神戸(kobe)は、関西(kansai)大都市圏(大阪、京都(kyoto)、神戸(kobe)を中心とした大都市圏。東京圏に次ぐ、日本第二の人口を有する大都市圏)の、海の玄関口(gateway)となっている大きな港町です(関西(kansai)大都市圏を代表する港湾都市)。
大阪(osaka)と神戸(kobe)の間(神戸(kobe)の東部郊外。阪神間(hanshinkan)と呼ばれる)の、静かで落ち着いた住宅地地帯は、近代以降、伝統的に、大阪(osaka)で商売で成功した者、大阪の資本家、
神戸(kobe)の貿易で成功した者、大阪・神戸(kobe)の高収入・エリート(一流)会社員等が、暮らす、高級住宅地地帯となっており、日本で、富裕層が、最も多く暮らす地域の一つとなっています。この、大阪と神戸(kobe)の間の、富裕層・中流層の、20世紀初頭(1900年代から1930年代にかけて)の、近代的・現代的な、芸術・文化・生活様式・住宅地計画・建築等(阪神間(hanshinkan)モダニズム(大阪・神戸(kobe)間
modernism)と呼ばれる)は、東京圏の、富裕層・中流層に、大きな影響を与えました。
以下、基本的に、少し古いですが、前に行った投稿(2013年に行った投稿)から抜粋して来た(投稿文は、2013年の投稿を前提としています)、阪神間(hanshinkan)モダニズム(大阪・神戸(kobe)間 modernism)の住宅の例です。
写真以下5枚(写真は、全て、借り物)。1900年代から1930年代に、神戸(kobe)の郊外等に建てられた、富裕層の住宅等の例。

写真の作者:663highland。1910年に建てられた、神戸(kobe)の、金持ちの邸宅の、厩舎(馬小屋・horse stable)。この邸宅の敷地面積は、20,000平方m(約6,000坪)程あったようです。邸宅の建物は、写真の厩舎(馬小屋・horse stable)を除いて、全て、第二次世界大戦末期の、アメリカ軍の空襲により、焼失してしまったようです。厩舎(馬小屋・horse stable)だけでも、これだけ立派なので、邸宅の建物は、さぞかし、立派であった事でしょう。

写真の作者:663highland。1924年に、神戸(kobe)の、1717年創業の日本酒の会社の経営者の、別荘として、神戸(kobe)郊外に建てられた、現代的な、住宅の建物です。設計は、歴史上、最も有名な建築家の一人である、Frank Lloyd Wrightが、手掛けました。

写真の作者:Otraff。詳しくは分かりませんが、1931年に、神戸(kobe)の、静かで落ち着いた住宅地に、関西学院(kansei gakuin)大学(日本の名門(有名な)、私立大学の一つ。神戸(kobe)郊外にある)の、商学部の教授の住宅として建てられた、住宅の建物のようです。この住宅の建物は、数年前まで、個人の住宅(同教授の親族の住宅)として使われていたようですが、数年前に(2011年頃に)、建て替えの為、取り壊されてしまったようです。
写真以下2枚(写真の作者:663highland)。1934年に、同教授(すぐ上の住宅の所有者であった、関西学院(kansei gakuin)大学の、商学部の教授)の別荘として、神戸(kobe)の、山の上の保養地の、別荘地区に建てられた建物。この建物(建物自体は、それ程、大きくないようですが、敷地面積は、6,000平方m(約1,800坪)近くあり、ゆったりしているようです)は、現存しているようです。


以下12枚の写真は、やや古い写真ですが(4年程前の写真ですが)、全て、私が撮影した物で、前にアップ(upload)した写真の再利用。1919年に、神戸(kobe)の貿易商の、西洋式の邸宅の建物として建てられた建物を改装した、神戸(kobe)郊外の、フランス料理レストラン。近年まで、個人所有で、個人が暮らしていたようですが(個人の住宅として使われていたようですが)、現在は、改装されて高級フランス料理レストランとなっています(超高級と言う程では無い)。敷地面積は、約10,000平方m(約3,000坪)あります。建物は、1920年代から1930年代頃に建てられた、日本の、中上流層(upper-middle class)の西洋式の住宅の建物の中でも、大きな物の方だと思います。






ここは、レストランでテーブル(table)に案内されるのを待つ、待合室。個人の邸宅だった時も、訪問客(来賓)の待合室だったそうです。






以上、基本的に、少し古いですが、前に行った投稿(2013年に行った投稿)から抜粋して来た(投稿文は、2013年の投稿を前提としています)、阪神間(hanshinkan)モダニズム(大阪・神戸(kobe)間 modernism)の住宅の例でした。