった。 つくづく考えた結果、新渡戸は日本の武士道精神こそが日本人の道徳規範だという結論に達した。 日本にもしっかりとした道徳・倫理体系がある、西洋に騎士道があるように日本には武士道がある…。 新渡戸はこうしたメッセージを伝えようという強い思いを抱いて本を書いた。
もっともらしく見えるが、実は西洋の騎士道や「ノブレスオブリージュ」を参考に、幼い頃に少し聞いた儒教的徳性や侍伝説を混ぜ合わせて作ったものだった。 新渡戸の想像力の産物だったということだ。 武士道というものが本当に日本の伝統として受け継がれてきたとすれば、何故よりによって侍の時代が終わった後に、しかも西洋の空気を吸った青年の手で、米国で英語で先に書かれたのか。
ところがこの本が出ると、米国はもちろん欧州でもベストセラーになった。 日本人はみんな武士道に基づいて行動するものと錯覚する西洋人も多かった。 西洋で有名になると、すぐに日本語にも翻訳された。 武士道が日本に逆輸入されたのがまさにこの時だった。 その後、武士道は日本人の意識の中に自分たち固有の道徳規範や美徳として刻印された。 ちょうど吹き荒れていた軍国主義の風も集団催眠を手伝った。 これは日本でも知る人はみんな知っている。 敢えて持ち出して話さないだけだ。
今でも武士道は日本人の意識で重要な比重を占める。 特に保守層が重視する。 国格を高めよう、国民意識を高揚させようという議論で必ず出てくるのが武士道の涵養だ。 屈折した自我陶酔だ。 自衛隊を海外に派遣する時、防衛庁の幹部が「武士道の国の気概を見せよう」と訓示したこともあった。 コメディーだ。
新渡戸は自分の本で「勇猛果敢なフェアプレー精神」として「義」を武士道の基本と考えた。 しかし武士道を崇敬していた日本軍国主義の蛮行を見れば、武士道が虚構だったことがよく表れている。 今の保守右翼も同じだ。 侵略戦争に対する反省と謝罪を惜しむ人たちのどこに武士道の風貌を見ることができるのか。 元々なかっただけに見えないのだ。
日本の保守右翼は菅直人首相が韓日強制併合100年を迎えて発表した談話に反発しているという。 私たちには今でも惜しまれる内容であるにもかかわらずだ。 彼らは侵略戦争に対する反省を「自虐的歴史観」と罵倒する。 武士道を崇める保守勢力であるほど過去の過ちを認めない。 侵略を反省するより敗戦を反省する。 これだから武士の体臭を感じるどころか、無責任で卑怯でずるく見えるのだ。 武士道を(言葉でのみ)崇める日本の保守右翼たちよ、新渡戸の本はいっそのこと破り捨ててしまえ。
(1)http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=132223
(2)http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=132224&servcode=100
引用ここまで
jyobrinさんからのリクエストです。
さっきのエントリにも関連しますが、いくら韓国人にモラルが乏しく政府が、品格高き大韓民国、礼節と秩序でつくりましょう、と広報しなけらばならないからといって日本も同じようなものと考えられちゃねえ・・・・迷惑なんですが。
それに、The Bridge on the River Kwai、いくら得意な英語を自慢したくても日本語版には「戦場にかける橋」と書けよ。
まあ原作者のピエール・ブールは実際に捕虜生活を体験して日本人を恨んでいたようで、「猿の惑星」では日本人を猿として描くことでうっぷんを晴らしたんじゃないかと・・・・確かSF作家の星新一も書いていたような。
”武士道を初めて体系化したのは日本の農学者であり教育者の新渡戸稲造”・・・この記者が武士道について何も知らないのは明らかですな。
武士道などは平安時代の武士の発生以来、生活の中で磨きあげられてきたものであり、儒教のようにシナから輸入した本に書いてあるようなことではありません。
それに体系化したといえば・・・・葉隠も知らないか。
”武士道は歴史的事実を根拠とする実体ではない。 神話や象徴操作に近い。 ひどく言えば‘はったり’ともいえる”・・・
それを言っちゃねえ。たとえばキリスト教が歴史的事実を根拠とする実体とでも?
神からの預言とかモーゼの前で海が割れたりキリストが復活したり・・・・・・神話や象徴操作そのものですが。
エンジョイ・コリアなんかで観察しても韓国人は江戸時代について驚くほど知りませんからね。ウリナラの通信使が文化を伝えてあげたニダ!というのはマシな方で、江戸時代には日本が300近い藩に分かれており、高い独立性を有し、江戸に参勤交代することにより井の中の蛙になることも免れ、時には江戸の水準を超える文化・学問が栄えた藩もあったとか・・・・理解の外なんでしょうな。
ピエール・ブールは物理的に日本の捕虜になりましたが、自発的に日本文化の捕虜になった外人さんにラフカディオ・ハーンがいましたな。帰化したから小泉八雲と呼んだ方がいいのか。
八雲の短編に男色の武士が愛人との約束を守れなくなったため、自殺して霊になって会いに行く話がありました。
司馬遼太郎も幕末の話として不始末やら面子やらのためにさっさと腹を切る武士の話を書いてますし、こっちは別に創作ではありません。
「人の命は地球より重い」・・・・そんなおためごかしは通用しないモラルが実体として存在していたんですよ。李朝の両班にも似たよう例がないこともありませんが。
しかし日韓の現在における民度を比較すると・・・・比較の対象にもなりませんし(笑)。
朝鮮日報だって韓国が、うそで塗り固められた詐欺王国、であることを嘆いているんですし・・・671倍に4111倍だったかな?
そういうモラルの差に武士道で自らを練り上げたサムライの影響があることは事実と思いますけどね。上記のようにサムライは必要があれば実に簡単に命を捨てました。
自分のことより大義を優先していたわけですね。
だから、実は西洋の騎士道や「ノブレスオブリージュ」を参考に、幼い頃に少し聞いた儒教的徳性や侍伝説を混ぜ合わせて作ったものだった、新渡戸の頃などは周囲にそういうサムライの生き残りがいくらでもいたんだし。
そういえば明治維新も・・・例えばフランスやイギリスの革命などを見ると、革命主体は自らの階層が社会の主流になるべく行動しています。
しかしサムライは維新により自らの出身階級を滅ぼしたのです。
今でも身分制社会の尻尾を残している韓国人には理解出来ないでしょうが。
それにしても、武士道を(言葉でのみ)崇める日本の保守右翼たちよ、新渡戸の本はいっそのこと破り捨ててしまえ、いくら羨ましいといったってヒステリーを起さないで。
ルーズベルトは新渡戸の本を大量に買ってあちこちに配っていましたが、そういうエピソードも載せろ(笑)。
事大が行動原理である人たちには理解出来ないでしょうけどね。
エンコリの韓国人はよく、日本人は強いものにひれ伏し、弱い者に威張る、とか言ってましたが、それって君たちのことだし。
日本は明治以後に限ったって、清・ロシア・ドイツ・英米仏蘭豪加その他大勢を相手に戦ってます。これだけの国を相手に戦争した国は多くはないぞ。
君たちは朝鮮を侵略したチョッパリ相手に戦うこともしなかったけど。
妄想以外は。