参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、女性に、結構合わせているようでいて、その一方において、実は、女性に結構、自分の趣味に付き合って貰って来てもいます。今の彼女も含み、相手の女性は、それはそれで、私色に染まって、私の影響を受けて、私と共に、楽しんで来てくれました(楽しんでくれてます)。ちなみに、私の今の彼女は、元々、好奇心が強い性格です。」
参考に、後述する、横浜landmark towerは、現在、日本で、3番目に、背の高いビルとなっています。
後述する、日本丸(nipponmaru)は、2017年に重要文化財に指定されました。
後述する、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、一番最近の、リニューアル(展示内容の更新)は、2022年(一昨年)の6月に行われた様です。
以下、基本的に、2015年の6月の上旬に行った投稿の再掲で(投稿文は、2015年の6月の上旬の投稿を前提としています)、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、2015年の5月の上旬に、横浜を散歩して来た時等の物です。ちなみに、当時、彼女は、20代初めの大学生、私は、30代の後期でした。
5月の上旬、個人的に休みであった日(以下、この日と書きます)に、彼女と、横浜を散歩した時の物です。横浜は、東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町です。私は、横浜は、仕事の用事でも、よく訪れますが、横浜の港町の雰囲気が好きで、休日にも、よく遊びに行きます。
この日は、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)を訪れ、日本丸(nipponmaru)の内部を見学し、そごう(sogo)デパート横浜店内にある美術館(そごう(sogo)デパートが運営している、私営の美術館)で、この時、行われていた、エロール・ル・カイン(Errol
John Le Cain)の展覧会(exhibition)を見ました。
この日は、まず、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)を訪れました。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)は、横浜の都心部の海沿いにある、横浜の港の歴史に関する資料館(規模の、小さな博物館)です。
写真以下3枚。横浜landmark
tower。横浜landmark
towerは、みなとみらい(minatomirai)地区に位置しています。みなとみらい(minatomirai)地区は、横浜の都心部の海沿いの地区の一つで、横浜の都心部で、最も、新しく開発された(1980年代から開発された(本格的な開発は、1980年代後半から))、横浜の都心部の、新しい住商複合地区です。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)及び、日本丸(nipponmaru)は、横浜landmark
towerの、すぐ下にあります。横浜landmark
tower(1993年完成。高さ約296m)は、完成してから、20年数年経ちますが、依然として、日本で、2番目に、背の高いビルとなっています。横浜landmark
towerは、既に、世界的に見れば、ちょっとした、高いビル程度となってしまいましたが、大きなビルではあり、床面積は、Empire State
BuildingやOne World Trade
Center(去年完成した、アメリカで、一番、世界で、3番目に、背の高いビル)を、遥かに上回り、Taipei
101(世界で、4番目に、背の高いビル。2004年完成)や、Shanghai World Financial
Center(中国(香港を含む)で、最も背の高いビル。世界で5番目に背の高いビル。2008年完成)も、上回ります。
写真以下2枚の帆船。横浜landmark towerの、すぐ下に、保存・展示されている、日本丸(nipponmaru)。日本丸(nipponmaru)(約2,300トン(GT))は、1930年に、商業用の船の船員を養成する学校の練習用の船として建造された、日本の、大型の帆船(sailing ship)です。日本丸(nipponmaru)については、後程、詳しく説明します。
写真以下5枚。この日の昼食は、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、レストラン・カフェ(cafe)で食べました。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、レストラン・カフェ(cafe)は、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)(横浜市が運営している)が、直接運営している訳ではなく、また、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)が、民間の会社に運営を委託している訳でもなく、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)が、民間の会社に、館内のレストラン・カフェ(cafe)用の場所を貸す形で、民間のレストラン会社が、直接運営している感じです。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)のレストラン・カフェ(cafe)は、イタリア料理レストランの、レストラン・カフェ(cafe)となっています(横浜みなと博物館(横浜minato博物館)に入館しなくても、利用する事が出来ます)。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)のレストラン・カフェ(cafe)は、前は、(現在とは)、別の会社が経営する、イタリア料理レストランで、その時は、夕食で、利用した事があったのですが、現在の会社の経営となってからは、この時、初めて、利用しました。
