以下、参考の投稿。
小津 安二郎映画「晩春」他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_2/view/id/3580708/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下の投稿の続きです。
1878年からの歴史を有するリゾートホテル1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3758985?&sfl=membername&stx=nnemon2
1878年からの歴史を有するリゾートホテル2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3758984?&sfl=membername&stx=nnemon2
ちなみに、以下の投稿文で、「ちなみに、私よりも、両親の方が、遥かに(ずっと)、お金に、ゆとりがあります(お金を、たくさん、持っていますw)」とありますが、それは、謙遜表現である事を汲んで下さい。それに関しては、以下の2つの投稿を参照して下さい。まあ、両親は、両親で、しっかりとした安定した資産を築いている事は、確かですが。
以下、参考の投稿。
幸せに生きる方法→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3657538/page/20?&sfl=membername&stx=nnemon2
母方の祖母の話→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658687/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、「」内。上でリンクを付けた2つの投稿と合わせて参考に、基本的に、2020年の5月の初めの私の投稿の他の方のレスに対する、私のレスから抜粋して来た物です。
「以下、私の前の投稿から抜粋して来た物です。
私は、小さな個人事業を営んでいるのですが、会社も個人も、借金は、一切ありません。
ちなみに、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。。
「個人的に、飲む打つ買うの内、打つ買うはやらない男で、私はキャバクラ(kyabakura)(下の補足説明参照)・風俗に行ったり、ギャンブル(パチンコや競馬)をするタイプの男ではありません(個人的に(あくまでの個人的に)、その様な事に、お金を使う事は、無駄金を使う事だと思い、故に、その様な事に、お金を使わない主義です)。
キャバクラ(kyabakura):私は、昔から(若い頃から)、キャバクラ(kyabakura)には、全く、興味がなく、キャバクラ(kyabakura)は、仕事の取引先の方と、東京都心の繁華街の、キャバクラ(kyabakura)に、何度か、訪れた事があるだけです(私生活において、キャバクラ(kyabakura)を訪れる気には、全くなりません)。」
幸いな事に、私の両親は、両親で、しっかりとした安定した資産を築いており(我が家の近所の私の実家は、普通の中流の家庭で、私の両親は、少なくとも表面的な生活は中流そのもので、金持ちセレブのような生活をしている訳では全くありませんが)、両親は、今まで通りの、夫婦2人で、しょっちゅう(頻繁に)遊びに出掛ける生活を、これから先も、元気である限り、ずっと続けても、(両親には、ずっと元気で長生きして欲しいですが)、仮に、両親が、将来、介護が必要となり、介護付きの老人ホームに入居するような事になっても、その分の資金は、私の両親は、自分達の資産だけで、十分に賄う事が出来ると思います。その点においても、私は、恵まれていると思います。
ちなみに、我が家の近所の実家の私の両親(ちなみに、私の両親は、お互いに同年代です)が、夫婦2人で、しょっちゅう(頻繁に)遊びに出掛けているという事に関して、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「我が家の近所の私の実家の両親は、二人共、高齢者になった、今でも、夫婦、とても仲が良く、頻繁に、二人で遊びに出掛けています。私の父は、会社員ですが、現在、半分、定年退職状態で、私の両親は、年齢的には高齢者の中で若い年齢ではありますが、夫婦で、よく二人共通の趣味のゴルフに行きますし(両親は、未だに、夫婦で、スキーにも行きます)、夫婦で、海外を含めた、長期旅行も、よくしており、私の父は、仕事と遊びを、とても、元気に楽しみ続けています。私は、両親の(まあ、私の母は、私の父と結婚してから、ずっと主婦ですが。。。)、元気と、パワーが(力が)、羨ましい位ですw」
(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置する)我が家の近所の、私の実家は、敷地面積100坪程(約330平方m)の、庭がある、一戸建て住宅です。私の実家は、元々、私の母方の祖父母の家で、現在は、両親が、その家を引き継いでいます(ちなみに、私の母は、一人っ子です)。元々は、私の母方の祖母の父(田舎の、裕福な地主であった)が、東京に保有していた不動産の一つであった物で(私の母方の祖母の父が、私の母方の祖母が結婚した際に、私の母方の祖父母に与えた物。当時の中流階級の一戸建て住宅として、小さな方であったと思います)、元々の家の建物は、1920年代頃?に建てられた、日本伝統式の住宅の建物だった様ですが、現在の家の建物は、1960年代初め頃に、建替えられた物です(現在は、耐震補強もなされており、時代に合わせて内装等も改装されて来ています)。ちなみに、私の母方の祖父も、私の母方の祖母も、既に、亡くなっています。
