以下、基本的に(参考の投稿を足す等しています)、2019年の5月に行った投稿の再掲です。
以下、基本的、前に行った投稿から抜粋して来た物で、彼女(私の今の彼女)と、前に(2014年に)、箱根(hakone)の歴史のある、温泉旅館に宿泊した時の小旅行から、抜粋して来た物です。ちなみに、この時、私の今の彼女は、まだ20歳の女子大生でしたが(私も、まだ30代の後期でしたが)、私は、当時から、特に遠慮はしないで(自然体で)、彼女に、大人の世界を見せて来ました。
5月の終わり、新緑の時期の、箱根(hakone)に、車で、彼女と、一泊2日で、小旅行に行って来た時の物です。
箱根(hakone)(東京圏の、南西端部に位置する)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です(箱根(hakone)は、日本有数の温泉地となっています)。
写真以下。この時、私達が、宿泊した、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaにある、高級温泉旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)。
岩崎(iwasaki)家は、三菱(mitsubishi)財閥(近代の日本で最大級の財閥(近代日本の、三大財閥又は四大財閥)の一つ。現在の、三菱(mitsubishi)group(日本最大級の企業グループ(conglomerate)の内の一つ))のオーナー(owner)であり、貴族(男爵)でもあった、資本家の家です。岩崎(iwasaki)家は、第二次世界大戦前は、たくさんの、とても広い敷地の、邸宅・別荘を保有していた様です
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)がある、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaは、第二次世界大戦前は、お金持ちの別荘が建ち並ぶ、お金持ちの為の、別荘地でしたが、現在は、温泉宿泊施設が建ち並ぶ、箱根(hakone)を代表する温泉保養地の一つとなっています(おそらく、第二次世界大戦後の、日本の上流階級の没落(下の補足説明参照)と、高度経済成長による、大衆社会(大衆が社会の中心となる社会)の到来により、第二次世界大戦後、かつての、上流階級(貴族、資本家、実業家等)の別荘の敷地の、ほとんどが、温泉宿泊施設(温泉旅館や、温泉リゾート(resort)ホテル)に変わった)。
第二次世界大戦後の、日本の上流階級の没落:第二次世界大戦後、農地改革・貴族制度の廃止・財閥の解体・財産税法の施行等と共に、地主、貴族、資本家等の、日本の上流階級は、かなりの土地と財産を処分せざるを得ませんでした。一方、この事により、日本の貧富の格差は、縮小し、第二次世界大戦後の、高度経済成長と共に、日本は、大衆社会(大衆が社会の中心となる社会)となりました。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、1949年に開業した、温泉旅館で、元々は(その前は)、岩崎(iwasaki)家(岩崎(iwasaki)家の分家)の、別荘であった物です。岩崎(iwasaki)家の、別荘と言っても、岩崎(iwasaki)家の本家(三菱(mitsubishi)財閥の当主家・男爵家)の、別荘ではなく、岩崎(iwasaki)家の分家の一つである、岩崎
康弥(iwasaki yasuya)(下の補足説明参照)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘であった物です。
岩崎
康弥(iwasaki yasuya):名前の読み方は、おそらく、yasuyaだと思いますが、間違っていたら済みません。岩崎
弥太郎(iwasaki
yataro)(1835年生まれ。1885年に亡くなる。三菱(mitsubishi)財閥家の、創始者。三菱(mitsubishi)財閥家の、初代当主)の、三男。東京の毛布(繊維)会社の、取締役(役員)を務めていました(岩崎(iwasaki)家の本家(三菱(mitsubishi)財閥の当主家)と違って、おそらく、貴族(男爵)の地位は、有していなかったと思います)。
岩崎 康弥(iwasaki yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘(現在は、温泉旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)となっている)は、敷地が、とても広いですが、元々は、現在よりも、ずっと広い敷地でした。
写真以下。この時、私達が、宿泊した、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaにある、高級温泉旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)。岩崎
康弥(iwasaki
yasuya)は、第二次世界大戦後の、1948年に、財産税を支払う為の資金の一部に充当する為、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘を、鈴木(suzuki)家(下の補足説明参照)に売却し、鈴木(suzuki)家は、この、岩崎
康弥(iwasaki yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘を改装し、1949年に、(この、かつての、岩崎
康弥(iwasaki
yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘を)、高級旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)として開業しました。
鈴木(suzuki)家:箱根(hakone)の、塔之沢(tounosawa)と言う地区の、高級温泉旅館、環翠楼(kansuirou)を経営し、又、当時、小田原(odawara)で、有数の、裕福な漁業経営者の家でもあった家。塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)(単純に、「環翠楼(kansuirou)」と言う場合、通常、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)ではなく、塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)の事を指します)は、1614年に創業した温泉旅館で、箱根(hakone)を代表する、歴史のある高級温泉旅館の一つとなっています。塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)も、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)も、現在も、鈴木(suzuki)家の経営の様ですが、少なくとも、現在は、塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)は、鈴木(suzuki)家の本家の経営であるのに対し、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、鈴木(suzuki)家の分家の経営であると言った感じで?(詳しくないので、間違っていたら、申し訳ありません)、それぞれ、経営は、別で(それぞれの経営は、独立しており)、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)の系列旅館(塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)の支店)と言った、関係ではないようです。
塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
1614年創業の歴史のある温泉旅館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753381/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の歴史のある温泉旅館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753380/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の歴史のある温泉旅館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753379/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、高級温泉旅館ですが、箱根(hakone)を代表する高級温泉旅館の一つと言う程ではなく、また、高級温泉旅館の中では、比較的、手頃な値段で泊まれる方です。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、この時で、個人的に、宿泊したのは、2回目でした。元々、我が家の近所の実家の両親に、落ち着いた、良い宿(良い宿泊施設)と、紹介されて、宿泊した温泉旅館です(私の両親は、既に、この温泉旅館(強羅(goura)環翠楼(kansuirou))に、7回程、宿泊している様です)。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、その歴史的な背景も含めて、個人的に、5つ星(five
star)に分類される旅館(日本旅館)だと思いますが、便利な最新設備を期待すると、全くの、期待外れです。設備やメンテナンス(maintenance)に関しては、外国の、5つ星(five
star)ホテルでも、「え?、この設備、このメンテナンス(maintenance)で、5つ星(five
star)?」と言う場合がありますが、この温泉旅館も、その様な感じです。ただし、客室の、トイレ(toilet)の設備の質に関しては、日本の、中上級classから高級classの宿泊施設の標準(高級classの宿泊施設では、当たり前)と言った感じで、(外国の、同classの宿泊施設と比べると)、良いです。
以下、以下の投稿の続きです。強羅(goura)環翠楼(kansuirou)(以下、この温泉旅館と言います)の概要に関しては、以下の投稿(「1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館1」及び「1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館2」)を、この温泉旅館の客室及び温泉風呂に関しては、「1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館3」を参照して下さい。
1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3756783?&sfl=membername&stx=nnemon2
1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3756782?&sfl=membername&stx=nnemon2
1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3756781?&sfl=membername&stx=nnemon2
前述の通り、この温泉旅館は、かつて、岩崎 康弥(iwasaki yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘であった物です(敷地は、広いですが、前述の通り、元々は、現在よりも、ずっと広い敷地でした)。
この温泉旅館の食事は、夕食、朝食共に、部屋出し(食堂(dining room)で食べるのでは無く、ホテルのroom serviceの様に、部屋まで料理が運ばれて来て、部屋で料理を食べる形式。もっとも、基本的に、料理が、一度に運ばれて来るroom serviceと異なり、料理は、夕食の場合、基本的に、一皿ずつ、出来立ての物が、運ばれて来る)です。
写真以下16枚。この温泉旅館で食べた、この日の夕食等。
この夕食時に、私が、主に飲んだ飲み物。石井(ishii)醸造(jyouzo)(大井(ooi)町(神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県。箱根(hakone)も含まれる)の、比較的、箱根(hakone)に近い場所に位置する町)の、1870年創業の、日本酒の会社)の、箱根街道(hakonekaido)と言う日本酒(アルコール(alcohol)度数は、約16%。日本酒としては、まあ標準的な、アルコール(alcohol)度数)。
写真以下15枚。この温泉旅館で食べた、この日の夕食。全て、一人一皿ずつです(写真は、一人分です)。料理は、一品ずつ、部屋(客室)に、運ばれて来ます。この温泉旅館の料理は、創造性に富んだ料理と言う訳ではないが、普通に、素直に、美味しく、とても安心感のある、高品質な、旅館の料理と言った感じです。
写真真ん中の物は、食前酒(何の、食前酒だったのか、ちょっと忘れたw)。
前菜。稚鮎(魚)唐揚げ(揚げ物)、車海老(海老)生姜煮、根三つ葉とズワイ蟹(蟹)の湯葉(豆乳から出来る食材)和え、姫サザエ(貝)煮、五色巻き寿司等。
海栗(生海胆)、胡麻豆腐。
鱧(魚)の、お吸い物。
刺身(鯵、鮪、白身魚、縞海老(海老))。
里芋、穴子(魚)等の、煮物。
写真以下2枚。和牛(日本原産の高級牛肉)の、ステーキ(beef steak)。
甘鯛(魚)の揚げ物。
酢の物(生ジュンサイ、鮑、ミル貝、諸胡瓜、とろろ(tororo)等)。
蜆(シジミ・貝)ご飯(rice)、味噌汁(miso soup)、漬物。蜆(シジミ・貝)ご飯(rice)は、お代わり自由(食べ放題)です。
デザート(dessert)。
写真以下4枚。翌日(この時の、2日目。以下、この日と書きます)の朝、部屋(この時、私達が宿泊した客室)から見た景色。
写真以下。この温泉旅館で食べた、この日の朝食。この旅館は、朝食も、部屋出し(食堂(dining
room)で食べるのでは無く、ホテルのroom
serviceの様に、部屋まで料理が運ばれて来て、部屋で料理を食べる形式)となっています。全て、一人一皿ずつです(写真は、一人分)。朝食の内容は、これと、あと、ご飯(rice)です。
豆腐。温めて、固まると豆腐になります。
「1949年開業の古いの別荘を改装した温泉旅館」、終わり。。。