基本的に、去年の4月18日の夜に行った投稿の再掲です。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。
95年前の貴族の邸宅他5→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3799522?&sfl=membername&stx=nnemon2
先週の月曜日(4月の第二月曜日。以下、この日と書きます)は、私も彼女も、個人的に休みで、(前日に我が家に泊まった彼女と、夜更かしをし、朝寝坊をし)遅い朝食兼昼食を食べた後、この日は、天気は、良くありませんでしたが(天気は、曇り、時々、小雨と言った感じでしたが)、彼女と、近場に、桜の花を見に行きました。
ちなみに、この日の、遅い朝食兼昼食は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt))と同じ内容でした。
この日は、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置しています)の最寄りの、通勤電車(電車)・地下鉄駅から、地下鉄で出掛けました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「桜の花は、おそらく、日本人に、最も親しまれている花であり、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と共に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花はありませんが、桜の花は、(菊と共に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で、桜の花が咲きます。
花見(hanami)は、野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする事です。
花見(hanami)は、伝統的に、桜の花の時期の、日本人の娯楽となっています。」
以下、参考の投稿。
日本の花見(hanami)文化(砧公園)等前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3546134/page/26?&sfl=membername&stx=nnemon2
日本の花見(hanami)文化(砧公園)等後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3546133/page/26?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。この日は、まず、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)を訪れて、桜の、花見(hanami)を楽しみました。なお、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)での、桜の、花見(hanami)は、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりすると言う意味での花見(hanami)ではなく、桜の花を観賞しながら散歩をすると言う意味での、花見(hanami)です。
ちなみに、この日は、天気は、良くありませんでした(天気は、曇り、時々、小雨と言った感じでした)。最初、曇りの天気で、のんびりと、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)の、桜の、花見(hanami)を楽しんでいたのですが、後に、小雨が降って来て、小雨が降って来てからは、早めに、地下鉄で、次ぎの場所に移動しました。ちなみに、東京は、桜の花の時期は、曇りや雨の日が、割と多いです。
位置的に、正に東京中心部の桜と言った感じである、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)の桜は、東京を代表する桜の花の名所の一つとなっており、毎年、桜の花の時期には、とても、多くの人々が、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)に、桜の、花見(hanami)に訪れます。なお、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)での、桜の、花見(hanami)は、前述の通り、野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする、花見(hanami)(花見(hanami)は、伝統的に、桜の花の時期の、日本人の娯楽となっています)ではなく、散歩しながら、桜の花を観賞して、楽しむ花見(hanami)です。
江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)に、日本を実質的に統治していた徳川(tokugawa)将軍(shogun)家(以下、徳川(tokugawa)家と書きます)の、(東京中心部にある)東京での、城(castle)であった、江戸(edo)城(castle)は、徳川(tokugawa)家の中心的な城(castle)であり、広大な城(castle)でした。現在は、敷地の一部(かつての敷地の中心部であった部分)が、皇居(天皇の宮殿)と公園として整備されていますが、それだけでも、70万坪近く(230万平方m)あります(皇居(天皇の宮殿)の敷地面積が約35万坪(115万平方m)、公園・広場等の面積が約35万坪(115万平方m))。かつての江戸(edo)城(castle)の建物で、現在残っている物は、極僅かに過ぎませんが、かつての江戸(edo)城(castle)の中心部の堀(moat)(江戸(edo)城(castle)は、堀(moat)に囲まれていました)と石垣(stone
wall)については、よく残されています。その堀(moat)の一部に、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)と呼ばれる、桜が、とても美しい場所があり、東京を代表する桜の名所の一つとなっています。千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)の桜は、位置的に、正に東京中心部の桜と言った感じです。
写真以下14枚。千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)の周辺にある、九段(kudan)会館(九段(kudan)会館テラス(terrace))。九段(kudan)会館は、元々、1934年に建てられた、日本の伝統的なデザイン(design)を取り入れた近代建築(当時、日本で流行していた、建築様式)の、軍人会館と言う、日本の、在郷軍人会(予備役の軍人によって構成されていた組織)の本部の建物で、第二次世界大戦以前は、主に、日本の予備役の軍人の、研修・社交・宿泊施設として、使用されていました。
1934年の完成当時の?、軍人会館(後の、九段(kudan)会館)の建物の写真→
https://kudan-kaikan-terrace.jp/about/story01/
軍人会館(後の、九段(kudan)会館)。1934年完成。日本の伝統的なデザイン(design)を取り入れた近代建築(当時、日本で流行していた、建築様式)の建物です。
軍人会館は、第二次世界大戦の日本の敗戦により、1945年に、連合国軍最高司令官総司令部(Supreme
Commander of the Allied
Powers)(第二次世界大戦の、日本の敗戦に伴い、日本において占領政策を実施した連合国軍の機関。1952年、日本の、完全な、主権の回復により、活動を停止)に接収され、「アーミーホール(army
