以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)から抜粋して来た物です。
日本の飛行機の歴史他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3890064?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、基本的に、2017年の3月の下旬に行った投稿から抜粋して来た物です(投稿文は、2017年の3月の下旬の投稿を前提としています)。
この投稿は、前に、行った投稿の中から、日本の飛行機に関連する物を抜粋した物です。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。
日本の飛行機の歴史他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3890065?&sfl=membername&stx=nnemon2
第二次世界大戦において、敗戦国となった(連合軍に対して、無条件降伏した)日本は、連合国軍(実質的には、アメリカ)の機関により、第二次世界大戦後、しばらくの間、飛行機の開発・生産が禁止されてしまいました(大学の授業から航空力学の科目を取り除かれもしました)。これにより、(1930年代後半以降、第二次世界大戦までは、世界有数の飛行機の技術を有する国であった)日本の飛行機の技術の、発展は、しばらくの間、空白となって(途絶えて)しまいました。しかしながら、行き場を失った、日本の飛行機の開発者・技師(engineer)達の多くは、自動車産業へと移り(自動車の開発者・技師(engineer)へと転職し)、(もちろん、飛行機の技術と、自動車の技術は、似ている部分もあるが、異なる部分も多いので、それにより、日本の自動車技術が、直ちに、世界水準に達した訳ではなく、日本の自動車技術が、世界水準に達するには、時間がかかりましたが)、第二次世界大戦後の、日本の自動車技術及び自動車産業の発展の基礎を築くのに、少なからぬ貢献をしました。
中島(nakajima)飛行機は、1917年から1945年まで存在した、日本の、大規模、飛行機会社で、第二次世界大戦が終わるまで、三菱(mitsubishi)重工業(下の補足説明参照)と共に、日本の、2大、飛行機会社であり、三菱(mitsubishi)重工業と共に、日本最大級、且つ、世界的に見ても、規模の大きな、飛行機会社でした。中島(nakajima)飛行機は、第二次世界大戦において、三菱(mitsubishi)重工業と共に、日本軍に、最も、多くの軍用機を提供しました。
三菱(mitsubishi)重工業:1884年創業。日本最大級の重工業会社の一つであり、日本を代表する重工業会社の一つ。
中島(nakajima)飛行機を前身とする、日本の、大規模、自動車会社、prince自動車(後で紹介します)と、スバル(subaru)は、何れも、技術志向の(技術を重視した)、自動車会社ですが、高級自動車会社を目指した(高級自動車会社であった)、prince自動車は、滅び、1966年に、日産(nissan)自動車(日本の、三大、自動車会社の一つ)に吸収され、大衆自動車会社を目指した(大衆自動車会社である)、スバル(subaru)は、現在まで、存続しています。
prince自動車(1947年から1966年に存在した自動車会社)は、中島(nakajima)飛行機と立川(tachikawa)飛行機(1924年に設立された、日本の飛行機会社)(前回の投稿で紹介しています)を、前身とする自動車会社です。
prince自動車は、1947年から、1966年に、日産(nissan)自動車に吸収されるまで存在した、日本の、大規模自動車会社(ただし、大規模自動車会社としては、規模は、小さい)で、高級自動車会社です。

平塚(hiratsuka)市美術館(東京の、南部近郊にある美術館)で、2009年に開催された、日産(nissan)の自動車のデザイン(design)の歴史の展覧会(exhibition)より。。。Prince、SKYLINE BLRA-3。1962年に、デビュー(debut)した、prince自動車の、高級自動車です。デザイン(design)は、イタリアの、Giovanni Michelottiが手掛けました。
写真以下5枚。2代目、Prince、GLORIA(S40型系、Prince、GLORIA)。1962年に、デビュー(debut)した、prince自動車の、中型の、高級自動車です。2代目、Prince、GLORIA(S40型系、Prince、GLORIA)に搭載されていた、2.0
L(1988cc)の、直列6気筒の、PRINCE自動車製の、エンジン(engine)は、おそらく、当時、2.0L以下の自動車のエンジン(engine)としては、世界でも、最高水準の性能でした(おそらく、当時、このPRINCE自動車製の、直列6気筒、2.0L
(1988cc)エンジン(engine)に匹敵する水準の、2.0L以下の自動車のエンジン(engine)を設計・製造する技術力を有する自動車会社は、世界でも、BMW位でした)。2代目、Prince、GLORIA(S40型系、Prince、GLORIA)は、デザイン(design)も、中々、良い(デザイン(design)も、優れている)自動車だと思います。可能性は、低かったと思いますが、2代目、Prince、GLORIA(S40型系、Prince、GLORIA)は、prince自動車が、滅びずに、順調に発展して行ったら、BMWの様な、高級自動車会社になっていたのではないかと感じさせる様な自動車です。
以下3枚の写真は、借り物。



