投稿文の補足で、「沖縄 第一牧志公設市場」は、今年(2023年)の3月に建て替えが完了し(コロナの影響で?建て替えの完了が予定よりも遅れた)、新しい建物で、営業を開始しました。
以下、基本的に(参考の投稿を入れ替える等しています)、一昨年の5月に行った投稿の再掲です。
第二次世界大戦後、ガーブ川沿いに自然発生的に闇市が興った。川沿いだけでなく川の上にも水上店舗が立ち並ぶ状態だったが、一帯はもともと郊外の湿地帯だったため大雨のたびに洪水が起こり、衛生的にも問題になっていた。陸上の業者は水上店舗により川の許容水量が落ちているとして店舗の一掃を求めたが、水上業者も組合を結成して対抗し、市民間の対立が深刻化していた。
そこで那覇市は公的管理が及ぶ公設市場の必要性を認め、1950年、市が米軍管理用地約9800m2を借地契約し、1951年に牧志公設市場として開設した。
しかし、この用地は元々私有地だったため、1960年代に地主が返還を要求し始めると市場存続問題が生じた。市は一度は市場の移転と用地明け渡しを決定し、近くに移転先を確保したが、市場の業者たちがこの移転先について「人通りが少ない裏路地では商売にならない」と反対運動を起こしたため、交渉は難航することとなった。市は1969年、この移転用地に第二牧志公設市場を開設したが業者の移転は進まず結局、旧市場は第一牧志公設市場と改名して存続することとなった。その後、地主との交渉も決着し、第一牧志公設市場は1972年に現在の建物に立て替えられた。
両市場は「市民の台所」として戦後の沖縄を支えてきたが、1972年の本土復帰を境として本土資本の大手百貨店やスーパーマーケット進出のあおりを受け、徐々に客足が減退していくこととなる。2001年3月には第二牧志公設市場が閉鎖された。
第一牧志公設市場も店舗数は減少傾向にあるが、沖縄県の珍しい食材が安く購入できることや、食堂で家庭料理が安く味わえることからガイドブック等に掲載されるようになり、観光客が多く訪れるようになった。現在では那覇市を代表する観光スポットと変化しながら存続している。
なお、第二牧志公設市場の跡地は更地にされた後、「那覇市中心商店街にぎわい広場」として整備されており、個人の起業家などの小規模店舗を集めたスポットとなっている。
仮移転した第一牧志公設市場(2020年1月5日)。
現在の市場の建物は1972年に建設されたものであり老朽化していることから、2008年より市場の現状や課題を調査したうえで、建て替えが検討され、2019年6月16日で現行の建物での営業を終了し、7月1日に上記「にぎわい広場」に整備された仮設市場に移転した。
沿革
1951年 - 牧志公設市場として開設。
1969年 - 第二牧志公設市場が開設。それにより牧志公設市場が第一牧志公設市場へ改名。
2001年 - 第二牧志公設市場が閉鎖。
2019年 - 第一牧志公設市場が旧第二牧志公設市場跡に設置された仮設市場に移転。
2022年 - 第一牧志公設市場が元の場所に新築移転予定。
以上、wikiから抜粋して来た、第一牧志公設市場の歴史でした。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私の母は痩せの大食い(大食いと言っても標準よりも少し多く食べる程度ですが)の体質(比較的たくさん食べても痩せている体質)で(近所の実家の母は、年を取っても、よく食べるのに相変わらず痩せています)、私も私の母からの遺伝で、痩せの大食い(やはり大食いと言っても標準よりも少し多く食べる程度ですが)の体質(比較的たくさん食べても痩せている体質)なのですが、それに加えて、私の母は、痩せてはいるが筋肉質の体質で(まあ、母は、よく父と共通の趣味のゴルフに(父と)二人で行っているようですし、フィットネスクラブにも通っていて、割とよく運動はしているようなのですが、それでも、年齢の割に食べる量を考えたら、痩せの大食い体質と言わざるを得ませんw)、私も、母の痩せているが、筋肉質の体質と言うか、(運動をしなくても)筋肉がつき易い体質(ちなみに、私は、普段、運動は、ほとんどしていませんw)を受け継いでいて、(まあ、私の場合、肉を、たくさん食べていると言うのもあるのかもしれませんがw)、私は、細マッチョ系の体型です(フィットネスやジムで体を鍛えているという訳では全くないので(と言うか、普段、運動不足気味)、細マッチョの体型ではなく、あくまで、細マッチョ系の体型ですがw)。」
以下、参考の投稿。
アニメのテーマ曲他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3589006/page/30?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、「」内。去年の7月の前半の、他の方の投稿の、私のレスよりw
「私は元々筋肉質の体質で、肉が好きで肉をたくさん食べていると言うのもあるのかもしれませんがw、(運動をしなくても)筋肉がつき易い体質なのですが(普段、運動は、ほとんどしていないので、細マッチョの体型ではなく、あくまで、細マッチョ系の体型w)、コロナ騒動になってから、休日に外に遊びに行けなくなった分(ちなみに私は本来的には休日を外で過ごすのが好きです)、相対的に、家で彼女とエッチして過ごす時間が長くなり、(体重・体型は前と変わっていないと思いますが)、腹筋等、相対的に、より筋肉がついたような気がします(最近、風呂の鏡の自分の裸見てそんな気がしますw)。」
以下、参考の投稿。
Love Making Music他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_5/view/id/3705329/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「ちなみに、私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
私の今の彼女は、私の事を、「酒癖の良い男」と呼んでいます。何故ならば、彼女と二人きりで飲んでいて、私は酒に酔えば酔う程、彼女を賛辞する言葉・彼女の対する甘い言葉が、臆面もなく、どんどん飛び出て来るからです(彼女は、それは、まんざらではないようですw)。私は彼女よりもずっと年上の大人ではあるのですが、そうです、二人共馬鹿なんですw