ちなみに、我が家は、狭い土地に3階建ての(1階部分の半分くらいが駐車場の)、居住床面積30坪(約100平方m)程の庭がない、地価が高い、東京中心部(東京23区)の、典型的な、比較的、新しい、庶民向けの、一戸建て住宅です。
前述の通り、私には、兄弟姉妹は、2歳年下の弟が一人います。私の弟は、外資系の会社員で、既に、結婚をし、(まだ、二人共、幼いですが)子供が2人いて(男の子(上)が1人と、女の子(下)が1人)、弟の家族(妻・子供)と共に、東京の西部郊外の、静かで落ち着いた住宅地に買った、一戸建て住宅に、暮らしています。
(両親には、ずっと元気で長生きして欲しいですし、両親とも実際に元気なので、まだ、ずっと先の事だと思いますが)、将来、両親が亡くなったら、我が家の近所の実家は、既に子供が2人いて安定した家庭を築いている(保守的なw)私の弟(私の弟の家族)に譲ろうと思っています(実際に、私の弟の性格は、昔から(幼い頃から)、慎重で保守的ですw)。私と弟は、昔から(幼い頃から)、お互いに、過干渉しない、適度な距離感の、個人主義なのですが、その際に、もし、弟が、両親を引き継いで、我が家の近所の私達の(私と弟の)実家に暮らしたいというのならば、税金面等、私の経済的な援助を弟が必要とするならばしたいと思っています(ちなみに、私の資産に関して、その分の、ゆとりも見込んでいます)。
ぶっちゃけて言えば、私の収入と資産から言って、私は、今よりも、もう少し、(外食・旅行にお金を使ったり・物を買ったりする)物質的な生活水準を上げても、余裕なのですが、私は、今よりも、(外食・旅行にお金を使ったり・物を買ったりする)物質的な生活水準を上げても、別に、これ以上、幸福になると思えないので、故意に(意図的に)、物質的な生活水準を上げないままでいます。その事に関連して、以下、「」内、前のkjの他の方の投稿の私のレスより。。。
「ぶっちゃけて言えば、私の場合、(まあ私基準の金額なので大した物では全くありませんが)、気付いたら(気付かない内に)、こんなにお金が貯まっていたのか・お金が自然とどこからか湧き出て来たのではないかと言った事が、よくありますw」
以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。」
私の弟に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
弟の話前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658265/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
弟の話後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658264/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、基本的には(参考の投稿を加える等しています)、2016年の12月に行った投稿の再掲で、2016年の2月の終わりに、両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の物です。投稿文は、2016年12月の投稿を前提としています。ちなみに、その時の、両親の、富士屋(fujiya)ホテルの印象が良かったらしく、両親は、その時から今まで、2回、夫婦で、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊している様です。
ある程度、前の事ですが、2月の終わりに、両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の物です。
私の2歳年下の弟(東京の西部郊外に暮らしています)は、既に、結婚して、子供がいて、今は、子育てに忙しいので、今の所、こう言う役割は、私と言う事で。。。
実は、去年の12月の初めに、両親を連れて、箱根(hakone)の、萬翠楼福住(bansuiro
fukuzumi)と言う、温泉旅館に宿泊して来た時に(その時、両親と旅行したのは、とても久しぶりでした。その時の事は、kjで、アップ(uplaod)しています)、勢いで、両親に、今度、富士屋(fujiya)ホテルに連れて行くと言ってしまった事が、この時の、両親を連れた、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊に、繋がりましたw(これから、やや、しばらくの間は、両親を連れて旅行に行くかどうかは、ちょっと分かりませんw)。
ちなみに、去年の12月の初めの、私の、両親を連れた、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊した旅行、及び、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っています。
去年の12月の初めに、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊して来た時の事は、以下の投稿を、参照して下さい。
