李氏朝鮮時代に生魚は食べなかったことが分かる文章
「日東壮遊歌」大阪(1764年1月21日)

朝鮮通信使「宴席に運び込まれた食べ物を見ると、これがあまりに奇怪な代物。鮑や蛸等全てを刻み、混ぜ合わせてくっつけたものを丸く積み上げ、1尺程の高さに盛り上げている。色とりどりで、形は皆四角い。伊勢海老というものが生のまま置いてある。海老の一種だが、まことに大きな物だ。その他名前も分からないものが窮屈に並んでおり、その数は数十にも登るが、食べられる物は全くない。」
恐らく、アワビやタコ、伊勢海老など生魚や生の海老を切って、刺身を盛り合わせ状に盛り付けたもの(または寿司かも)だろうが、「奇怪な代物」として驚いており、「食べられる物は全くない」と言い切っている。当時の朝鮮人にとって生で魚介類を食べることは想像が出来なかったと思われる。
韓国では刺身の事を中国の影響から「フェ(鱠)」と呼んでいた。日本で言う(なます)だ。コチュジャンなどに付けて食べていた。中国では明の時代には既に廃れており、韓国でも殆ど普及してなかったと思われる。一部は「ホンオフェ(홍어회)」などのガンギエイの発酵した保存食などが残っていた。
実は刺身を韓国でフェ(hoe)と呼ぶことに決定したのは2002年で、日帝時代に入ってきた刺身の名称を「第1回釜山国際刺身博覧会」を開催した時に、外国人に紹介するのに「Sashimi Expo」では都合が悪いということで市民へ公募して「刺身→hoe」に決定したのだ。この時の英語表記を「Busan Hoe Expo 2002」と決定した。その後、一般的にも「Sashimi」と呼ぶのを止めようということになり2005年頃に「サシミ」「ワサビ」など海鮮料理関連で残る日本語を追放する運動を展開し、よく日本語が使われるている16種の魚や料理について、置き換えを決定し、ポスターを刷って釜山や慶尚道の海鮮料理屋などに配布をした。「Sashimi(サシミ)」は「センソンフェ」、ワサビは「コチュ・ネンイ」、サヨリは「ハク・コンチ」、アナゴは「ブン・チャンオ」、付きだしは、「副料理(プヨリ)」など。しかし置き換えに成功したものは少なかったらしい。

