最近、歴史からは遠ざかっており、スレをあげるのは恐縮ではある。
歴史は流れであり、流れはさまざまなピースが組み合わさって生まれる。
以下に個々のピースを上げるが、流れを感じていただければ幸いである。
・狗奴国:北陸の高句麗勢力
小松は、高麗津であった。
ヒミコが親魏倭王となり、日本における求心力がなくなった。
・ヒミコ:中国の黄巾族の移民ではないか。
桃の信仰など共通している。
・ヒボコ族:景行天皇~雄略天皇の時代天下をとる。
もとは半島に移住した徐福一行である。
・クマソ:天孫族
天孫降臨の地であり、考えてみればその末裔が天孫族であることは当然である。
ヒボコ族、扶余族が及ばなかった地域である。
ヒボコ族の日本移住をなかったことにするために大規模な移動の理由としてクマソ征伐がでっちあげられた。
しかし、天孫族のクマソが負けたとか書けなかったので日本武尊が女装して倒したとか、おとぎ話が創作された。
・高天原:茨城
まあ、知らない人がいるとも思えないが、高天原は天孫族の原郷である。
日本で一番早く日が昇る地であり、高天原というネーミングとなったのであろう。
田中によると太陽の昇る東に移住するのは人類の歴史である、
そこから、逆流して天孫降臨の神話時代が始まる。
鹿島神宮の創建は神武天皇の勅使から始まる。
なお、魏志倭人伝の行程は素直に読むと関東にたどり着くとの説があるが、おそらく高天原への行程が紛れ込んだのだろう。
・倭国大乱:天孫族とヒボコ族の争い。(第7代:孝霊天皇の時代)
・開化天皇:天孫族がヒボコ族の中国文化を受け入れた明治の文明開化のような時代(第9代)
・崇神天皇・垂仁天皇:半島のヒボコ族のソナカシチを歓待したのと、地元の三輪山の大物主の神を崇拝したのとの二面性がある。(第10代、第11代)
・天武天皇:ヒボコ族、扶余系から天孫族が、天下を取り戻し、勝者の歴史として日本書紀を編纂する。
万世一系とし、ヒボコ族の半島での歴史は抹殺された。(歴史の3分の1相当が抹殺された)
半島での歴史の抹殺は、雄略天皇と高句麗の戦い、白村江のような争いを絶つ狙いがあった。
アマテラスの「岩戸隠れ」は、景行天皇~雄略天皇のヒボコ族天下の時代を抽象化したものではないか。
・二つのヒボコ:九州と北陸であるが、応神天皇が北陸の大神と名前を交換したことにより一体化した。
このことは、のちの継体天皇擁立につながる。
・ソナカシチ:シチは首長という意味であり、ソナカは、インドのアショカ王が東方に派遣したソナカ仏教団と韓国語の「牛来る」の二つの説がある。牛は蚩尤ともつながるが、このふたつは融合したのではないか。
北陸ヒボコ族の「息長氏」はソナカとも読める。
・出雲族:越からの移民の一派である。
・物部氏:半島の松菊里からの移民が出雲族を従えたのが発端である。
・任那:ソナカシチが治めた半島の地域である。
のちの任那日本府は、残存勢力が日本との交易をおこなっていたのだろう。
当然、ヒボコ族が日本に移住したのだから、以降、半島に任那は存在しない。
・辰王・辰国:北京付近にあったケイの国に剣と鏡を埋葬する文化があり、前3世紀には半島を縦断して日本に伝わった。
いわゆる三種の神器の原型である。
これを天孫族が受け入れたのには思金神が関係していると思う。
思金神はもとは思兼神であり、さまざまな人の思いを聞き、深謀熟慮する神である。
天孫族は、思兼神により最終的に天下を取ったと思われる。
なので三種の神器を採用した。
・縄文人:アジアに一番最初に移住したホモ・サピエンスの集団である。
天孫族は、関東にいたことから縄文人に対する理解があった。
なので基本的には融和的に縄文人の宗教は受け入れた。
ヒボコ族の歴史が抹殺されたことが、日本の古代史の謎(空白の4世紀など)を生んだ。
空白の4世紀には、ヒボコ族が日本に移住したので、国内は風雲急をつげており、中国に使者を送る余裕はなかったのだろう。その後、ヒボコ族の王が中国に使者を送ったのが倭の五王である。
まあ、詳しいことは、ぼく(夫余)の過去スレを見てもらいたい。
蛇足
昨今の国際情勢であるが、イラン、アメリカ、中国で地政学的リスクが高まっている。
ここは、思兼神の出番がくるかもしれない。
ぼくとしては、アメリカがひく状況になれば、イランに多少の通行料を払ってもいいと思う。
そのアメリカドルの覇権であるが、とっくに金本位制が崩壊したのに続き、昨今は石油本位制に綻びが見える。
つまり、石油産出国がドル以外の通貨で石油を売り始めたということだ。
長期的には、アメリカの覇権から多極化へ向かうだろう。
思兼神としては、その行動のタイミングとか難しい。
日本としても、将来的な多極化にそなえる必要がある。
「思金神社」
https://omoikane.or.jp/aboutus.html