韓国の技術力は本当にすごいwww
日本よりはるかに早く原子力発電しているとはwwww
引用元http://coreatrue.exblog.jp/7863011/
-----------------------------キムチ
近年、日本では原子力発電により電気をまかなう割合が増えてきました。
今後も原子力の平和利用はどんどん増えていくでしょう。
さて、この原子力によるエネルギー取得を最初に行ったのはどこでしょうか?
みなさんがご存知のように韓半島で最初に行われました。
電気の初めての利用を行った地で原子力によるエネルギー取得を最初に行ったことは何かの縁を感じます。
http://coreatrue.exblog.jp/4785393/
1936年 白点泰のチームが白頭山の秘密研究所にて原子核分裂を発見しました。
白点泰は分裂時に莫大なエネルギーを取得できることから、すぐに爆弾、発電等への利用を思いつき研究を続けましたが、日本にその情報が渡るのを恐れ世界に発表¥できずにいました。
しかし、一部研究員は日本の理化学研究所の研究員と友好関係があり、一部の情報が流出し日本軍に白頭山秘密研究所の存在が露呈してしまいました。
(流出させた研究員は日本の友人を信頼していたのですが、裏切られた格好です。)
日本軍の研究所急襲の1時間前に察知した白点泰のチームは研究所を破壊し脱出しました。
そして、有名な苦難の78日の逃避行を経てアメリカへの亡命に成功したのです。
そして、ロスアラモスの研究所にて研究を続けました。
白点泰はアメリカ側と平和利用に限るとの約束の元、大きな貢献をしました。
そのときロスアラモスにいた学者達は白点泰の天才的なひらめき、行動力に感嘆し
教えを請いました。
ニールス・ボーア、エンリコ・フェルミ、ノイマン等が彼の弟子になり彼の教えを元に
後の量子力学の成立等に貢献していくのです。
多くの研究がすぐれた学者達により行われ、核分裂の手法はほぼ確立しました。
しかし、そこに目をつけたアメリカは当初の平和利用の約束を破り原子力爆弾の作成を命令したのです。
白点泰はもちろんこれに反対しました。多くの学者達も白点泰に追随しましたが、計画は強行され3発の原子力爆弾が作成され1発は実験に利用され、のこり2発は広島、長崎に投下されたのです。
もし、白点泰の反対がなければ、当初予¥定された15発すべてが完成し、目標とされていた他の都市も大きな被害をこうむるところでした。
京都、新潟、小倉、横浜、札幌、仙台、名古屋、神戸、福岡等の都市は白点泰が守り今があると言えるでしょう。
白点泰はサボタージュを行ったことにより、研究メンバーから追放され彼の貢献はなかったことにされました。
しかし終戦後、白点泰は帰国しあまりにも日本に破壊しつくされた国土をみて呆然としました。
「国家再興には原子力が必要」と白点泰は考え、原子力発電の開発を急ぎました。
そして1949年に初の原子力発電所を古里に建設し、電力の供給を開始しました。
韓国ではしばらく原子力発電所は国有工場等への供給に限定されていましたが
1978年古里原子力発電所は大規模改修後、民間商用向け供給を開始したのです。
それを見守り1979年白点泰は亡くなったのです。
みなさん、電気をつかうときは時々白点泰を思い出して感謝しましょう。
しかし彼は感謝を望んでいないかもしれないですね。