以下、基本的、前に行った投稿から抜粋して来た物で、彼女(私の今の彼女)と、前に(2014年に)、箱根(hakone)の歴史のある、温泉旅館に宿泊した時の小旅行から、抜粋して来た物です。ちなみに、この時、私の今の彼女は、まだ20歳の女子大生でしたが(私も、まだ30代の後期でしたが)、私は、当時から、特に遠慮はしないで(自然体で)、彼女に、大人の世界を見せて来ました。
5月の終わり、新緑の時期の、箱根(hakone)に、車で、彼女と、一泊2日で、小旅行に行って来た時の物です。
箱根(hakone)(東京圏の、南西端部に位置する)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です(箱根(hakone)は、日本有数の温泉地となっています)。
写真以下。この時、私達が、宿泊した、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaにある、高級温泉旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)。
岩崎(iwasaki)家は、三菱(mitsubishi)財閥(近代の日本で最大級の財閥(近代日本の、三大財閥又は四大財閥)の一つ。現在の、三菱(mitsubishi)group(日本最大級の企業グループ(conglomerate)の内の一つ))のオーナー(owner)であり、貴族(男爵)でもあった、資本家の家です。岩崎(iwasaki)家は、第二次世界大戦前は、たくさんの、とても広い敷地の、邸宅・別荘を保有していた様です
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)がある、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaは、第二次世界大戦前は、お金持ちの別荘が建ち並ぶ、お金持ちの為の、別荘地でしたが、現在は、温泉宿泊施設が建ち並ぶ、箱根(hakone)を代表する温泉保養地の一つとなっています(おそらく、第二次世界大戦後の、日本の上流階級の没落(下の補足説明参照)と、高度経済成長による、大衆社会(大衆が社会の中心となる社会)の到来により、第二次世界大戦後、かつての、上流階級(貴族、資本家、実業家等)の別荘の敷地の、ほとんどが、温泉宿泊施設(温泉旅館や、温泉リゾート(resort)ホテル)に変わった)。
第二次世界大戦後の、日本の上流階級の没落:第二次世界大戦後、農地改革・貴族制度の廃止・財閥の解体・財産税法の施行等と共に、地主、貴族、資本家等の、日本の上流階級は、かなりの土地と財産を処分せざるを得ませんでした。一方、この事により、日本の貧富の格差は、縮小し、第二次世界大戦後の、高度経済成長と共に、日本は、大衆社会(大衆が社会の中心となる社会)となりました。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、1949年に開業した、温泉旅館で、元々は(その前は)、岩崎(iwasaki)家(岩崎(iwasaki)家の分家)の、別荘であった物です。岩崎(iwasaki)家の、別荘と言っても、岩崎(iwasaki)家の本家(三菱(mitsubishi)財閥の当主家・男爵家)の、別荘ではなく、岩崎(iwasaki)家の分家の一つである、岩崎 康弥(iwasaki yasuya)(下の補足説明参照)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘であった物です。
岩崎 康弥(iwasaki yasuya):名前の読み方は、おそらく、yasuyaだと思いますが、間違っていたら済みません。岩崎 弥太郎(iwasaki yataro)(1835年生まれ。1885年に亡くなる。三菱(mitsubishi)財閥家の、創始者。三菱(mitsubishi)財閥家の、初代当主)の、三男。東京の毛布(繊維)会社の、取締役(役員)を務めていました(岩崎(iwasaki)家の本家(三菱(mitsubishi)財閥の当主家)と違って、おそらく、貴族(男爵)の地位は、有していなかったと思います)。
岩崎 康弥(iwasaki yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘(現在は、温泉旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)となっている)は、敷地が、とても広いですが、元々は、現在よりも、ずっと広い敷地でした。
写真以下。この時、私達が、宿泊した、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaにある、高級温泉旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)。岩崎 康弥(iwasaki yasuya)は、第二次世界大戦後の、1948年に、財産税を支払う為の資金の一部に充当する為、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘を、鈴木(suzuki)家(下の補足説明参照)に売却し、鈴木(suzuki)家は、この、岩崎 康弥(iwasaki yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘を改装し、1949年に、(この、かつての、岩崎 康弥(iwasaki yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘を)、高級旅館、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)として開業しました。
