館林(tatebayashi)は、群馬(gunma)県(東京圏の北西端に位置する県)の、中南東端部に位置する、人口、7万人程の、中小都市です。
館林に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい(後から追加した物です)。
館林→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4055367?&sfl=membername&stx=nnemon2
館林(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_16/view/id/4055367?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚。写真は、借り物(写真の作者:京浜にけ)。茂林(morin)寺。館林(tatebayashi)にある、1426年に創建された、仏教の寺です。茂林(morin)寺は、分福茶釜(bunbuku
chagama)と言う、日本で、古くから言い伝えられている、有名な、狸(Japanese raccoon
dog)に纏わる伝説・お伽話(folktale)(後述します)の発祥の寺となっています。
本堂(寺の、メイン(main)の建物)。
以下、参考に、前に行った投稿から抜粋して来た物です。
写真以下2枚(写真は、借り物)。日本に生息する狸(Japanese raccoon dog)。

写真の作者:KKPCW

写真の作者:663highland
以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。
以下、分福茶釜(bunbuku chagama)に関しては、wikiを参考にしました。
以下、古くから伝わる、茂林(morin)寺の、分福茶釜(bunbuku chagama)の伝説です。
応永(ouei)の時代(1394年から1428年)、茂林(morin)寺に、守鶴(syukaku)と言う、優秀な、仏教の僧侶(僧)がいた。守鶴(syukaku)の愛用している、茶釜(chagama)(お茶に使用する湯を沸かす為の釜)は、いくら汲んでも湯が尽きないという不思議な釜で、仏教の僧侶(僧)の集まりがあるときは、この釜で茶を振舞っていた。
ある時に、守鶴(syukaku)が昼寝をしている様子を、別の仏教の僧侶(僧)が覗くと、なんと、守鶴(syukaku)の股から狸(Japanese
raccoon dog)の尾が生えていた。守鶴(syukaku)の正体は、狸(Japanese raccoon
dog)であり、それも数千年を生きた狸(Japanese raccoon dog)であり、かつてインドで、釈迦(The
Buddha)の説法を受け、中国を渡って日本へ来たのであった。不思議な、茶釜(chagama)も、この狸(Japanese raccoon
dog)の術(魔法)によるものであったのだ。
正体を知られた、守鶴(syukaku)は、寺(茂林(morin)寺)を去ることを決意した。最後の別れの日、守鶴(syukaku)は、幻術によって、源平(genpei)合戦(1180年から1185年にかけて、平家(heike)(平氏(heishi)・平(taira)家)と源氏(genji)(源(minamoto)家)の、日本の、2大、侍(samurai)の勢力の間で行われた争い。源氏(genji)(源(minaoto)家)の勝利に終わる)や、釈迦(The
Buddha)の入滅を、人々に見せたという。
以上、茂林(morin)寺の、分福茶釜(bunbuku chagama)の伝説でした。
妖怪(yokai)は、日本で、昔から言い伝えられている、モンスター(monster)の総称です。
鳥山 石燕(toriyama sekien)(1712年生まれ。1788年に亡くなる)は、18世紀の、日本の、画家・浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆(大衆向けの)版画・絵画)画家で、妖怪(yokai)の絵を、多く描いた事で知られています。
今昔百鬼拾遺(konjyakuhyakkisyuui)は、1781年に刊行された、鳥山 石燕(toriyama sekien)による、妖怪(yokai)の画集です。

写真は、借り物。今昔百鬼拾遺(konjyakuhyakkisyuui)(1781年)より、茂林(morin)寺の、茶釜(chagama)。
以下、鳥山 石燕(toriyama sekien)、及び、妖怪(yokai)に関する参考の投稿。
妖怪の例→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4049625/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
妖怪の例(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_26/view/id/4049625/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
茂林(morin)寺には、分福茶釜(bunbuku chagama)と言われる、古い、茶釜(chagama)(お茶に使用する湯を沸かす為の釜)が保存されており、見る事が出来ます。
前述した、茂林(morin)寺の、分福茶釜(bunbuku chagama)の伝説は、後述する、分福茶釜(bunbuku chagama)(古くから言い伝えられている、日本の、お伽話(folktale))の元(起源)となった、伝説(話)です。
分福茶釜(bunbuku chagama)(日本の、お伽話(folktale))は、様々な物がありますが、以下、最も、一般的な(最も、典型的な)、分福茶釜(bunbuku chagama)(日本の、お伽話(folktale))の話です。
館林(tatebayashi)の、茂林(morin)寺の、仏教の僧侶(僧)(茶道(Japanese
tea
ceremony)が趣味である)が、茶釜(chagama)(お茶に使用する湯を沸かす為の釜)を買って寺に持ち帰る。茂林(morin)寺の、仏教の僧侶(僧)の居眠り中、茶釜(chagama)は、頭や尻尾、足をはやし、小坊主(寺で働いている、仏教の僧侶(僧)になる為の修行中の少年)達にみつかり騒動となるが、最初、茂林(morin)寺の、仏教の僧侶(僧)は、信じない。しかし、茂林(morin)寺の、仏教の僧侶(僧)が、湯を沸かそうと、茶釜(chagama)を炉にかけると、足のはえた正体をあらわす。怪しい茶釜(chagama)なので、茂林(morin)寺の、仏教の僧侶(僧)は、出入りの、屑屋(廃品回収業を行っている者)に、これを売却した。その夜、茶釜(chagama)は、自ら、不思議な姿をあらわし、狸(Japanese
raccoon dog)の化けた茶釜(chagama)だと正体をあかし、分福茶釜(bunbuku
chagama)と名乗る。狸(Japanese raccoon
dog)は、(火にかけられたり、カンカン言わせて叩かれたりした)寺での扱いをなじり、屑屋(廃品回収業を行っている者)には、「箱にしまうでもなく丁重に養ってもらいたい。その代わり、軽業、踊りの曲芸を披露する。」ともちかける。屑屋(廃品回収業を行っている者)は、見世物小屋(分福茶釜(bunbuku
chagama)の曲芸を見せる、興行小屋)を立ち上げ、分福茶釜(bunbuku
chagama)の、曲にあわせた綱渡り曲芸は、人々の人気を博す。一財をなした(大金を手に入れ、裕福となった)、屑屋(廃品回収業を行っている者)は、満足し、儲けの半分を布施とする(寄付する)と共に、茶釜(chagama)を、もとの、茂林寺(morin)に返還し、分福茶釜(bunbuku
chagama)は、茂林寺(morin)の宝となった。
以上、最も、一般的な(最も、典型的な)、分福茶釜(bunbuku chagama)(日本の、お伽話(folktale))の話でした。

写真は、借り物。Kate Margaret James(イギリス人の女性)による英語訳の、英語圏の国々向けの、日本の、お伽話(folktale)の本(1886年)より、分福茶釜(bunbuku chagama)。
月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)(1839年生まれ。1892年に亡くなる)は、19世紀中期から後期に活躍した、日本の浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)画家です。

写真は、借り物。月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)が描いた、茂林(morin)寺の、分福茶釜(bunbuku chagama)。1889年から1892年頃。狸(Japanese raccoon dog)が、仏教の僧侶(僧)に化けたと言う説に基づいて描かれた物。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)に関する参考の投稿。
月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3844432/page/34?&sfl=membername&stx=nnemon2
月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3844432/page/34?&sfl=membername&stx=nnemon2