3月の第5日曜日(以下、この日と書きます)に、前日に我が家に泊まった彼女と、飛鳥山(asukayama)公園に散歩に出掛けて来た時の物です。
桜の花は、おそらく、日本人に、最も親しまれている花であり、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と共に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花はありませんが、桜の花は、(菊と共に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で、桜の花が咲きます。花見(hanami)は、野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする事です。花見(hanami)は、伝統的に、桜の花の時期の、日本人の娯楽となっています。
飛鳥山(asukayama)公園は、東京中心部(東京23区)の北部に位置する公園です。飛鳥山(asukayama)公園は、小規模な公園ですが、歴史の古い公園で、18世紀初めからの歴史を有する公園です。
飛鳥山(asukayama)公園は、自然の丘を利用した公園となっています。
飛鳥山(asukayama)公園は、古くから、東京の桜の名所(桜の花が有名な場所)の一つとなっており、現在においても、桜の花の時期には、多くの人々が、花見(hanami)(野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする事)をしに訪れます。この日は、飛鳥山(asukayama)公園は、まだ、桜の花の見頃の少し前と言った感じでしたが、日曜日と言う事もあり、多くの人々が、(飛鳥山(asukayama)公園に)、花見(hanami)(野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする事)に訪れていました。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)からの続きです。飛鳥山(asukayama)公園に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
飛鳥山→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4043208?&sfl=membername&stx=nnemon2
飛鳥山(asukayama)公園で、桜の花を見ながら散歩をすると言う意味での、桜の花見(hanami)を楽しんだ後は(すぐ上でリンクを付けた前回の投稿を参照)、飛鳥山(asukayama)博物館で、現在開催中の(3月20日から5月17日にかけて開催)、特集展示である、日本の、近代(19世紀後期から1930年代頃)の、鉄道を中心とした、旅行・行楽の広告等の、展示を見ました。
飛鳥山(asukayama)博物館及び、飛鳥山(asukayama)博物館で、この日、見て来た展示の前に、飛鳥山(asukayama)公園に縁がある(飛鳥山(asukayama)公園の隣接地に、別荘・邸宅があった)、渋沢 栄一(shibusawa eiichi)について紹介します。
渋沢 栄一(shibusawa eiichi)(1840年生まれ。1931年に亡くなる。埼玉(saitama)県(東京圏の北部に位置する県)の北西端部(群馬(gunma)県(東京圏の北西端に位置する県)に接する地域)の、比較的、裕福な、農民の家に生まれた)は、日本の資本主義の父と言われる、日本の、ビジネスマン(businessman)・実業家です。
渋沢 栄一(shibusawa eiichi)に関して、詳しくは、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
渋沢 栄一→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4043200?&sfl=membername&stx=nnemon2
渋沢 栄一(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_26/view/id/4043200?&sfl=membername&stx=nnemon2
後述する、第一(daiichi)銀行(1873年設立。日本で最初に設立された、近代的な、銀行。1882年に設立された日本銀行(日本の中央銀行)よりも、歴史が古いです)は、渋沢 栄一(shibusawa eiichi)が設立した銀行です。
以下、去年、行った投稿から抜粋して来た物です。
みずほ(mizuho)銀行は、日本の、大規模、銀行の一つで、日本の、三大、銀行(日本の、三大、民間企業の銀行)の一つです。
第一(daiichi)銀行(1873年設立)は、日本に、かつて存在した、大規模、銀行の一つで、みずほ(mizuho)銀行の前身の銀行の一つです。
第一(daiichi)銀行(1873年設立)は、日本で最初に設立された、近代的な、銀行です(1882年に設立された日本銀行(日本の中央銀行)よりも、歴史が古いです)。
おまけ。参考に、写真は、借り物(19世紀後半に撮影された写真)。第一(daiichi)銀行の初代の本店の建物。東京都心部でも中心的な地域に位置していた。1872年に完成。
写真以下2枚。第一(daiichi)銀行の初代の本店の建物(1872年に完成)の模型。
第一(daiichi)銀行の初代の本店の建物(1872年に完成)を描いた、1876年の作品の写し。
第一(daiichi)銀行の初代の本店の建物(1872年に完成)を描いた、19世紀後期の作品の写し。
第一(daiichi)銀行の初代の本店の建物(1872年に完成)を描いた、1873年の作品の写し。
以下、参考の投稿。
日本最古の銀行他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3856454?&sfl=membername&stx=nnemon2
日本銀行本店(歴史的建造物)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3858251/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
以上、去年、行った投稿から抜粋して来た物でした。
写真以下2枚。渋沢(shibusawa)史料館(飛鳥山(asukayama)公園にある、渋沢 栄一(shibusawa eiichi)に関する資料館)の展示より。この日は、渋沢(shibusawa)史料館の展示も、少しだけ見ました。