鈴木(suzuki)家:箱根(hakone)の、塔之沢(tounosawa)と言う地区の、高級温泉旅館、環翠楼(kansuirou)を経営し、又、当時、小田原(odawara)で、有数の、裕福な漁業経営者の家でもあった家。塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)(単純に、「環翠楼(kansuirou)」と言う場合、通常、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)ではなく、塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)の事を指します)は、1614年に創業した温泉旅館で、箱根(hakone)を代表する、歴史のある高級温泉旅館の一つとなっています。塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)も、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)も、現在も、鈴木(suzuki)家の経営の様ですが、少なくとも、現在は、塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)は、鈴木(suzuki)家の本家の経営であるのに対し、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、鈴木(suzuki)家の分家の経営であると言った感じで?(詳しくないので、間違っていたら、申し訳ありません)、それぞれ、経営は、別で(それぞれの経営は、独立しており)、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)の系列旅館(塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)の支店)と言った、関係ではないようです。
塔之沢(tounosawa)の環翠楼(kansuirou)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
1614年創業の歴史のある温泉旅館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753381/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の歴史のある温泉旅館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753380/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の歴史のある温泉旅館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753379/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、高級温泉旅館ですが、箱根(hakone)を代表する高級温泉旅館の一つと言う程ではなく、また、高級温泉旅館の中では、比較的、手頃な値段で泊まれる方です。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、この時で、個人的に、宿泊したのは、2回目でした。元々、我が家の近所の実家の両親に、落ち着いた、良い宿(良い宿泊施設)と、紹介されて、宿泊した温泉旅館です(私の両親は、既に、この温泉旅館(強羅(goura)環翠楼(kansuirou))に、7回程、宿泊している様です)。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)は、その歴史的な背景も含めて、個人的に、5つ星(five star)に分類される旅館(日本旅館)だと思いますが、便利な最新設備を期待すると、全くの、期待外れです。設備やメンテナンス(maintenance)に関しては、外国の、5つ星(five star)ホテルでも、「え?、この設備、このメンテナンス(maintenance)で、5つ星(five star)?」と言う場合がありますが、この温泉旅館も、その様な感じです。ただし、客室の、トイレ(toilet)の設備の質に関しては、日本の、中上級classから高級classの宿泊施設の標準(高級classの宿泊施設では、当たり前)と言った感じで、(外国の、同classの宿泊施設と比べると)、良いです。
以下、以下の投稿の続きです。強羅(goura)環翠楼(kansuirou)(以下、この温泉旅館と言います)の概要に関しては、以下の投稿(「1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館1」及び「1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館2」)を参照して下さい。
1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3756783?&sfl=membername&stx=nnemon2
1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3756782?&sfl=membername&stx=nnemon2
前述の通り、この温泉旅館は、かつて、岩崎 康弥(iwasaki yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘であった物です(敷地は、広いですが、前述の通り、元々は、現在よりも、ずっと広い敷地でした)。
前々回の投稿及び前回の投稿でも、アップしましたが、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の敷地内の、建物、及び、客室の、配置図。強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の敷地は、とても広いですが、客室は、わずか、14室しかなく、落ち着いて過ごせる温泉旅館です。強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の食事は、夕食、朝食共に、部屋出し(食堂(dining room)で食べるのでは無く、ホテルのroom serviceの様に、部屋まで料理が運ばれて来て、部屋で料理を食べる形式。もっとも、基本的に、料理が、一度に運ばれて来るroom serviceと異なり、料理は、夕食の場合、基本的に、一皿ずつ、出来立ての物が、運ばれて来る)で、また、14室の客室の内、宿泊費が、比較的高い9部屋には、温泉風呂が付いており、プライバシー(privacy)が確保されている事からか、作家や、芸能人も、この温泉旅館を利用している様です。この温泉旅館を利用する、作家や、芸能人は、日本国内の、作家や芸能人が中心ですが、外国の有名人では、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)等が、この温泉旅館に宿泊した事がある様です。
