
見た目にはきわめて重要なポストでありながら、歴代の国連事務総長はどちらかと言うと大した実績を上げてこなかった。
アメリカの国連大使だったダニエル・パトリック・モイニハンは、自身の回顧録「危険な場所」のなかで、70年代に事務総長を務めたオーストリア人のクルト・ワルトハイムをこう評している。彼は「郵便局」のようだった。「やや古臭いが、オーストリア・ハンガリー風にそこそこ効率的な経営がされていた。誰かと向き合うと、世間話をしながら心のなかでは郵便の仕分けをしているような男だ」
ブトロス・ブトロス・ガリ元事務総長はどうか。90年代のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でセルビア人勢力が破壊の限りを尽くしているとき、彼は傲慢さと無責任さを発揮。クリントン米政権は、ガリの再選に拒否権を発動した。コフィ・アナン前事務総長は、息子のコジョがイラクでの国連石油・食料交換計画で不正報酬を得ていたことが発覚して評価を下げた。
だがこれだけ情けない前任者たちと比べても、今の潘基文(バン・キムン)事務総長の無能ぶりは際立っている。韓国外交通商部長官(外相)から現職に転じた後の2年半の間に、何かとんでもない失敗を犯したというわけではない。
だがグローバルな指導力が切実に必要とされ、地球温暖化や国際テロ、60年ぶりの金融危機への対応が求められているときに、潘は世界中で名誉学位を収集して歩き、見事なまでに何も記憶に残らない声明を発表し、事務総長として影響力を発揮できたかもしれない貴重な機会を無駄にすることに費やしている。
彼は、行き当たりばったりに世界のあちこちを旅するいわば「偶然の旅行者」になった。遊び半分の事務総長だ。

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