ちなみに、私の今の彼女は、お酒が弱いです。」
ちなみに、私は、沖縄(okinawa)は保養・観光で、今まで結構訪れています。
以下、参考の投稿。
東京の大きな銀杏並木・青山SARA→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3755715?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下3つ。すぐ上でリンクを付けた投稿の関連投稿。
Dream Theater他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3617896/page/26?&sfl=membername&stx=nnemon2
葉山(hayama)のビーチ(beach)沿いのレストラン他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_1/view/id/3319926/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
車の運転の話他→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/3261475?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、「」内。前の他の方の投稿の、私のレスより。。。
「2012年9月の久米島の旅行時、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と付き合い始めの頃で、私も当時まだ30代の半ば終わり頃、彼女は、当時、まだ10代の大学生だったのですがw、旅行の後半で、久米島で、私も彼女も、沖縄県の台風を生まれて初めて体験してしまい、旅行の期間を当初の予定よりも延長したのですが、それも、沖縄の台風や台風後の状況等貴重な体験・経験出来て良かったねという事で、今でも、たまに、その時の事を、二人で思い返して、楽しんで話していますw 当初予定していなかった、那覇での第一牧志公設市場の食事も楽しみましたし。私と彼女は好奇心旺盛なバカップル的な面があるのでw(まあいざとなったら彼女を守る自信がありますし、本当に危険な事はしませんが)、台風の中、二人で、ホテルのフロントの人に「ちょっとホテルの庭に出てみていいですか?」と笑顔で聞いたら、何馬鹿な事を言っているんだと言った表情で「危ないので出られません!」と言った感じの事言われてしまいましたw
台風で飛行機が飛ばなかった為、久米島で宿泊していたホテルで、フロントで、延泊手続きの列に並んだのですが、他の宿泊客達が強気の値段でふっかけられているのを見て、私は、(フロントで慌てて延泊手続きをしている)他の宿泊客達を尻目に、彼女を連れて、私達の宿泊している客室に戻り、涼しい顔をして、じゃらんでネットで当日宿泊予約入れたら、おそらくホテルは「まさかこんな日に当日宿泊予約?」と驚き、調べてみたらホテルに宿泊中の客だと知りまた驚いたようで、慌てて、私達の部屋に飛んで来て、延泊手続きをしてくれました。これにより、私達はホテルの言い値よりも遥かに安く宿泊出来、また、フロントでは他の宿泊客達に強気の姿勢であったホテルの従業員が、(他の宿泊客達に安く泊まったと言わないでくれとはいいませんでしたが、他の宿泊客達に、私達が安く泊まっている事を知られたくなかったようで)私達に対しては、やけに低姿勢となり、良い事だらけでしたw 旅行を含めて、彼女が私と二人で過ごしている時のお金は全て私が出しているので、ホテルの言い値で延泊しても、じゃらん予約で遥かに安く延泊しても、彼女は関係ないのですが、何だか分からないけど、その事に関しても、彼女は「さすが!」と褒めてくれましたw」
以下、前に行った投稿から抜粋して来た物で、すぐ上の「」内の、彼女との久米(kume)島旅行時の物です。
以下、基本的に、前に行った投稿から抜粋して来た物で、9月(海水浴時期)に、彼女と、沖縄(okinawa)県(日本最南端の県)の久米(kume)島に、保養旅行に行って来た時の投稿から抜粋して来た物です。
久米(kume)島は、沖縄(okinawa)本島(hontou)(沖縄(okinawa)県の中心となっている、沖縄(okinawa)県で最大の島)から、西に、約100kmの位置にある、面積約60平方km、人口約7,000人の島です。
久米(kume)島は、沖縄(okinawa)本島(hontou)から、飛行機で、30分程です。
この旅行は、最後の方は、ちょっと観光をしましたが、基本的には、海水浴を中心とした、のんびり滞在型の旅行でした。
この時は、9月の下旬に(本当は、9月の前半に行きたかったが、旅行の計画と、私の仕事(私は小さな個人事業を営んでいます)と彼女の(バイトの)休み(彼女は当時大学生でした)の調整が遅れた)訪れましたが、沖縄(okinawa)県の海水浴時期は、基本的に、日本の他地域よりも、かなり長く、だいたい、4月から10月の終わり位までとなっています。沖縄(okinawa)県の海は、だいたい、10月の終わりまで泳げますが、9月の下旬は、さすがに、曇りの日は、水着だけで泳ぐのは、肌寒いと思います(私達は、二人共、保温性のある日焼け防止用等のラッシュガード(rash
guard)を持っているので(彼女の物は、私が買ってあげた物です)、曇りの日でも、寒さ的に問題はありませんでした)。もっとも、晴れていれば(太陽が出ていれば)、水着だけで泳いでも、寒さ的に、全く問題はなく、とても快適でした。沖縄(okinawa)の真夏(7月、8月)の日差しは、かなり厳しいですが、真夏に比べれば、日差しも、大分優しく、9月は、沖縄(okinawa)で、(おそらく)、台風が、最も多い月(この時、旅行の後半で、沖縄(okinawa)県の台風を生まれて初めて、体験してしまいました。現地の人には、申し訳ないですが、それは、それで、少し興味深かった)であると言う欠点はありますが、天候にさえ恵まれれば(晴れの日ならば)、むしろ、真夏よりも、ずっと快適でした。
写真以下3枚。この時、私達が、久米(kume)島で滞在したホテルのロビー(lobby)から眺めた、ホテルの目の前のビーチ(beach)の風景。