hall)」と言う名前に改称され、連合国軍の宿舎として使用されました。
軍人会館は、1953年に、連合国軍最高司令官総司令部(Supreme
Commander of the Allied
Powers)の接収が解除された後は、日本遺族会(日本の戦争の遺族の為の組織)に無償貸与され、九段(kudan)会館と名称を変え、1957年に、宿泊施設・レストラン・結婚式場・劇場・コンサートホール(concert
hall)として開業しました。
九段(kudan)会館は、2022年(一昨年)、1934年に建てられた、九段(kudan)会館(旧(かつての)軍人会館)の建物の一部を残す(保存)する形で、地上17階建て、高さ約75mの、九段(kudan)会館テラス(terrace)と言う、オフィス(office)・結婚式場等から成る複合ビル(写真以下13枚)に、建て替えられました。
昭和(showa)館は、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)の周辺にある、日本遺族会(日本の戦争の遺族の為の組織)が運営を受託している、日本の、国立の、歴史に関する資料館です。元々、日本の国民が経験した、第二次世界大戦中と第二次世界大戦後の、国民生活上の労苦を後世代の人々に伝えていくことを目的とした、歴史に関する資料館ですが、1930年代から1950年代頃を中心とした、日本の文化に関する、幅の広い、展覧会(exhibition)を開催しています。
現在、昭和(showa)館で開催中の「第二次世界大戦前の、特急(express)「つばめ(tsubame)」から、1964年に開業した新幹線(shinkansen)に至るまでの、東京と大阪(東京に次ぐ日本第二の都市圏人口を有する都市)の、日本の2大都市を結ぶ、最速の(最も速い)、特急(express)列車の歴史に関する展覧会(exhibition)」の、看板。この日、この看板を見るまで、昭和(showa)館で、この展覧会(exhibition)が開催されている事を知りませんでした。私は、子供の頃から、鉄道を含めた、乗り物に、広く浅く、興味がある事から、この展覧会(exhibition)は、ちょっと気になる展覧会(exhibition)です(おそらく、見に行きませんが(今の所、見に行くつもりと予定はありませんが))。この日は、月曜日で、昭和(showa)館が休館であった為、残念ながら、この展覧会(exhibition)は見られませんでした。
上の列車の写真の右下の列車は、1958年に開業した、動力分散方式の電車の特急(express)、「こだま(kodama)」。東京と大阪の間を6時間台で結んでいました。上の列車の写真の左下の列車は、1964年に開業した、新幹線(shinkansen)の初代の車両です(東京と大阪の間を、約3時間で結んでいました。ちなみに、現在の新幹線(shinkansen)は、東京と大阪を、約2時間30分(最速(最も速い列車)で、約2時間20分)で結んでいます)。新幹線(shinkansen)は、1964年に、最初の路線(東京と大阪を結ぶ路線)を開業した、日本の、大都市と大都市の間、大都市と主要な中都市(中規模程度の人口を有する都市)の間を結ぶ、日本の、高速鉄道網・高速鉄道systemです。新幹線(shinkansen)は、現代における、世界の、高速鉄道の、先駆けとなった鉄道で、新幹線(shinkansen)は、フランスの、TGV(1981年開業)の計画等に影響を与えました。
新幹線(shinkansen)は、1964年の開業以来、約60年間、鉄道を原因とする(車両の、脱線、転覆、衝突等による)、死亡事故は、一度も起きていません(もっとも、1995年に、発車間際に、乗降口に駆け込もうとして失敗し、扉に指を挟まれた乗客に、車掌が、気付かないで、新幹線(shinkansen)が出発し、その乗客が、引きずられた上に、プラットホーム(platfo・rm)の下に転倒し、新幹線(shinkansen)に轢かれて、(その乗客が、一人)死亡すると言う事故は、起きています)。ちなみに、ドイツの、ICEは、1991年の開業から、約7年目の、1998年に、車両の欠陥による脱線により、乗客を中心とした、101人の死者を出す事故(おそらく、少なくとも、現代の(1964年に、新幹線(shinkansen)が登場して以降の)、世界の、高速鉄道の事故の中で、最大の、死亡事故)を、起こしており、フランスの、TGVは、1981年の開業から、約34年目の、2015年に、(一般人も乗せていた)試験走行中の、車両の脱線により、11人の死者を出す事故を起こしています。また、中国の高速鉄道は、2007年の、本格的な開業から、約4年目の、2011年に、車両の、衝突・脱線により、乗客を中心とした、40人(中国政府の発表)の死者を出す事故を起こしています。
何れにしても、新幹線(shinkansen)は、(問題がない訳ではありませんが)、その実績から見れば、総合的には、世界で、最も、安全に、且つ、最も、正確に、運行がなされている、高速鉄道網・高速鉄道systemであると言えるでしょう。
ちなみに、東京と名古屋(nagoya)(東京、大阪に次ぐ、日本第三の都市圏人口を有する都市。日本の中部地方の中心都市)と大阪を結ぶ新幹線(shinkansen)路線(1964年開業)は、地下鉄・通勤電車並みの頻度(3分から10分間隔位)で、新幹線(shinkansen)が走っており、おそらく、世界で最も、1時間当たり、及び、1日当たりの運行本数が、多い、超高速鉄道路線であると共に、世界で、最も、距離当たりの、利用者数の多い、超高速鉄道路線です。
特急(express)「つばめ(tsubame)」は、第二次世界大戦前に、東京と、大阪(東京に次ぐ、日本第二の都市圏人口を有する都市)の間(約560km)を、約8時間で結んでいた、日本国有鉄道の、特急(express)列車です。

写真は、借り物。特急(express)「つばめ(tsubame)」。1934年。

写真は、借り物。特急(express)「つばめ(tsubame)」。1936年。
特急(express)「つばめ(tsubame)」は、電化区間は、電気機関車が、非電化区間は、蒸気機関車が牽引していました。
電化区間の(電気機関車が牽引する)、特急(express)「つばめ(tsubame)」に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
90年前の特急(express)列車→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3799520?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)の桜。この時、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)の桜は、見頃の終り頃(散り初め)と言った感じでした。
向こうに、(写真右側に)見える建物は、日本武道館(budoukan)。1964年の東京夏季オリンピック(Olympics)の柔道(judo)競技の会場として建てられました。現在も、日本の主要な、武道競技の会場の一つであると共に、昔から日本国内外のpop/rock音楽のmusician・artistの、東京での、公演会場として有名です(1966年にBeatlesが来日した時も、ここで公演を行いました)。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。
千鳥ヶ淵(2024年桜)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3901231?&sfl=membername&stx=nnemon2