渋沢 栄一(shibusawa eiichi)は、東京商工会議所(1878年設立)の、初代の会頭(会長)となりました。
1899年に、東京都心部でも中心的な地域に建てられた、東京商工会議所の建物(おそらく、東京商工会議所の先々代の建物。東京商工会議所の先代の建物は、1961年に建てられた)。
東京商工会議所の現在の建物に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
国際ビル(歴史的建造物)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3864673?&sfl=membername&stx=nnemon2
国際ビル(歴史的建造物)他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_16/view/id/3864673?&sfl=membername&stx=nnemon2
渋沢 栄一(shibusawa eiichi)は、1877年に、日本全国の銀行関係者達の、社交組織を創設しました。
東京銀行協会ビル(東京銀行集会所)(日本全国の銀行関係者達の、社交組織の、東京での社交施設)の、おそらく、19世紀後期に、東京都心部でも中心的な地域に建てられた建物。
東京銀行協会ビル(東京都心部でも中心的な地域に位置する)の現在の建物に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。ちなみに、東京銀行協会ビルの先代の建物は、1916年に建てられた物です。
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758717/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他1(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3758717/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
北区(北(kita)区)は、東京中心部(東京23区)を構成する23の区の一つで、東京中心部(東京23区)の北端部に位置する区です。飛鳥山(asukayama)公園は、北区(北(kita)区)に位置しています(北区(北(kita)区)の中南部に位置している)。
飛鳥山(asukayama)博物館は、飛鳥山(asukayama)公園にある、北区(北(kita)区)が運営する、公立の博物館で、北区(北(kita)区)の歴史に関する博物館です。
日本は、中国、アメリカに次ぐ、世界3位の、紙の生産国です。
王子(oji)製紙(1873年創立)は、日本の大規模製紙会社の一つであると共に、日本最大の製紙会社です。王子(oji)製紙は、かつて、飛鳥山(asukayama)公園がある、北区(北(kita)区)の、王子(oji)areaに拠点を置いていた関係で、飛鳥山(asukayama)公園には、前述した、渋沢(shibusawa)史料館(渋沢 栄一(shibusawa eiichi)に関する資料館)、飛鳥山(asukayama)博物館に加えて、紙の博物館(世界有数の、紙専門の博物館。1950年開館。元々、王子(oji)areaの、飛鳥山(asukayama)公園とは、別の場所にあったが、1998年に、飛鳥山(asukayama)公園に移転して来た)があります。
飛鳥山(asukayama)公園の、紙の博物館周辺の風景。
写真以下。前述の通り、この日は、飛鳥山(asukayama)博物館で、現在開催中の(3月20日から5月17日にかけて開催)、特集展示である、北区(北(kita)区)在住、又は、在勤の人が収集した、日本の、近代(19世紀後期から1930年代頃)の、鉄道を中心とした、旅行・行楽の広告等の、展示(以下、この展示と書きます)を見ました。
以下、「」内。基本的に、この展示の解説より。
「19世紀後期から1920年代中期頃にかけて、日本全国を網羅するように発達した、鉄道を中心とした、近代的な交通網は、人々の生活だけでなく、旅行の形も、大きく変化させました。特に、1910年代から1930年代にかけて、新聞・雑誌・チラシ(leaflet)等、各種出版物による、行楽地・観光地の紹介によって、近代的な旅行の、大衆化が進みました。これらの資料を見て、当時の人々が、どの様に旅行を計画し、旅行を楽しんだのかを感じ取って頂けたら幸いです。」
写真以下17枚。この展示の展示品の例。展示品の説明は、展示の解説を、参考・引用しています。
日本で、最初の鉄道は、(日本の国有鉄道の)旧(かつての)新橋(shinbashi)駅(東京で最初の中心的な鉄道駅)と(日本の国有鉄道の)旧(かつての)横浜(yokohama)駅の間に、1872年に開業しました。横浜は、神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の中心都市であり、東京圏を代表する港湾都市です。
日本で、最初の鉄道に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
東京都美術館 出張江戸博前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3924661/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
(日本の国有鉄道の)旧(かつての)新橋(shinbashi)駅(東京で最初の中心的な鉄道駅。1872年開業)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
加賀象嵌(金沢の伝統工芸)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3818056/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