400年近い歴史を有する温泉旅館他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3746972/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3746971/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3746970/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3746969/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他5→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3746967/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
(この時、私達が宿泊した)富士屋(fujiya)ホテルがある、箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川
(kanagawa)県)の、南西端部に位置します)は、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です。ちなみに、箱根(hakone)は、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地であり、私の両親は、よく、箱根(hakone)に訪れていますし、私も、今まで、たくさん、箱根(hakone)に訪れています。
ちなみに、東京圏、及び、その周辺で、第二次世界大戦前に建てられた、古い建物のままで、現在も、営業を行っている、歴史のある、高級リゾート(resort)ホテルは、富士屋(fujiya)ホテルの他に、日光(nikko。箱根(hakone)と共に、東京近郊を代表する観光地・保養地・避暑地)の、金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)、軽井沢(karuizawa。東京圏周辺を代表する、避暑別荘地・避暑保養地)の、万平(manpei)ホテル(軽井沢(karuizawa)を代表する高級リゾート(resort)ホテルの一つ。1894年開業)、伊豆(izu)半島(東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地)の、川奈(kawana)ホテル(1936年開業)があります。
金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)は、私は、子供の頃、私の母方の祖父に連れられて、(私の母方の祖父母、両親、弟と共に)、3回、大人になってから1回(女性と2人での、coupleでの宿泊)の
、合計4回、宿泊した事があります。私の両親は、金谷(kanaya)ホテルは、私が、子供の頃に、私の母方の祖父(私の母方の祖父母)に連れられて、子供と共に(私と、私の弟と共に)、3回、宿泊した事があります。
私の母方の祖父は、田舎に生まれ、東京の、大学(まあ、当時は、その前身の高等教育機関でしたが)を卒業した後、第二次世界大戦までは、技師(技術者)、第二次世界大戦後は、会社員をしていました。私の母方の祖父の実家は、裕福であったと言う話は聞かず、また、かと言って、貧しかったとか、苦学したとか(金銭面で、苦労して、東京の、大学を卒業した)と言う話も聞かなかったので、まあ、中流の農家(中流の農民の家)、若しくは、会社員・公務員等の、家庭であったのではないでしょうか。。。
私の母方の祖父は、保守的で、堅実、真面目で、生活は、つましく、派手な生活をする事は、好みませんでしたが、無趣味と言った訳ではなく、墨絵(ink
wash
painting)、俳句(haiku)(日本の、伝統的な詩)、短歌(tanka)(日本の、伝統的な詩)、漢詩(中国の、伝統的な詩)、魚釣りを趣味として、風流人的な、一面も持っていました。現在は、昔と違って、我が家の近所の、私の実家(元々、私の母方の祖父母の家。現在は、両親が、引き継いで暮らしている)の、庭の池には、錦鯉(nishikigoi)(下の補足説明参照)しか泳いでいませんが、かつて、私の実家の庭の池には、鯉、金魚の他に、私に母方の祖父が釣って来た、鮒や草魚(grass
carp)等がいました。私の母は、子供の頃は、休日に、私の母方の祖父に連れられて、電車に乗って、よく、東京郊外の、多摩(tama)川に釣りに行ったそうです(私の母は、全く、退屈で、つまらなかったそうですw)。ちなみに、私の実家は、(元々、私の母方の祖母の実家が、田舎の裕福な地主の家(第二次世界大戦後は、没落した)であったのですが)、私の母方の祖母が、見合いで、私の母方の祖父と結婚した際に(ちなみに、私の母方の祖母は、大学(まあ、当時は、その前身の高等教育機関でしたが)から東京に出て来ていました。私の母方の祖母は、私の母方の祖父と結婚してから、ずっと主婦をしていました)、私の母方の祖母の父(私の母方の曽祖父)が、当時、東京に保有していた不動産の一つ(敷地面積100坪程(約330平方m)の、庭がある、一戸建て住宅。当時の中流階級の、一戸建て住宅として、小さな方であったと思います)を、私の、母方の祖父母に与えた物です(現在の家の建物は、1960年代初め頃に(私の母が高校生の頃に)、建替えられた物です。現在は、時代に合わせて内装等が改装されて来ており、耐震補強もなされています)。
