インド洋津波:「日本の防波壁が首都を守った」モルディブ
何故マレは3分の2が冠水しながらも死者が出なかったのだろうと尋ねた。するとすぐに答えが返ってきた。「10年以上かけて作った防波壁が大いに助けになった。日本の援助のおかげだと聞いている」 その防波壁を見たくて市南部の海岸まで案内してもらったタクシー運転手のアハメド・シャフィールさんも「日本が作ってくれたあの壁がなかったら今ごろマレはもうない」と語り、
「助けてくれた日本人からこんな時に金を受け取るわけにはいかない」
と決して料金を言ってくれなかった。
モンゴルでは日本ODAで建てられた病院にsakura病院と名付け、友好の歌まで作って国民がとても感謝している。 バス一台にも「このバスは日本から寄贈された」と書かれていて 国民もありがたく思ってくれてると聞く。
このように日本が行った支援をしっかり国民が認識してくれており、感謝してくれている。
しかし韓国では誰一人日本に感謝はされていない。
それどころか気に入らないと感じている。 現在でも携帯電話などは精密部品は日本から調達しないと作れないのだが、国民感情としてはかんしゃくが起きて仕方ないらしく一刻も早くドイツからの部品供給を受けて日本を裏切る日を国民は夢見ている。 恩を仇で返すのが韓国の特徴だ。
昔の有名な話だが、HONDAの本田宗一郎社長が韓国と台湾に技術援助を行った。 台湾で台湾人と共同出資で工場を作った時の事。 工場の生産が軌道に乗った後、 「台湾に行くと、台湾の人がみんな、私に『こうやって自分たちが仕事をやれるのは、本田さんのお蔭です』と言って。ものすごく丁重に扱うのです。」 これからも 協力していきましょうと言われた。
しかし韓国では 工場の生産が軌道に乗ってくると、
もう日本人は必要ないから日本人の出資分の株は
韓国側で買い取るから出て行けと言われた。
部下が「どうしますか?」と聞いててきたので 『そんな事を言われるような場所で一緒に協力していくのは無理』と言って帰った。 二度と韓国には関わりたくないと自伝で書いている。
昔から日本は何度となく朝鮮を助けては裏切られる繰り返しだった。 それでも日本はまだ韓国を信じるのだろうか?
戦後補償 無償供与1080億円/借款720億円 この他に、預金のほか鉄道、工場、建築物、更に国民個人の預金、住宅までを含み、
当時の計算で約1兆1千億円を現地に置いてきました。(当時の大卒初任給が約2万円) 日本の外貨準備額は18億米ドルであったことから、その額の膨大さが推し量れます。 この経済協力金を基として、ダムや高速道路を整備した韓国は漢江の奇跡を成し遂げた。
韓国ODA(1998年度まで実績。1996年のOECD加盟をきっかけに日本からODA卒業)
有償資金協力 6,455.27億円
無償資金協力 47.24億円
技術協力実績 239.94億円
これらの援助は国民には隠蔽され誰も知らない。
韓国の通貨危機の時、348億ドルと
1,300億円を支援した日本
日本は韓国の最大の援助国で韓国を経済復興させるまでに莫大な援助をしてきました。 前回の通貨危機の時も莫大な援助で韓国を助けました。 97年11月,金融改革法案の不成立を背景に,韓国の金融システムに対する懸念から外国金融機関の資金引き上げが発生し,これにより深刻な外貨不足を来すこととなった韓国はIMFに支援を要請した。 韓国政府の要請に対し,IMF,G7等は,韓国に対する総額570億ドルを越える支援 (うち日本は100億ドルを支援)を決定。 その後,100億ドルの支援前倒しや日米欧の民間銀行との短期債務218億ドルの長期債務への転換等の支援が行われるとともに,我が国も,日本からの輸入決済のための1,300億円の輸銀融資(98年5月契約),韓国経済活性化のための30億ドル相当の輸銀融資(金大中大統領訪日時合意)等の支援を行っている。
国際通貨基金 210億ドル 世界銀行 100億ドル アジア開発銀行 40億ドル 日本 100億ドル アメリカ 50億ドル その他 50億ドル
当時の日本の支援に対する金 槿泰長官の声明
重要な時は裏切る友達日本
我が国が 97年外為危機にあって日本が資本を回収して, アメリカの資本さえ私たちののそばを離れる時ヨーロッパは真正な友達として最後まで我がそばに あった”と “ヨーロッパが正しく真正な友達”と言った。