写真以下2枚。ホテルの客室(この時、私達が滞在した客室)のバルコニー(balcony)から眺めた、ホテルの目の前のビーチ(beach)の風景。



ホテルの目の前のビーチ(beach)。ホテルの目の前のビーチ(beach)は、全長2kmに渡って、美しい、白い砂浜が続くビーチ(beach)です。

ホテルの敷地から見た、ホテルの目の前のビーチ(beach)。

ホテルのプール(swimming
pool)。ビーチ(beach)と共に、とても空いていて、この旅行時、ホテルの前のビーチ(beach)での海水浴と、ホテルのプール(swimming
pool)での、プール(swimming pool)遊びを、ゆったりと楽しむ事が出来ました。
写真以下14枚。ハテ(hate)の浜。ハテ(hate)の浜は、久米(kume)島の東の沖にある、全長7kmの砂浜だけの無人島です。久米(kume)島からハテ(hate)の浜までは、小型の船(boat)で、15分から20分位です。この時、ハテ(hate)の浜では、のんびり、散歩・海水浴・シュノーケリング(snorkeling)を、楽しみました。














写真以下3枚。この時、久米(kume)島の、庶民的な居酒屋で彼女と2人で食べた、ある日の夕食の一部。

久米(kume)島産、車海老の焼き物。久米(kume)島は、車海老の養殖が盛んで、日本最大の車海老の産地となっています。久米(kume)島で食べる車海老は、安くて、美味しいです。