屋外席で、日本丸(nipponmaru)を眺めながら食べました。
写真以下4枚。この時、私が、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)のレストラン・カフェ(cafe)の、昼食バイキング(buffet)で食べた物(この日の昼食)。この他、デザート(dessert)を食べました。この日は、平日であったのですが、このレストラン・カフェ(cafe)は、平日の昼食は、(周辺で働く、会社員等が、気軽に利用出来る)、安いバイキング(buffet)形式となっている様です。安かったですが、まあまあ、質が高く、安い値段の割に、まあまあ、美味しかったです。
前菜等。
サラダ(salad)。サラダ(salad)は、お代わりしました。
スープ(soup)。
ピザ(pizza)、リゾット(risotto)、パスタ(pasta)。ピザ(pizza)とリゾット(risotto)は、お代わりをしました。この他、デザート(dessert)を食べました。
昼食後は、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)に入館しました(横浜みなと博物館(横浜minato博物館)を見学しました)。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)は、横浜の都心部の海沿いにある、横浜市が運営する、横浜の港の歴史に関する資料館(規模の、小さな博物館)です。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)は、この時、初めて入館しました(前から、少し気になっていたが、気になっていた度合いは、とても小さかったので、中々、訪れませんでした(中々、入館しませんでした))。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)は、想像していたよりも、見応えがあって(展示室は、地下に広がっていて、建物から想像するよりも、ずっと規模が大きい感じ)、展示内容、展示物等も、興味深く、想像していたよりも、面白かったです。また、ボランティア(volunteer)のガイド(guide)(展示物の解説員)の方(おそらく、かつて船に関係する会社で働いていて、定年退職された方)の説明も、詳しく、分かり易く、興味深く、とても、勉強になりました。
横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、パンフレット(leaflet)。
写真以下3枚。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、展示の例。。。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、パンフレット(leaflet)等より。。。展示内容は、まあ、船、地理、都市、歴史に、ある程度、興味がある人以外は、少し、退屈してしまうかも。。。
写真左下の船の模型は、あるぜんちな丸(Argentina maru。日本の客船。1939年完成。12,755トン(GT))の模型です。写真右下の船の模型は、日本の石油タンカー(oil tanker)、東京丸(tokyomaru)(154,000トン(DWT)。1966年完成)の模型です。東京丸(tokyomaru)は、完成当時、世界最大の、石油タンカー(oil tanker)でした。ちなみに、1950年代半中頃から1980年にかけての、世界最大の石油タンカー(oil tanker)の移り変わりは、シンク・レア・ペトロロア(Sinclair Petrolore)(55,000トン(DWT)。1955年。アメリカ)、ユニバース・リーダー(Universe Leader)(85,500トン(DWT)。1956年。アメリカ)、ユニバース・アポロ(Universe Apollo)(103,000トン(DWT)。1959年。アメリカ)、日章丸(nisyomaru)(132,000トン(DWT)。1962年。日本)、東京丸(tokyomaru)(154,000トン(DWT)。1966年。日本)、出光丸(idemitsumaru)(210,000トン(DWT)。1966年。日本)、ユニバース・アイルランド(Universe Ireland)(326,000トン(DWT)。1968年。アメリカ)、日石丸(nissekimaru)(372,000トン(DWT)。1971年。日本)、グロブティック・トーキョー(Globtik Tokyo)(477,000トン(DWT)。1973年。イギリス)、日精丸(nisseimaru)(484,400トン(DWT)。1975年。日本)、シーワイズジャイアント(Seawise Giant)(564,763トン(DWT)。1980年。香港)となっています。以上の11隻の石油タンカー(oil tanker)は、全て、日本製(日本の造船所で建造された物)です。ちなみに、シーワイズジャイアント(Seawise Giant)は、史上最大の石油タンカー(oil tanker)、且つ、史上最大の船で、シーワイズジャイアント(Seawise Giant)以降、現在に至るまで、シーワイズジャイアント(Seawise Giant)よりも大きな、石油タンカー(oil tanker)、及び、船は、建造されていません。