写真以下2枚。PRINCE&SKYLINE MUSEUM(長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)にある、自動車博物館)の展示より。。。
写真以下2枚。写真は、借り物。Prince、R380(1966年に、prince自動車が、日産(nissan)自動車に吸収された後は、Nissan R380と改名)。Prince、R380は、1965年に登場した、prince自動車が開発した、レーシングカー(racing car)です。Prince、R380(Nissan R380)は、日本国内の自動車レース(car racing)において、Porscheのレーシングカー(racing car)を破り、活躍しました。Prince、R380(Nissan R380)は、1967年に、7つの、世界速度、新記録を樹立しました(wikiより。。。)。

写真の作者:Mytho88

写真の作者:Iwao
写真以下2枚(写真は、借り物)。Prince
Royal。以下、Prince Royalに関する説明は、wikiを参考にしました。Prince
Royal(1967年に登場)は、(日産(nissan)自動車に吸収される前において)prince自動車が開発し、1967年から1972年にかけて日産(nissan)自動車が製造した(7台が、製造され、納入されました)、日本の、皇室(天皇家)専用の、V型8気筒W64型6.4L(6,473cc)の、エンジン(engine)(日本製の乗用車用のエンジン(engine)としては、歴史上、最大級のエンジン(engine))を搭載した、乗用車です。
日本の皇室(天皇家)は、1912年、公式の乗り物として、馬車に代えて自動車を初めて採用しましたが、以来、公式の自動車は、Prince
Royalが採用されるまでは、第二次世界大戦前後を通じて、全て、ロールス・ロイス(Rolls-Royce)等の、輸入、大型、高級自動車を採用して来ました(何故なら、それまで、日本には、先進国の、皇室・王族・国家元首が、公式の自動車として使用するに値する程の水準の、limousineタイプの、大型の、高級乗用車を、独自に、開発・製造する技術がなかったからです)。
Prince
Royalは、一般には、販売されませんでしたが、仮に、一般に販売されて、日本の、金持ち達に支持されて、成長して行ったのならば、もしかしたら、日本版の、ロールス・ロイス(Rolls-Royce)の様な、ブランド(brand)になっていたかもしれません。ちなみに、現在の(Prince
Royalの後継の)、日本の皇室(天皇家)の、公式の自動車は、2006年から2008年に、トヨタ(toyota)自動車が製造した、トヨタ(toyota)自動車の、日本の、皇室(天皇家)専用の(一般には、販売されない)、V型12気筒、5Lエンジン(engine)の乗用車、トヨタ(toyota)CENTURY
ROYALです(4台が製造され、納入されました)。ちなみに、日本の皇室(天皇家)の、歴代の、公式の自動車は、Daimler
(1912年から)、ロールス・ロイス(Rolls-Royce)(1921年から)、Mercedes-Benz(1932年から。ただし、ロールス・ロイス(Rolls-Royce)も、1936年まで、使用されている)、Cadillac(1951年から。。。ただし、1957年と、1961年に、ロールス・ロイス(Rolls-Royce)も導入されている)、Prince
Royal(1967年から)、トヨタ(toyota)CENTURY
ROYAL(2006年から)となっており、何となく、その時々の、日本の、国情、世界状況、世界の国々の趨勢を、反映している様な気がします。

写真の作者:Photo by me.

