朝鮮総督府編「大正八年 最近朝鮮事情要覧」1912(明治45)-1922(大正11)年


第三節 港湾
朝鮮に於ける各開港場の港湾設備は従来人工を加えたるもの極めて少なく僅(わずか)に天然の地形を利用せるもののみなりしが此くては今日文明発展の趨勢に応じ難きを以て海陸連絡設備計画を立て明治39年以来工事に着手し併合の際に於て更に必要に応じ設備拡張を計画せるものあり。
即ち明治44年度以降大正7年度に至る8箇年継続事業に属する海関(かいかん:中国で、清朝が開港場に設けた外国貿易に対する税関。今日でも、飛行場に設けたものも含めて、税関をこう呼ぶ)工事費は827万1829円にして釜山、仁川、鎮南浦、平壌の四港に対する海陸連絡設備なりとす。
更に大正3年度に於て鎮南浦に対し陸上諸設備費12万円仁川港に対し航路岩石除去費43万1061円を増加し大正4年度に於て元山港海陸連絡設備を計画し工事費を156万円とし大正4年度以降大正8年度に至る5箇年継続事業として起工し尚(なお)大正六年度に於て仁川港に対し二期築港工事を計画し工事費175万円を大正9年度に亙(わた)る事業として追加したるを以て海関工事費の総額は1213万2890円となれり。
朝鮮総督府内務局土木課「朝鮮港湾要覧」1931(昭和6)年
第一章 総説 第一節 地勢竝(ならび)に港湾の分布
日本が建設した朝鮮港湾一覧図


港湾の分布
港湾の総数は約二百数十港に達し、其の分布状態は南海岸には内鮮及欧亜連絡の関門である釜山港を始め慶尚南道に馬山・鎮海・統営・三千浦・長承浦・全羅南道に麗水・済州・城山浦等を主なるものとし其(その)他漁港避難港として点在するもの百数十港に達する、西海岸には開港として、木浦・群山・仁川・鎮南浦・龍岩浦・新義州があり、又(また)新義州に対し副港の用を為(な)す多獅島錨地がある、地方港としては全羅南道に法聖浦・黄海道に兼二浦・龍塘浦港あり、此(こ)の外(ほか)漁港又は季節的に漁業の根拠地として利用せらるるもの約八十余港に達している。
東海岸には開港として、元山・城津・清津・雄基あり、地方港として又漁港として主要なるものは慶尚南道に方漁津・長生浦・慶尚北道に甘浦・九龍浦・浦項・江口・丑山あり、江原道に長箭・注文津・庫底・汀羅の諸港、咸鏡南道に西湖津・新浦・新昌・遮湖、咸鏡北道に漁大津・羅津・西水羅がある。
日本が朝鮮の港建設に投入した費用(1920(大正9)年まで)
朝鮮総督府鉄道局「釜山鴨緑江間写真帖」1911(明治44)年


海関工事予算費及工程
釜山港工事
予算総額 3,824,060円、工程:大正7年7月竣工
仁川港工事
予算総額 5,664,455円、工程:八歩二厘
元山港工事
予算総額 1,560,000円、工程:八歩二厘
鎮南浦港工事
予算総額 955,000円、工程:大正4年3月竣工
平壌港工事
予算総額 129,375円、工程:大正3年3月竣工
合計12,132,890円