写真の船の模型は、客船、天洋丸(tenyomaru)の模型です。天洋丸(tenyomaru)(13,402トン(GT)。1908年完成)は、東洋汽船(1896年設立。かつて日本に存在した、海運会社。現在、存在している、日本の海運会社の東洋汽船(1974年設立)とは、別の会社)の客船で、日本とサンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ航路で活躍しました。内装には、日本の絹織物を、ふんだんに使ったアール・ヌーボー(Art Nouveau)様式の装飾が施されていました。姉妹船に地洋丸と春洋丸とがありました。
写真以下5枚。おまけ。。。この時、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)に、置いてあった、チラシ(leaflet)から。。。
5月8日から5月10日まで、横浜の都心部で開催されていた、骨董品(antiques)の売買の、大規模な、催しの広告。広告の、イラスト(illustration)は、一見、1920年代から1930年代頃の、日本の、イラスト(illustration)、又は、ポスター(poster)に見えますが、1920年代から1930年代頃の、日本の、イラスト(illustration)、又は、ポスター(poster)(の様式)を真似て、現代において描かれた、イラスト(illustration)だと思います(間違っていたら、申し訳ありませんが。。。)。
写真以下4枚。この時、戦艦、三笠(mikasa)(下の補足説明参照)で行われていた、近代の、日本の海軍(1872年から1945年)及び、海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に当たる。近代の、日本の海軍(1872年から1945年)の、形式的な伝統は、ある程度、引き継いでいる。おそらく。。。)の船(一部、計画の内に終わった船を含む)の内、250隻以上の船の模型を展示する、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)。
三笠(mikasa):日露戦争(1904年から1905年にかけて行われた、日本と、ロシア(Russia)との間の戦争。日本が、実質的に勝利した)で活躍した、近代の、日本の海軍の、戦艦(battleship)。1902年に完成。15,140トン。イギリス製。横須賀(yokosuka)(横浜の近郊に位置する、古くからの、軍港都市。古くから、日本で、最も重要な、軍港都市の一つ)の海沿いに、永久保存・展示されている。
写真以下3枚。この展覧会(exhibition)で、展示されていた、近代の、日本の海軍(1872年から1945年)及び、海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に当たる)の、船の模型の例。日本は、日露戦争(1904年から1905年にかけて、日本とロシア(Russia)の間で行われた戦争。日本の実質的な勝利に終わる)後から、第二次世界大戦まで、世界有数の海軍力を持つ国でした。
写真、一番上の、船の模型。B65型超甲型巡洋艦の模型。B65型超甲型巡洋艦は、日本の海軍が、第二次世界大戦中に計画した、超大型の巡洋艦(cruiser)(基準:31,400トン。公試:34,950トン)です。
写真左側。上から。。。大和(yamato)(日本の海軍の、戦艦(battleship)。基準64,000トン、満載72,900トン。1941年完成。世界の歴史上、最大の戦艦(battleship))の、模型。赤城(akagi)(日本の海軍の、空母(aircraft carrier)。1927年完成。基準:36,500トン。公試:41,300トン)の模型、高雄(takao)(日本の海軍の、重巡洋艦(heavy cruiser)。基準:13,400トン。1932年完成)の、模型。五十鈴(isuzu)(日本の海軍の、軽巡洋艦(light cruiser)。1923年完成。基準:5,170トン。常備:5,570トン)の、模型。写真右側。上から。。。霧島(kirishima)(日本の海軍の、戦艦(battleship)。1915年完成。公試:36,668トン)の、模型。葛城(katsuragi)(日本の海軍の、空母(aircraft carrier)。1944年完成。基準:17,150トン。公試:20,200トン)の、模型。摩耶(maya)(日本の海軍の、重巡洋艦(heavy cruiser)。1932年完成。基準:13,350トン。公試: 15,159トン)の、模型、八島(yashima)(日本の海軍の、戦艦(battleship)。常備:12,320トン。1897年完成。イギリス製。日本の海軍で、初めての、本格的な、近代的な戦艦(battleship)の一つ)の、模型。
写真、一番下の左。雪風(yikikaze)(日本の海軍の、駆逐艦(destroyer)。1940年完成。基準:2,033トン)の、模型。写真、一番下の右。富士(fuji)(日本の海軍の、戦艦(battleship)。常備:12,533トン。1897年完成。イギリス製。日本の海軍で、初めての、本格的な、近代的な戦艦(battleship))の、模型。