錦鯉(nishikigoi):観賞用に、養殖・品種改良された、日本の鯉の、総称。日本では、色鮮やかな、錦鯉(nishikigoi)は、庭園の池等で、多く見られる。錦鯉(nishikigoi)は、日本、及び、日本の美意識を象徴する魚として、日本の、国魚(国の魚)となっている。
私の母方の祖父は、東洋的な(日本的な)、風流人である一方で、西洋文化が好きな一面もあり、私の母方の祖父の好みに合わせて、私の実家の朝食は、西洋式でしたし、私の、母方の祖父は、食事は、どちらかと言えば、和食(日本料理)よりも、洋食(yoshoku)(日本で、近代以降、日本人の口に合う様に、(日本人の視点からすれば)改良された、西洋料理)・西洋料理の方が、好きな位でした。また、私の母方の祖父は、ウイスキー(whisky)が、好きで、毎晩、寝る前に、必ず、ウイスキー(whisky)を飲んでいました(前述の通り、私の母方の祖父は、つましかったので、いつも飲んでいたのは、Suntory(nikkaと共に、日本の、2大、ウイスキー(whisky)会社)の、「SUNTORY
OLD」と言う、安い、大衆的な、ウイスキー(whisky)でしたが。。。)。
私が、子供の頃、私の母方の祖父は、家族(私の母方の祖母、私の両親、私、私の2歳年下の弟)を連れて、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する。箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川(kanagawa)県)の、南西端部に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地)の、金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)に宿泊しに行く事もあったのですが、その際には、私の母は、私と私の弟に、フォーマルな服を着せました。
ちなみに、今は、時代の流れとして、昔程、服の使い分けがなされていない事と、リゾート(resort)と言う事もあり、高級リゾート(resort)ホテルに宿泊、又は、高級リゾート(resort)ホテルを利用する際にも、カジュアルな服で(普段着で)と言う場合も、少なくありません。
前述の通り、私の母方の祖父は、普段の生活は、つましかったですが、何故か、家族を(私の母方の祖父にとっては、妻、娘夫婦、孫)を、金谷(kanaya)ホテルに連れて行く事に関しては、気前が良かったです。ちなみに、日光(nikko)は、私の母方の祖父の、お気に入りの場所でした。
私の母方の祖父に関しては、以下の2つの投稿を参照して下さい。
芸者(geisha)・祖父の話他(私の父方の祖父の話も含みます)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658686/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
旧朝香宮(asakanomiya)邸他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658681/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
小津 安二郎映画「晩春」他(参考の投稿・関連投稿)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_2/view/id/3580708/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
軽井沢(karuizawa)の万平(manpei)ホテルは、私の両親は、軽井沢(karuizawa)で、ゴルフ(golf)をするついでに、何度か宿泊した事がありますが(ちなみに、私の両親は、ゴルフ(golf)を趣味としていますが、私は、ゴルフ(golf)はしません)、私は、宿泊した事がありません(万平(manpei)ホテルは、別に、今でなくても良いけど(老人になってからでも良いので)、いつか、宿泊したいと思っています)。
伊豆(izu)半島(東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地)の川奈(kawana)ホテルは、私の父は、一度、宿泊して、ゴルフ(golf)をした事がありますが、私は、宿泊した事がありません(川奈(kawana)ホテルも、いつか、宿泊したいと思っています)。
(この時、私達が宿泊した)富士屋(fujiya)ホテルは、私は、この時を、含めて6回、宿泊しています(この時、(我が家の近所の私の実家の)両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の、1回を除き、(残りの5回は)、全て、couple(女性と2人)で宿泊しています)。富士屋(fujiya)ホテルは、花御殿(hanagoten)、西洋館、本館に宿泊した事があります。また、菊華荘(kikkaso)(宿泊も可能)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。
