チャンポン歴史の朝鮮人のマスケな嘘

韓国語wikiの「ちゃんぽん」の説明です。「20世紀初頭から大韓民国に居住していた華僑たちによって作られた、庶民たちの愛を受けている代表的な中華外来料理だ。」「この食べ物は中国 山東式「炒碼麺」に由来し、食べ物名は日本強占期の時に「チャンポン」と呼ばれるようになった。」つまり料理は中国由来の「炒碼麺」で、それを見た日帝時代の日本人が「ちゃんぽん」と日本名を付けたと主張しています。日本の料理とはひと言も書いてません。韓国人は日本由来だとは絶対に認めたくないようですが、中国由来の料理だと自尊心は大丈夫なようです。
ちなみにこのwikiは姑息にも日本人に気付かれて異議が入らないように、日本語の「ちゃんぽん」とはリンクさせていません。「韓国式ちゃんぽん」と「日本式ちゃんぽん」の2種類のwikiを作って、韓国語の方だけ英語や中国語など多言語展開して世界に嘘を広めています。
ところがマヌケなことに、嘘に嘘を塗りかためてきた為、このwikiが既に矛盾してるのです。
この韓国語wikiの下の方にはこう書かれています。「最近の韓国式チャンポンは赤みを帯びて辛いものだが、初期のチャンポンのスープは白濁した色をしていた。韓国人の好みに合わせて、1960年代からは辛味を加えるようになり、1980年代には本来のチャンポンは姿を消し、赤い辛いチャンポンだけをチャンポンと呼ぶようになった。」と。ところが最初の方に書いてある中国 山東式「炒碼麺」は真っ赤な麺料理なのです。この山東式「炒碼麺」って凄くマイナーな料理で、それこそ山東省でしか食べれないような郷土料理で、画像も殆ど検索出来ませんが数少ない検索出来た画像がこれです。


山東式「炒碼麺」
赤いちゃんぽんは1960年代以降だと書いてるのに、日帝時代に由来になったとする料理は赤いちゃんぽんに近い。早速嘘がバレバレです。思いつきで嘘をつくからこんな矛盾を生むのでしょうね。
また、韓国の国家機関「地方文化院」のホームページのちゃんぽんの説明では「ちゃんぽんの元祖である中国の「炒碼麺」は白いスープだ。チャンポンに唐辛子粉を入れたのは韓国で始まった。ちゃんぽんは日帝時期の資料には記録がなく、解放後に生じた食べ物ではないかと考えられる。 1960年代には新聞には「チャンポン」という日本語の代わりに「炒碼麺」と表記されたが、この麺がちゃんぽんという名前を持つようになったのは、これを日本人たちが「チャンポン」としたからだ。なので中国に行けばチャンポンがない。私たちが期待するちゃんぽんの代わりに「炒碼麵」がありますが、これはちゃんぽんの原型で辛い味がなく、スープの味はちゃんぽんよりうどんに近い白だ。これを見ると、チャンポンに唐辛子を入れるのは韓国で変形されたのではないかと思う。 」とこれまた全く食い違った説明をしています。何より中国の「炒碼麺」は白いと書いてますが、「炒碼麺」は赤いです。多分、これを書いた時はマイナー料理すぎて画像を検索出来なかったのでしょうね。1960年に朝鮮半島に居ないはずの日本人達が名前を決めたと言うのもおかしな話です。
このように国家機関でさえ思いつきで文を書いており、口を開くたび時系列が無茶苦茶で嘘がバレる状態なのです。

地方文化院所蔵資料「ちゃんぽん」の説明
韓国で最初に「ちゃんぽん」を作ったとされる発祥の店は仁川中区庁前の善林洞北城洞一帯のチャイナタウンにある太和園と紫禁城など2つのレストランを運営する華僑ソン・ドクジュンで、東亜日報にこう説明している。この店の営業許可は1959年に受けたが、営業は1947年から始まったという。解放直後であり、朝鮮戦争以前だ。

ソン・ドクジュン「ちゃんぽん」の説明
「山東省には「炒碼麺」という、野菜を炒めてスープを加え、澄んだスープで煮込んだ麺料理が有る」とし、「日本統治時代の中国人たちは、手押し車に火鉢を載せてその場で作った料理を楽しんでいたが、それが「ジャージャー麺」と「炒碼麺」だった。この「炒碼麺」が日本の影響を受けて「チャンポン」に変わったが、韓国人の味覚には合わなかったため、うどんが開発された。うどんは、炒めない野菜で煮込んだ韓国式「炒碼麺」と言える。」「昔のチャンポンは辛くなかったんですよ。赤くもなかったし。ジャージャー麺も同様ですが。昔の食糧難の時期、ジャージャー麺には干し大根しか入っていませんでした。」とこれまた微妙に時系列が無茶苦茶な説明をしている。だが殆どの起源説はこの男のその場その場の思いつきの嘘というのが何となく分かる説明だ。同様の説明は中央日報でもしており、その記事で白いちゃんぽんの画像が見れる。


中央日報 2023年9月30日付
実は2018年2月にちゃんぽんについてのセミナー「東アジアちゃんぽん」が韓国で開催されており、その後の朝鮮日報など多くの記事では、日本由来を認めていたのだ。それが10年近く経過するとまた中国由来説に戻ってる状況だ。


朝鮮日報と中央日報 2018年2月の記事
2018年2月26日付の朝鮮日報は「白いちゃんぽんは70年代から赤くなった。セミナーの結論は「日本長崎から渡ってきたと推定され、1970年代に今の味を備えた韓国料理」というものだった。長崎チャンポンは少なくとも1960年代に韓国に渡ってきたようだ。王育成氏は「幼い頃からチャンポンという名前を聞いた」とし「豚骨のスープが韓国人の味にあまり合わなかったため、大きな人気はなかった」とした。チャンポンが韓国人の口当たりをひきつけたのは1970年代初頭と推定される。王氏は「初めには細い実唐辛子を有名にのせて出て、ある料理人が辛い味を出そうと唐辛子をスープに入れたのが良い反応を得て辛くなった」とした。
「日本では1899年に開かれた長崎ちゃんぽんの援助「四海楼」で始まったものとみられる。当時、日本に留学してきた中国学生たちの後見人役を果たした「四海楼」の創業者である陳平順(チェン・ピンシュン)は、福建料理の湯肉絲麺 (とんにいしいめん)をもとに、チャンポンを作った。本来、中国の麺料理は豚肉のスープをベースにしているが、陳平順は長崎の豊富な魚介類を一緒に入れて作られ、これが「長崎ちゃんぽん」になった。」と説明している。

ちゃんぽんのアイデアになった福建料理の湯肉絲麺 (とんにいしいめん)
このように韓国は何とかして日本料理を韓国起源にしようと画策している。