去年の12月の第一土曜日(以下、この日と書きます)は、(前日に、我が家に泊まった彼女と)朝寝坊をし、軽く、野菜サラダ(salad)と果物だけ食べて、我が家を出て、昼食(私達(私と彼女)にとっては、実質的に、遅い朝食兼昼食と言った感じ)は、私の街の飲食店(レストラン)で、私と彼女、私と彼女、共通の親しい友人夫婦の4人での、のんびりと、2時間程かけて、お酒と会話の楽しみながらの、しっかりとした内容の食事の、食事会でした。
ちなみに、この日の昼食(私達(私と彼女)にとっては、実質的に、遅い朝食兼昼食と言った感じ)の食事会の時もそうですが、私と彼女が参加する食事会の時は、いつも、飲食代は、彼女の分も出しています。
彼女と我が家で食べた、この日の夕食の、メイン(main)料理は、比較的最近、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)でアップした、エスビー食品(S&B)(日本の大規模食品会社の一つ)の、栗原はるみ(kurihara
harumi。日本の有名な、女性、家庭料理研究家の一人)の、クリームシチュー(cream
stew)の素(もと)(粉末ルー)を使って、私と彼女、共同で、手作りした、クリームシチュー(cream
stew)にしました(クリームシチュー(cream stew)の具の肉は、国産(日本産)の、高品質な鶏肉を使いました)。
スウェーデンの伝統的なジャム他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/4004270?&sfl=membername&stx=nnemon2
クリームシチュー(cream
stew)、美味しく出来ました(美味しかったです)。彼女も、美味しいと言って食べてました。この日の夕食で食べて、余った、クリームシチュー(cream
stew)は、翌日の、遅い朝食兼昼食で、普段の、朝食又は(休みの日の)遅い朝食兼昼食の内容(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt))に加えて、温め直して、食べました。
ちなみに、この日の夕食時は、私は、飲み物は、お酒は、白ワイン(wine)を飲みました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw
それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
ちなみに、彼女は、お酒が弱いです。」
この日は、彼女は、我が家に泊まり、2人共、夜更かしをし、この翌日(去年の12月の第一日曜日)は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べた後、彼女と、(私が暮らす)渋谷(shibuya)区(東京都心部の西部に位置する区)の南部に位置する、代官山(daikanyama)areaにある、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅に散歩に訪れました(この日は、地下鉄・通勤電車(電車)で出掛けました)。ちなみに、我が家は、渋谷(shibuya)区の中北部(静かで落ち着いた住宅地になっています)にあります。
東京中心部(東京23区)の西部に位置する渋谷(shibuya)区(私が暮らす区)の南部は、商業地&高級住宅地と言った感じになっています。渋谷(shibuya)区の南部には、(東京最大級の繁華街の一つである)渋谷(shibuya)駅周辺、(東京の主要な繁華街の一つである)原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)(渋谷(shibuya)駅周辺と、原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)は、何れも、渋谷(shibuya)区の中部に位置する)に次ぐ、渋谷(shibuya)区第三の繁華街、恵比寿(ebisu)がありますが、(恵比寿(ebisu)は)、それ程、大きな繁華街ではありません。渋谷(shibuya)区の南部は、代官山(daikanyama)area、恵比寿(ebisu)area、広尾(hiro)areaによって構成されています(概ね、西から順番に、代官山(daikanyama)、恵比寿(ebisu)、広尾(hiro))。代官山(daikanyama)、広尾(hiro)は、高級住宅地となっています。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)は、高級住宅地とは言っても、豪邸(大規模な邸宅)が建ち並ぶと言った程の雰囲気ではなく、マンション(アパート)も、それ程、居住面積が広くない物件も多いですが、住宅価格や、マンション(アパート)の家賃が、とても高い為に、暮らしている人々の平均収入が高く、高級住宅地となっている感じです。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)の住人は、マンション(アパート)暮らしの、小金持ち・中金持ちの若い層や欧米企業の駐在員、外国大使館の職員等も、多い印象です。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)には、東京を代表する様な高級レストランも点在しています。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)は、一応、商業地区と言えなくもないですが、特に代官山(daikanyama)は、まとまった繁華街を形成すると言うよりは、レストラン、cafe、洒落た店等が、住宅街に溶け込んで存在していると言う感じです。
代官山(daikanyama)の大通りである旧山手通り。
敷地の外から見た、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅(後述します)の建物の一部。
写真以下。代官山(daikanyama)areaにある、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、1919年に建てられた、日本伝統式の邸宅で、元々、政治家の邸宅であった物です。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、大正(taisho)時代(1912年から1926年)に建てられた、日本伝統式の邸宅の姿を現在に伝える文化的資料として、現在は、日本の文部科学省が所有し(前に、投稿で、渋谷(shibuya)区が所有と書きましたが、間違えでした)、渋谷(shibuya)区が、保存・管理し、一般に公開されています。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、2008年に、公開が開始されました。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、今回、訪れたのは、2回目でした(最初に、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅に、訪れたのは、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅が公開開始されてから、それ程、経っていない2010年。ちなみに、私は、古い建物に興味があります)。彼女(私の今の彼女)は、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、今回、初めて、訪れました。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、東京府議会議長や渋谷(shibuya)区議会議長を歴任した、日本の政治家、朝倉 虎治郎(asakura torajiro)によって、1919年に建てられた物です。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、敷地面積は、約5,420平方m(約1,640坪)あります。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の建物は、1919年に建てられた、日本伝統式の建物で、大正(taisho)時代(1912年から1926年)に建てられた、日本伝統式の邸宅の姿を現在に伝える文化的資料となっています。
写真以下2枚。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の敷地図。白い部分が建物。右下の白い部分は、自動車の車庫の建物です。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の敷地内には、貴族や財閥の邸宅と異なり、日本伝統式の邸宅の建物の他に、西洋式の邸宅の建物が建てられる事はありませんでした。貴族や財閥と異なり、大勢の来客を招いて、大規模な西洋式のパーティー(party)を催す必要がなかったからです(旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の説明文を参考にしました)。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の敷地の木々の紅葉は、この時、完全に見頃の時期と言った訳ではありませんでしたが、紅葉を楽しめました(紅葉時期に、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅を訪れたのは、今回が初めてでした)。
写真以下48枚。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の建物(1919年に建てられた)の外観。
写真以下。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の庭の風景例。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続きます。
都心に残る古い政治家の邸宅 後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4009999?&sfl=membername&stx=nnemon2