写真の作者:Photo by me.
prince自動車が、存在した時代は、第二次世界大戦直後の混乱は、一段落したけど、まだ、経済復興の途中で、日本は、まだ貧しく、第二次世界大戦以前や第二次世界大戦直後の貧しさの名残があった時代です。その一方において、誰もが、日本が急速に経済成長をしている事を実感出来て、いつかは、日本が欧米の富裕な先進国に追いつき追い抜くだろうと言う希望と、いつかは、日本を欧米の富裕な先進国に追いつき、追い抜かせて見せると言う気迫に満ち溢れていた時代と言った感じでしょうか。。。日本は、第一次世界大戦(1914年から1918年)が終る頃には、名実共に、工業国且つ世界の大国(列強)の一つとなりましたが(日本は、第一次世界大戦後は、戦勝国且つ資本主義工業国且つ大国として、イギリス、フランス、イタリアと共に、国際連盟(League
of
nations)の発足時の常任理事国となりました)、その一方で、日本と、(日本よりも遥かに前から、強力に工業化やインフラ(infrastructure)整備を推し進めていた)イギリス、ドイツ、アメリカ等との差は、ずっと大きく、また、日本は、途中、第二次世界大戦において、各産業が壊滅的な損害を被った事等もあって、(日本は)、1960年代初め頃まで(特に1950年代頃まで)は、南欧諸国(イタリア、スペイン、ポルトガル(Portugal)、ギリシア(Greece))等と共に、資本主義工業国(若しくは、資本主義的な工業国。第二次世界大戦後は、西側先進工業国)の中では、最も貧しく、農業国的で、後進的なグループ(group)に属していました。
スバル(subaru)と同じ、中島(nakajima)飛行機を前身とする、自動車会社でも、大衆的な自動車会社を目指した(大衆的な自動車会社であった)、スバル(subaru)と異なり、高級自動車会社を目指した(高級自動車会社であった)、prince自動車は、経営が上手く行かなくなり、1966年に、日産(nissan)自動車(日本の、三大、自動車会社の一つ)に吸収され、消滅しました。
prince自動車が、滅んだ、主な理由として、会社の規模から考えて、収益性(利益)を、度外視した(無視した)、研究開発費の高さ(prince自動車の、当時の、研究開発費は、(prince自動車よりも、はるかに(ずっと)大きな自動車会社であった)、当時の、日産(nissan)自動車よりも高かった様です。現在の感覚で言えば、Mazdaやスバル(subaru)の、研究開発費が、トヨタ(toyota)とまでは行かないが、日産(nissan)や本田(honda)を、上回ると言った、イメージかな。。。)と、高級自動車会社を支える程、まだ、日本の国内市場(日本の消費者)が豊かではなかったと言う事が挙げられます。日本の国内市場だけでは、不十分であるのならば、海外で(世界で)、売れば良いかとも思いますが、当時は、まだ、自動車を含む、日本の工業製品の、ブランド(brand)力は、全般的に、あまり高くはなく、日本の自動車会社が、いきなり、世界に、高級自動車を販売しても、たくさん売るのは、無理であったと思います。例えば、現在において、スペインや、ポルトガル(Portugal)、ギリシャから、Mercedes-BenzやBMWと同程度の技術力を有する(逆に言えば、全般的に、Mercedes-BenzやBMWを超える技術力ではない)自動車会社が登場したとしても、いきなり、世界で、たくさんの、高級自動車を売るのは無理であると思います。仮に、prince自動車が、(全ての国々を合わせれば)、当時の日本とは、比べ物にならない位の、富裕層がいた、当時の、ヨーロッパに存在した自動車会社であったのならば、prince自動車は、滅びる事はなく、Mercedes-BenzやBMWとまでは行かないが、Alfa
RomeoやSaab自動車(Saab自動車は、近年、破産しましたが。。。)程度の、自動車会社・自動車brandとして、存続していたかもしれません。
prince自動車は、経営が上手く行かなくなり、1966年に、日産(nissan)自動車に吸収され、消滅しましたが、prince自動車の技術者及び技術は、日産(nissan)自動車の経営方針の制約を受けながらも、日産(nissan)自動車に承継されました。日産(nissan)自動車(1911年創業。1910年代に乗用車の生産を開始)は、トヨタ(toyota)(1936年に乗用車の生産を開始)等と共に、日本の自動車会社の中では、比較的、乗用車の生産の歴史の長い会社であり、1980年代までは、トヨタ(toyota)と共に、日本の、2大、自動車会社でした。
以上、基本的に、2017年の3月の下旬に行った投稿(投稿文は、2017年の3月の下旬の投稿を前提としています)から抜粋して来た物でした。
以上、「日本の飛行機の歴史他2」と言う投稿から抜粋して来た物でした。
スバル(subaru)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
日本の飛行機の歴史他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3890064?&sfl=membername&stx=nnemon2
日本の飛行機の歴史他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3890063?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、参考の投稿・関連投稿。
日本の飛行機の歴史他4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3890062?&sfl=membername&stx=nnemon2
日産(nissan)SKYLINE→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3979691/page/14?&sfl=membername&stx=nnemon2
広島1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3891724/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2