上野(ueno)は、東京都心部の北東部に位置する、浅草(asakusa)と並ぶ、東京の下町(東京都心部東部。旧市街)最大級の繁華街です。熊谷(kumagaya)は、埼玉(saitama)県(東京圏の北部に位置する県)の北端部に位置する(群馬(gunma)県(東京圏の北西端に位置する県)の南東端部に接する)、人口18万人程の、中都市(中規模程度の人口を有する都市)です。ちなみに、熊谷(kumagaya)市は、2005年に周辺の、妻沼(nunuma)町(2005年時点の人口は、2万7千人程。町ではあるが、小都市水準の人口があった)、大里(oosato)町(2005年時点の人口は、8千人程)、2007年に、周辺の、江南(kounan)町(2007年時点の人口は、1万2千人程)を吸収合併しています。熊谷(kumagaya)は、埼玉(saitama)県の北部で、最大の人口を有する都市、且つ、埼玉(saitama)県の北部の中心都市となっています。ちなみに、前述した、渋沢
栄一(shibusawa
eiichi)は、現在の、深谷(fukayashi)市(熊谷(kumagaya)市の西部に隣接する市)に属する地域の村で生まれました。
1883年に、上野(ueno)と、熊谷(kumagaya)の間に、鉄道が開通しました。
上野(ueno)と、熊谷(kumagaya)を結ぶ鉄道路線(1883年開通)の、上野(ueno)駅(1883年開業)と、(飛鳥山(asukayama)公園がある)王子(oji)areaの、王子(oji)駅(1883年開業)を行き来する、蒸気機関車を描いた、1885年の、浮世絵(ukoyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)です。左側に、初代の上野(ueno)駅(1883年開業)の建物(1883年に完成)、左奥に、王子(oji)areaにかつて存在していた、王子(oji)製紙の工場(1875年創業開始。(第二次世界大戦の影響により)1943年に休止後、第二次世界大戦末期(1945年)のアメリカ軍の空襲により、大きな被害を受け閉鎖)の煙が描かれています。
東京の、汽車(鉄道)周遊、双六(sugoroku)(board game)。1890年代中期から1890年代後期頃。
成田(narita)は、千葉(chiba)県(東京圏の東部を占める県)の北端部に位置する、人口、13万人程の、中都市(中規模程度の人口を有する都市)です。成田(narita)市は、2006年に、周辺の、大栄(taiei)町(2006年時点の人口は、1万2千人程)、下総(shimofusa)町(2006年時点の人口は、7千人程)を吸収合併しています。
新勝(shisyou)寺は、成田(narita)にある、940年創建の、規模の大きな、仏教の寺です。新勝(shisyou)寺は、千葉(chiba)県を代表する仏教の寺であると共に、東京圏の主要な仏教の寺の一つともなっています。初詣 (hatsumoude)とは、新年に、神社(shrine)や寺に、お参りして、その年の願い事などをする、日本の風習です。新勝(shisyou)寺は、東京圏で、有数の、人気の、初詣 (hatsumoude)場所となっています。
成田(narita)は、歴史的に、新勝(shisyou)寺を中心に発展した、門前町(伝統的に、仏教の寺や神道(Shinto)の神社(shrine)を中心に形成された町や都市)です。
上野(ueno)と成田(narita)を結ぶ路線の列車の、一等(first class)客車の、喫茶室(cafe)(ビールや、コーヒー(coffee)、紅茶、菓子類、果物等が提供され、新聞・雑誌も備え付けられていました)を描いた絵(1903年)。当時、東京都心部と、千葉(chiba)県方面を結ぶ列車は、2つの鉄道会社が、激しい顧客獲得競争を繰り広げていました。
駅弁(ekiben)は、鉄道旅行者が、列車の中で食べる事を想定した弁当(bento)(簡易な食事)です。日本には、それぞれの地域や、地方、都市の特色を活かした、たくさんの種類の駅弁(ekiben)があり、鉄道駅の売店や、比較的長距離を走る列車内等で販売されています。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、駅弁(ekiben)に関する参考の投稿。
60年近い歴史を有するデパートの催し他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3773867/page/61?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下8枚。1910年代から1930年代頃の、駅弁(ekiben)の包装紙。
東京都心部から日帰りで、遊びに行ける、東京近郊の、名所案内図。1929年。
1920年代から1930年代頃の、四季の、行楽・観光案内。上側、左から、「桜の花、便り」(春)、「山・海、案内」(夏)、スキー(skiing)(冬)。下側、左から、新緑(春から初夏)、「秋の訪れ」(秋)、スキー(skiing)(冬)。
ちなみに、日本国有鉄道(日本の国有鉄道)は、1987年に、地域別の6つの旅客鉄道会社と日本全国的な1つの貨物鉄道会社等(全て、会社の名前にJRが入る)に分割民営化されました。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
旧日本国有鉄道本社ビル他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3932051/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚。日本国有鉄道(日本の国有鉄道)の、行楽・旅行向けの、家族割引、鉄道切符の案内。1930年代。
左側、日本国有鉄道(日本の国有鉄道)の、夏限定の、海や森林地帯方面等への、小学生向けの、割引、鉄道切符の案内(1920年代から1930年代頃)。右側、日本国有鉄道(日本の国有鉄道)の、秋の、行楽・旅行向けの、割引、鉄道切符の案内(1920年代から1930年代頃)。
東京圏の、私営鉄道会社の、沿線の案内図。1920年代から1930年代頃。上側は、京王(keio)電鉄(dentetsu)(下の補足説明を参照)の、沿線の案内図。
京王(keio)電鉄(dentetsu):1913年、最初の路線を開業。東京都心部と、東京の西部郊外を結ぶ、私営鉄道会社で、運営している、通勤電車(電車)路線の、総距離は、84.7km(JR(かつての、日本国有鉄道)を除く、東京圏の9つの、大規模、私営鉄道会社の中で、8番目の(下から2番目の)、路線距離を有する鉄道会社)。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。
青淵文庫→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4043197?&sfl=membername&stx=nnemon2