(亡くなった)私の母方の祖父母は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した事がありましたが(母方の祖父母は夫婦で宿泊した事があり、母方の祖母に関しては、結婚前(子供の頃を含む)、母方の祖母の家族でも宿泊した事あり)、私の母は、その時まで、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した事がありませんでした。また、私の父は、その時まで、富士屋(fujiya)ホテルは、会社の研修で、一度、宿泊した事がありましたが、個人的な旅行で宿泊した訳ではないので、富士屋(fujiya)ホテルの雰囲気を、ゆっくりと味わう事は、全く、出来なかったそうです。その様な事から、去年の12月の初めに、両親を連れて、箱根(hakone)の、萬翠楼
福住(bansuiro
fukuzumi)と言う、温泉旅館に宿泊して来た時に(その時、両親と旅行したのは、とても久しぶりでした)、弾みで(勢いで)、両親に、今度、富士屋(fujiya)ホテルに連れて行くと言ってしまった事が、この時の、両親を連れた、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊に繋がりましたw
ちなみに、前述の通り、上記の、私の、両親を連れた、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊した旅行、及び、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っています。
富士屋(fujiya)ホテルは、箱根(hakone)を代表する、高級resortホテルの一つです。富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館時代も含めると(16世紀後半には、韓国では悪名が高い(悪い意味で有名な)、豊臣
秀吉(toyotomi
hideyoshi)も宿泊しました)、14世紀末からの(600年以上もの)歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、箱根(hakone)を代表する高級リゾート(resort)ホテルです(富士屋(fujiya)ホテルは、箱根(hakone)の仙石原(sengokuhara)地区に、箱根(hakone)で、最も古い歴史を有する(詳しくないのですが、少なくとも、現在営業されている箱根(hakone)のゴルフ場(golf
course)の中では、最も古い)、ゴルフ場(golf
course)(1917年開業)も有しています)。富士屋(fujiya)ホテルは、第2次世界大戦前には、日本国内のみならず、(日本以外の)東・東南アジア在住の欧米人富裕層の間でも、東洋有数のリゾート(resort)ホテルとして知られていました。富士屋(fujiya)ホテルには、今まで、孫文(Sun
Yat-sen)(日本に2度、亡命し、亡命中は、日本の、実業家等から支援を受けて、裕福な暮らしをしていた)、チャーリー・チャップリン(Charlie
Chaplin)、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)、ヘレン・ケラー(Helen
Keller)、ジョン・レノン(John Lennon)・小野 洋子(ono yoko)夫妻等、世界的な著名人も訪れています。
以下、この時の初日(以下、この日と書きます)の続きで、「1878年からの歴史を有するリゾートホテル2」からの続きです。
写真以下7枚(前に、kjで、アップ(uplaod)した写真の、再利用)。富士屋(fujiya)ホテルのパンフレット(leaflet)から。。。
富士屋(fujiya)ホテルの敷地の地図。地図の左上の大きな建物は、フォレストロッジ(fo・restlodge)。地図の下側の建物は、左から順に(地図で色が濃く塗られている建物のみ)、花御殿(hanagoten)、西洋館、本館、主食堂(main
dining
room)の建物、道路を挟んで、菊華荘(kikkaso)です。菊華荘(kikkaso)は、1895年に建てられた物で、元々は、皇室(天皇の一族)の箱根(hakone)の別荘でしたが、1946年に、富士屋(fujiya)ホテルが敷地と共に譲り受け、富士屋(fujiya)ホテルの一部となりました。主に、富士屋(fujiya)ホテルの日本料理レストランとして使われています。この他、富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内にある、主な建物として、アイリーと言う建物(1884年に建てられた物で、現存する富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最も古い物です。昔は、客室として使われていたみたいですが、現在は、文化財として、建物が保存されているだけ?の様です)とカスケードルーム(cascade
room)の建物(1920年に建てられた建物で、宴会場のカスケードルーム(cascade
room)(元は、ballroomとしても、使われていた)が入っています)があります。前述の通り、私は、今まで、富士屋(fujiya)ホテルは、この時を、含めて、6回宿泊していますが、富士屋(fujiya)ホテルの建物の内、本館、西洋館、花御殿(hanagoten)に宿泊した事があります(フォレストロッジ(fo・rest
