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アジア・トゥデイ(韓国語) 2012.3.12

▲徐京植(ソ・ギョンシク)東京経済大学現代法学部教授
「落ち着いた姿を見せたのではなく、日本国民の大多数の習慣だっただけです。」
在日朝鮮人著述家のソ・ギョンシク東京経済大現代法学部教授がみた東日本大地震直後の日本人の姿は「落ち着き」を絶賛した西洋メディアの視線とは全く違った。彼は引き続き、大地震について「日本社会、日本人の短所がすべてあらわれた事件」と評価した。
原発事故後、韓国と日本を行き来して脱原発運動をおこなっているソ教授に大地震1周年を控えた先月26日ソウルで会った。
日本人たちは昨年、史上初の大災害に会っても生活必需品を買うために列をつくり電車に乗って会社に復帰するなど物静かな姿を見せた。これを見た当時の海外メディアは「信じられない」と絶賛を送った。これについてソ教授は日本人の特徴について知る必要があると説明した。「日本人は全部会社人間です。今、広がっている事態の深刻性よりは会社との関係が断絶する方がさらに恐ろしがる人々なだけなんです。」
彼の話によれば安全、避難の可否について一人一人が判断をすることができず、会社や上司に判断を仰ぐということだ。そしてこういう行動様式は今回のように迅速な待避が要求される時、大きな障害物になる。従って日常に復帰した日本人の姿は、西洋人が褒めた"道徳性"が発揮されたのではなく、ただ決断を下すことが出来ない姿ということだ。ここに日本人特有の「事なかれ主義」傾向まで明らかになったというのが彼の分析だ。
一人一人の判断ではなく、横の人、職場の上司、既得権の顔色を見てその流れに合わせていくだけの態度。ソ教授はこれを「同調主義」と呼んだ。それと共に日本の政治思想史の権威である丸山眞男(まるやま まさお)がずっと主張してきた日本人の類型だと強調した。日本は戦争当時、米国、英国など強大国との戦いで絶対勝つ可能性がないことを知りながらも戦争を継続し、広島、長崎の原子爆弾投下で数十万人が犠牲になった後に白旗を揚げてしまった。
敗戦後、裁判を受けたある軍人は「個人としてはこの戦争について(勝つことができないという)疑問があったが社会の流れにより戦争に臨んだ」と証言した。主体的な判断ではなく政府、官僚、既得権の流れにからだを任せたという意味だ。また、これは権限、責任からも逃れられる良い言い訳になったとソ教授は付け加えた。「私はそのまま他の人々がしろと言ったことについて行っただけですから。」
戦争が終わって60年余りが流れたが日本人のこのような姿勢は全く変わらなかったとソ教授は説明した。
「社会が正常に回って経済的に成長する時はこのような点が長所として作用する。しかし、今回のように致命的な事態が起きれば何も決定できず、誰も責任を負おうとしなくなるのです。」彼の主張のとおり大地震が発生して1年が過ぎた今も原発事故と関連して問責にあった人はまだいない。