刺身盛り合わせ。安くて、美味しかったです。久米(kume)島は、海産物(seafood)が、豊富に取れるからか(まあ、沖縄(okinawa)県自体、古くから、海産物(seafood)が、豊富に取れる場所と言うイメージですが)、東京都心部に比べれば、土地代(家賃)が、無い様な物だからか(ちょっと大袈裟ですけど)、久米(kume)島の、(地元の人々の利用も、多い様な)居酒屋は、東京都心部の、普通の居酒屋と比べると、刺身が、はるかに安いです。
写真以下2枚。久米(kume)島産の、伊勢(ise)海老。伊勢(ise)海老(イセエビ。Japanese
spiny
lobster)は、日本及び、その周辺の、温暖な海に暮らす、大型の海老です。食用の海老で、日本で、よく食べられています(高級海老扱いとなっています)。この伊勢(ise)海老は、質に比べて、安かったです。美味しかったです。


前述の通り、この時、旅行の後半で、沖縄(okinawa)県の台風を生まれて初めて、体験してしまい、旅行の期間を当初の予定よりも延長したのですが、写真以下は、この時の旅行時、那覇(naha)の中心市街地で、遅い朝食兼昼食を食べ、買い物をした時の物です。
那覇(naha)は、沖縄(okinawa)本島(hontou)(沖縄(okinawa)県の中心となっている、沖縄(okinawa)県で最大且つ、最大の人口を有する島)の、南部に位置する中都市(中規模程度の人口を有する都市)で、沖縄(okinawa)県最大の人口を有する都市であると共に、沖縄(okinawa)県の中心都市です。

国際通り。国際通りは、那覇(naha)の都心部にある、全長約1.6kmの、那覇(naha)で一番賑やかな通りです。国際通り及び、国際通り周辺は、那覇(naha)のみならず、沖縄(okinawa)県で、最大の繁華街となっています。

国際通りで、買って飲んだ、サトウキビ(sugar cane)ジュース(juice)。一人、一杯ずつ飲みました。沖縄(okinawa)県では、サトウキビ(sugar cane)が多く栽培されていて、沖縄(okinawa)は、砂糖の主要な産地となっています。
写真以下。市場エリア(area)にて。。。(市場エリア(area)とは、正式な名称でも、一般的に、そう呼ばれている訳でも、地元の人が、そう呼んでいる訳でもなくて、便宜上、私が、そう呼んでいるだけです)。市場エリア(area)は、国際通り周辺(国際通り近く)の、規模の大きな、在来市場地区です。国際通りは、もちろん、地元の人々も、多いですが、どちらかと言えば、観光客向けの繁華街としての性格が強いのに対し、市場エリア(area)は、現在は、観光客も、とても多いですが、古くから、地元(那覇(naha))の、庶民の台所(日常的に、食料品等を買いに来る場所)としての性格を持っています。


写真以下2枚。市場エリア(area)の、沖縄(okinawa)の、伝統的な菓子を売る、庶民的な菓子店(まあ、市場エリア(area)の、ほとんどの店が、庶民的な店だと思いますが。。。)で、お菓子を買い食い。。。何れも、2人で分けて食べました。

胡麻サーターアンダギー(sata
andagi)と、バナナ(banana)サーターアンダギー(sata andagi)。サーターアンダギー(sata
andagi)は、沖縄(okinawa)県の、大衆的な、お菓子の一つで、揚げ菓子です(ドーナツ(doughnut)の様な物)。

黒糖ポーポー(popo)(チンビン(chinbin))。黒糖ポーポー(popo)(チンビン(chinbin))は、沖縄(okinawa)県の、伝統的な、お菓子(おやつ)の一つです。
写真以下。第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場にて。。。第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場は、市場エリア(area)の、中心的な施設であり、1階は、魚店を中心とした、様々な、多くの食料品店が入居し、2階は、庶民的な食堂街となっています。2階の食堂では、1階の魚店で購入した、魚介類(seafood)を、好きな調理法で、調理して貰い、食べる事が出来ます。
写真以下10枚。第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場の魚店の、店頭風景例。様々な、色鮮やかで、熱帯的な魚が並ぶ姿は、南の島の、市場のイメージ通り、また、沖縄(okinawa)は、古くから、海産物(seafood)が、豊富な場所と言うイメージがありますが、そのイメージ通りの風景です。


写真右下の魚は、おそらく、グルクン(gurukun)。間違っていたら済みません。








この日の、遅い朝食兼昼食は、第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場の、1階の魚店の一つで購入した、海産物(seafood)を、同じく、第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場の、2階の食堂の一つで、調理して貰い、食べました。
写真以下4枚。この時、私達が、第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場で、2階の食堂で調理して貰って食べる為に、1階の魚店で選んだ、魚介類(seafood)。