lodge)は、宿泊した事がありません)。また、菊華荘(kikkaso)(宿泊も可能)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。
写真上。温泉の熱を利用した温室。昔、富士屋(fujiya)ホテルの庭の温室では、ワニ(鰐)を飼っていた事があるそうです。写真右上。富士屋(fujiya)ホテルの本館の、客室例等。富士屋(fujiya)ホテルの本館は、1891年に建てられた建物で、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物です。

写真左下は、富士屋(fujiya)ホテルの室内温水プール(indoor
swimming
pool)。花御殿(hanagoten)の地下にある、富士屋(fujiya)ホテルの、(源泉かけ流しの温泉が使われている)モダン(modern)な室内温水プール(indoor
swimming
pool)は、日本で、第2次世界大戦前に作られ、現存し、実際に、まだ使われている、リゾート(resort)ホテルの、室内温水プール(indoor
swimming pool)として、貴重な物となっています。この室内温水プール(indoor swimming
pool)は、富士屋(fujiya)ホテルの庭園内にある、屋外プール(outdoor swimming
pool)(夏のみ営業)と同様、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊者は、無料で利用する事が出来ます。



写真左は、フォレストロッジ(fo・rest lodge)の客室例。フォレストロッジ(fo・rest lodge)は、1960年に建てられた建物です。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、主な建物の中で、最も新しい建物です。フォレストロッジ(fo・rest lodge)は、富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最も、宿泊費が、安い建物となっています(おそらく。。。)。写真上は、西洋館の客室例。西洋館は、1906年に建てられた建物です。写真右下の、茶色い現代建築の建物は、フォレストロッジ(fo・rest lodge)です。1887年に建てられた、先代のフォレストロッジ(fo・rest lodge)の建物が取り壊された後、1960年に建てられた建物です。1964年の東京夏季Olympicsによる、箱根(hakone)への、外国人観光客の増加を見込んで(箱根(hakone)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表する観光地)、現代的(より時代に合い)且つ機能的な建物に建て替えられた建物と言う面もあるかもしれません。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、8つの主な建物の中で、最大級、且つ、最も新しい建物で、主に客室として使われています。他の富士屋(fujiya)ホテルの主な建物は、第2次世界大戦前に建てられた、(日本の伝統的な要素も多く取り入れられた)趣の有る近代建築の建物ですが(ただし、菊華荘(kikkaso)を除く。菊華荘(kikkaso)は、日本伝統式の建物)、戦後に建てられたフォレストロッジ(fo・rest lodge)の建物は、どちらかと言えば無機質な(つまらない)、現代建築の建物です。私は、まだ、フォレストロッジ(fo・rest lodge)の客室には、宿泊した事はありません。フォレストロッジ(fo・rest lodge)の客室は、全般的に、富士屋(fujiya)ホテルの他の建物の客室よりも、安く宿泊出来、且つ、享受するサービス(service)は、他の建物の客室に宿泊した場合と全く変わらないでしょうし、部屋の質も、他の建物の客室と比べて、遜色が無く、むしろ快適性においては、上回っている面もありそうな事から、比較的、気軽な気分で、富士屋(fujiya)ホテルの雰囲気を味わいたい場合に、宿泊するのに良さそうです。
富士屋(fujiya)ホテルの本館(1891年に建てられた建物で、主に、ロビー(Lobby)と客室として使われている。富士屋(fujiya)ホテルの玄関の役割を果たしている建物であると共に、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物)については、前回の投稿(上でリンクを付けた投稿、「1878年からの歴史を有するリゾートホテル2」)を、参照して下さい。
この時、私達は、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館に宿泊しました。この時、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館と、花御殿(hanagoten)、どちらに宿泊しようかと迷ったのですが、この時、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊し、両親が、富士屋(fujiya)ホテルが良いと思ったら、両親だけで、ゆっくりと、富士屋(fujiya)ホテルの、花御殿(hanagoten)に宿泊しに行けば良いかなと思い、この時は、西洋館に宿泊する事にしました。ちなみに、西洋館は、私が初めて、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した時に、宿泊した建物です。富士屋(fujiya)ホテルの、花御殿(hanagoten)に関しては、次回の投稿(「1878年からの歴史を有するリゾートホテル4」 この投稿一番下でリンクを付けています)を、参照して下さい。