前述の通り、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の敷地は、とても広いですが、客室は、わずか、14室しかありません(14室の客室の内、宿泊費が、比較的高い9部屋には、温泉風呂が付いています)。
写真以下。強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の客室例。。。
紅葉時期の、宿泊費が高い客室から眺めた景色。この温泉旅館の、パンフレット(booklet)より。。。この温泉旅館には、紅葉時期は、宿泊した事がありませんが、紅葉時期の、庭園と、客室から眺める景色は、とても綺麗なようです。
古いポスター(poster)より。。。この温泉旅館の、人数が、比較的、多い家族で滞在出来る、広い客室の内の一つ。この客室は、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の客室の内、岩崎
康弥(iwasaki
yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘であった時、ほとんど、そのままの姿の部屋の客室の内の一つのようです。客室には、温泉風呂が付いています。ちなみに、強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の、14の客室の内、3つの客室が、人数が、比較的、多い家族での滞在に対応出来る広さの客室となっていますが、この内、宿泊費が、最も高く、広さが、最も広い客室は、客室に、温泉風呂が、二つ付いているようです。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の客室の内、岩崎 康弥(iwasaki
yasuya)の、箱根(hakone)の、強羅(goura)areaの別荘であった時に、岩崎 康弥(iwasaki
yasuya)が好んだ部屋の客室の、窓際。。。客室には、温泉風呂が付いています。この温泉旅館の、パンフレット(booklet)より。。。
この温泉旅館の、14室の客室の内、宿泊費が、比較的高い9部屋には、温泉風呂が付いていますが、写真左は、この温泉旅館の、客室の温泉風呂の例。。。この温泉旅館の、パンフレット(leaflet)より。。。
この温泉旅館の、14室の、客室は、全て、客室の間取り(構造)、デザイン(design)が、異なるようです。
写真以下19枚。この時、私達が、この温泉旅館で宿泊した客室。この温泉旅館で、安いclassの客室に宿泊しました(ちなみに、前回、この温泉旅館に、宿泊した時(初めて、この温泉旅館に宿泊した時)も、この温泉旅館で、安いclassの客室に宿泊しました)。この温泉旅館の、14室の客室の内、宿泊費が、比較的高い9部屋には、温泉風呂が付いていますが、宿泊費が、安いclassの5部屋には、部屋に温泉風呂が付いていません(この部屋も、部屋に、温泉風呂は付いていません)。日本伝統式に、一部西洋式を取り入れた感じの、客室となっています。
部屋においてある、無料の、お菓子。箱根(hakone)の、ちもと(chimoto)と言う、和菓子(日本伝統菓子)店(和菓子(日本伝統菓子)会社)の、湯もち(yumochi)と言う、和菓子(日本伝統菓子)です。ちもと(chimoto)の、湯もち(yumochi)は、個人的に、美味しいと思い、お気に入りの、箱根(hakone)の、お菓子となっています。
写真以下4枚。客室の、西洋式の部分。
写真以下5枚。客室から眺めた景色。。。
強羅(goura)環翠楼(kansuirou)の温泉風呂は、14室の客室の内、宿泊費が、比較的高い9部屋には、温泉風呂が付いている他に、男用の共同温泉露天(野外)風呂、女用の共同温泉露天(野外)風呂、2つの、屋内(室内)共同温泉風呂(男女別の共同温泉風呂形式だが、2つある、屋内(室内)共同温泉風呂の内、どちらが、男用の共同温泉風呂、どちらが、女用の共同温泉風呂と固定的に決まっている訳ではなく、時間によって、男用の共同温泉風呂と、女用の共同温泉風呂が、入れ替わる形式)があります。この温泉旅館の、温泉の湯は、客室の温泉風呂の湯を含めて、全て、源泉かけ流しのようです。
写真以下14枚。この温泉旅館の、男用の、共同温泉露天(野外)風呂。私、一人で、貸切り状態の時に撮影。。。女用の共同温泉露天(野外)風呂も、似た感じだと思います。
写真以下8枚。温泉露天(野外)風呂からの景色。。。
写真以下9枚。この温泉旅館の、屋内(室内)共同温泉風呂。何れも、一人で貸切り状態の時に撮影。共同温泉風呂としては、かなり小さいですが、この温泉旅館は、とても広い敷地の割に、宿泊収容人数は、少なく、客室は、14室しかない上に、14室の客室の内、宿泊費が、比較的高い9部屋には、温泉風呂が付いていて、比較的高い客室に宿泊している宿泊客は、屋内(室内)共同温泉風呂よりも、客室の温泉風呂を、比較的、よく利用している為、あまり問題はありません。この温泉旅館には、2つの、屋内(室内)共同温泉風呂がありますが、2つある、屋内(室内)共同温泉風呂の内、どちらが、男用の共同温泉風呂、どちらが、女用の共同温泉風呂と固定的に決まっている訳ではなく、時間によって、男用の共同温泉風呂と、女用の共同温泉風呂が、入れ替わる形式となっています。
写真以下4枚。この温泉旅館の、二つある、屋内(室内)共同温泉風呂の一つ。
写真以下5枚。この温泉旅館の、二つある、屋内(室内)共同温泉風呂の一つ。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
1949年開業の古い別荘を改装した温泉旅館4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3756780?&sfl=membername&stx=nnemon2