写真以下。横浜みなと博物館(横浜minato博物館)を見学した後は、日本丸(nipponmaru)の内部を見学しました。日本丸(nipponmaru)の内部を見学したのは、この時が初めてでした(日本丸(nipponmaru)の内部は、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)同様、前から、少し気になっていたが、気になっていた度合いは、小さかったので、(外部は、この辺りを通りかかる際に、しょっちゅう(頻繁に)見ているけど)、中々、内部を見学しませんでした)。
写真以下。日本丸(nipponmaru)。
日本丸(nipponmaru)(約2,300トン(GT))は、日本の、大型の帆船(sailing
ship)で、1930年に建造されました。日本丸(nipponmaru)は、商業用の船の船員を養成する学校の練習用の船として建造されましたが、(新しい、より大きな練習用の帆船(日本丸(nipponmaru)二世。日本の帆船。世界でも有数の高速帆船)が建造され、1984年より使用されている為)、現在は使われておらず、この地で(横浜の都心部の海沿いで)、永久保存されており、入場料(安い)を支払う必要がありますが、誰でも、内部が見学出来る様になっています。ちなみに、日本丸(nipponmaru)と同時期に建造された、日本丸(nipponmaru)の姉妹船として(日本丸(nipponmaru)と同型の、商業用の船の船員を養成する学校の練習用の船として)、1930年に建造された、日本の、大型の帆船(sailing
ship)、海王丸(kaioumaru)がありますが、海王丸(kaioumaru)は、現在は、富山(toyama)県(北陸(hokuriku)地方(日本の中部地方の北西部)に位置する県の一つで、北陸(hokuriku)地方の東部に位置する)の港に、永久保存されています。
日本丸(nipponmaru)は、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、すぐ前に、保存されており、実質的に、横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の展示物の一部と言った感じになっています。
横浜みなと博物館(横浜minato博物館)の、パンフレット(leaflet)より。。。写真上側。日本丸(nipponmaru)の、全ての帆を広げる、催しが、年間、約12回、実施されています。写真下側。海を走る、日本丸(nipponmaru)の姿(これは、間違っていたら(合成写真でなかったら)申し訳ありませんが、イメージ写真(合成写真)かも。。。)。
日本丸(nipponmaru)は、1930年から、1984年に引退するまでの、54年間に、11,500名の、商業用の船の船員を育て、この間、地球を、45.4周する距離(延べ、183万km)を航海しました(横浜みなと博物館(横浜minato博物館)のパンフレット(leaflet)より。。。)。
写真以下5枚。日本丸(nipponmaru)の外観。
写真以下。日本丸(nipponmaru)(以下、主に、この船と書きます)に乗船し、日本丸(nipponmaru)の内部を見学。。。前述の通り、日本丸(nipponmaru)の内部を見学したのは、この時が、初めてでした。日本丸(nipponmaru)の内部は、想像していたよりも、見応えがあり、面白かった(興味深かった)です。日本丸(nipponmaru)は、約85年前に建造された船ですが、やはり、古い船は、趣がありますね。
日本丸(nipponmaru)は、横浜landmark towerの、すぐ下に保存されています。横浜landmark tower(1993年完成。高さ約296m)は、完成してから、20年数年経ちますが、依然として、日本で、2番目に、背の高いビルとなっています。横浜landmark towerは、既に、世界的に見れば、ちょっとした、高いビル程度となってしまいましたが、大きなビルではあり、床面積は、Empire State BuildingやOne World Trade Center(去年完成した、アメリカで、一番、世界で、3番目に、背の高いビル)を、遥かに上回り、Taipei 101(世界で、4番目に、背の高いビル。2004年完成)や、Shanghai World Financial Center(中国(香港を含む)で、最も背の高いビル。世界で5番目に背の高いビル。2008年完成)も、上回ります。
写真右下の、大きな観覧車は、Cosmo Clock。かつて、世界最大の観覧車であった、大きな観覧車です。
将来、商業用の船の船員となる、商業用の船の船員を養成する学校の生徒の部屋の一部。生徒の部屋は、共同部屋となっています。
この船は、商業用の船の船員を養成する学校の練習用の船なので、写真の部屋は、この船の、教室の一つ。
日本丸(nipponmaru)は、帆船(sailing ship)ですが、機関(エンジン)も付いていて、機関(エンジン)で航行する事も可能となっています。
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横浜散歩 日本丸他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3876897?&sfl=membername&stx=nnemon2