写真以下。この時、私達が宿泊した、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館の建物。富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館は、Comfy Lodge、Restful
Cottageと言う、二つの建物からなります。1906年に建てられた建物で、客室として使われています。西洋館とは言うものの、建物の外観には、日本の伝統的な要素が、多く取り入れられています。現存する宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、本館(1891年完成)、菊華荘(kikkaso)(1895年完成)に次いで、古い建物です。ちなみに、前々の投稿(上でリンクを付けた投稿、「1878年からの歴史を有するリゾートホテル1」)でも書きましたが、皇后美智子(Empress
Michiko)(1934年生まれ。現在の、日本の、皇后(天皇の妻)。日本の、大規模食品会社の、創業者の一族(家族)の、家に生まれる。前々回の投稿を参照)は、独身時代、子供の頃から、家族で(両親と共に)、富士屋(fujiya)ホテルに、保養の為、よく宿泊しており、独身時代は、富士屋(fujiya)ホテルに、40回以上も、宿泊されていた様ですが、その際に、家族の、お気に入りで、よく宿泊していたのが、この、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館の建物であった様です。ちなみに、上流階級の人達は、単純に、宿泊と言っても、私達の様な、庶民・中流層の、この様な、高級リゾート(resort)ホテルに、一泊して、ああ良かったと言うのではなく、おそらく、夏の避暑の為等に滞在する時は、一般的に、この様な、高級リゾート(resort)ホテルに、長期に渡って、滞在すると思います。
写真以下。この時、私達が宿泊した、富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館の客室。富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館の客室で、最も、安いclassの客室に宿泊しました。富士屋(fujiya)ホテルの、客室、全般で見ても、宿泊費が、安いclassの客室です。この時、3人で(私、父、母)で、一つの客室に宿泊しました。私は、補助ベッド(bed)で寝ました(前述の通り、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っていますが、この時の旅行時の、両親は、私にとってのゲストと言う事でw)。まあ、2部屋、取れば、ゆったりと宿泊が出来ますが、そもそも、この時の、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊は、両親を、箱根(hakone)の、萬翠楼
福住(bansuiro
fukuzumi)に連れて行った事の、おまけと言った感じであったので、倹約をしました。まあ、この時、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊し、両親が、富士屋(fujiya)ホテルが良いと思ったら、両親だけで、ゆっくりと、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しに行けば、良いかなと思ったので。。。(ちなみに、私よりも、両親の方が、遥かに(ずっと)、お金に、ゆとりがあります(お金を、たくさん、持っていますw))。ちなみに、皇后美智子(Empress
Michiko)が、独身時代、家族で(両親と共に)、保養で、富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館に宿泊する時は、当然、コネクティングルーム(2以上の、客室を繋げた客室)に宿泊するか、複数の客室を取って、宿泊していた様です。
昔の建物なので、天井が高いです。
写真以下。バスルーム(bathroom)。風呂の湯は、源泉かけ流しの温泉となっています。ちなみに、富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館(16世紀後半には、豊臣 秀吉(toyotomi hideyoshi)も宿泊)時代も含めると、14世紀末からの(600年以上もの)古い歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、宿泊施設となっています。富士屋(fujiya)ホテルは、現在も、温泉の湯量が豊富な宿泊施設で、全ての客室の風呂には、源泉かけ流しの温泉が引かれています。
1878年からの歴史を有するリゾートホテル4は、以下です。
1878年からの歴史を有するリゾートホテル4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3758981?&sfl=membername&stx=nnemon2