夜光貝(yakou貝)。一個、丸ごとはいらなかったので、一個の身の、半分を買いました。2階の食堂では、刺身にして貰いました。

ノコギリガザミ(nokogiri gazami)(蟹)。一個(一パイ)買いました。2階の食堂では、茹でて貰いました。

店頭に出ていませんでしたが、店の方と、色々と話していた所、勧められて、購入した魚。オコゼ(okoze)の一種? 一匹(一本)買いました。この時、魚店の方は、「醜い魚程、美味しい」と言っていましたが、なる程、実際に、美味しかったです(2階の食堂では、刺身と揚げ物にして貰いました)。

この時、私達が、魚店で、購入した物。上から、魚(オコゼ(okoze)の一種?)、蟹(ノコギリガザミ(nokogiri gazami))、貝(夜光貝(yakou貝))。貝は、貝殻だけしか写っていませんが、身の半分を買いました。
写真以下6枚。この時、私達が、第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場の、2階の食堂の一つで食べた、遅い朝食兼昼食等。第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場の、2階の食堂は、おそらく、昔は、市場関係者(市場で働く人達)と、地元の人が、利用者の中心であったと思いますが、現在は、観光客の利用が、非常に、多くなっています。

写真左は、彼女が、この時、飲んだ飲み物の一つ。マンゴー(mango)ジュース(juice)。写真右は、この時、私が飲んだ飲み物、オリオン(orion)ビールの、生ビール。オリオン(orion)ビールは、沖縄(okinawa)に本社と工場がある、日本の中規模ビール会社です。オリオン(orion)ビールは、沖縄(okinawa)で、最も多くビールを売り上げているビール会社であり、沖縄(okinawa)県のビール市場における、オリオン(orion)ビールのシェア(市場占有率)は、50%以上にもなります。オリオン(orion)ビールは、日本の標準的なビールと異なり、さっぱりとした味のビールで、沖縄(okinawa)県の熱帯性から亜熱帯性の気候に合うビールです。この時の、食事の内容ならば、全般的に、オリオン(orion)ビールも合いますが、泡盛(awamori)の方が、より合うと思いますが、泡盛(awamori)は、ちょっと、この旅行時に、たくさん飲んで飽きていたので、結局、この時は、オリオン(orion)ビールの、生ビールを、4杯、飲みました。
写真以下5枚。この食堂で食べた、この日の、遅い朝食兼昼食の一部(全て、二人で分けて食べました)。この他、スクガラス(sukugarasu)豆腐(沖縄(okinawa)料理の一つで、スクガラス(sukugarasu)(アイゴ(魚)の稚魚を塩漬けにした、沖縄(okinawa)の伝統的な保存食)を豆腐の上に載せた料理)、豚肉の三枚肉の煮物、グルクン(gurukun)の唐揚げ(揚げ物)を、食堂で、注文して食べました。グルクン(gurukun)は、沖縄(okinawa)県で、よく食べられている魚で、沖縄(okinawa)県の県魚(県の魚)となっている魚です。この時の、沖縄(okinawa)旅行時の、沖縄(okinawa)で食べる、最後の、食事と言う事で、かなり食べ過ぎてしまい、腹が、パンパンに(とても一杯に)なってしまいましたw(食事は、全て、2人で分けて食べたのですが、私が、多く食べました)。
写真以下4枚は、第一(daiichi)牧志(makishi)公設市場の、1階の魚店で買って、(2階の)この食堂で調理して貰った、魚介類(seafood)。

刺身。写真真ん中の、白い身の刺身は、魚店の方に勧められて、購入した魚(オコゼ(okoze)の一種?)。写真左下は、おまけの刺身。

夜光貝(yakou貝)の刺身。

蟹(ノコギリガザミ(nokogiri gazami))。

魚店の方に勧められて、購入した魚(オコゼ(okoze)の一種?)の、揚げ物。

タコライス(Taco-Rice)(下の補足説明参照)。
タコライス(Taco-Rice):沖縄(okinawa)料理。メキシコ料理のタコス(taco)(メキシコだけでなく、アメリカでも、よく食べられている食べ物)の具である挽肉・チーズ(cheese)等を、ご飯(rice)の上に載せた料理。沖縄(okinawa)で昔から食べられている伝統料理と言う訳では無く、アメリカ文化の影響を受けた、現代的な沖縄(okinawa)料理です。
遅い朝食兼昼食を取った後は、市場エリア(area)と、国際通りを、ぶらぶらして、買い物をしました(彼女に物を買ってあげた事を含む)。