日本には、もちろん公営美術館も、全国に、たくさんありますが、私営美術館も、全国に、たくさんあり、私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開する目的の物です。この様に、日本全国に、たくさんある私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開している物ですが、中には、中々、質の高い、美術品を、収蔵、公開している、私営美術館も、かなりあり、(入場料こそ取られるものの)、一般庶民もこうした収集品を見る事が出来て、公立の美術館・博物館以外でも、質の高い美術品に身近に接する機会が与えられていると言う点で、利益を受けています。
山種(yamatane)美術館は、日本の、米の大手(大規模)卸売会社、山種(ヤマタネ。
yamatane)等の、オーナー(owner)であった、日本の実業家、山崎 種二(yamazaki
taneji)の個人コレクション(collection)を基礎にした、1966年に開館した、日本伝統画専門の私営美術館で、近代日本伝統画を中心とした、質の高い収蔵品(collection)を有しています。山種(yamatane)美術館は、(私が暮らす)渋谷(shibuya)区(東京都心部の西部に位置する区)の、南部の広尾(hiro)(広尾(hiro)・恵比寿(ebisu)area)に位置しています。
写真以下2枚。前にアップした写真の再利用。
山種(yamatane)美術館の建物の一部。
山種(yamatane)美術館の内装例。
山種(yamatane)美術館に関して、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
山種美術館 犬派?猫派?展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3826356/page/20?&sfl=membername&stx=nnemon2
山種美術館 犬派?猫派?展他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3826356/page/20?&sfl=membername&stx=nnemon2
福田 平八郎(fukuda heihachiro)(1892年生まれ。1974年に亡くなる)は、1910年代後期から活躍していた、日本の、近代・現代、日本伝統画家です。
写真以下2枚は、どの美術館か忘れましたが、去年、彼女と、展覧会(exhibition)を見た美術館に置いてあった、チラシ(leaflet)で、去年の9月29日から12月8日にかけて、山種(yamatane)美術館で開催されていた、福田
平八郎(fukuda heihachiro)の作品と、福田 平八郎(fukuda
heihachiro)に影響を与えた、日本の画家達の作品の、展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)の、チラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の展示作品例。この展覧会(exhibition)は、ちょっと気になっていた展覧会(exhibition)でしたが、見る機会を失い、見ませんでした。
写真上側、福田 平八郎(fukuda heihachiro)作、「筍」(1947年)。写真下側、酒井 抱一(sakai houitsu)(1761年生まれ。1829年に亡くなる。日本の画家)の作品(19世紀初め頃)。
写真上側、全て、福田
平八郎(fukuda
heihachiro)の作品。写真上側の上側の左、「牡丹」(1924年)。写真上側の上側の右、「鮎」(1940年)。写真上側の下側、左から、「芥子花」(1940年)、「紅白餅三鶴」(1960年)、「彩秋遊鷽」(1971年)。
写真下側の左、俵屋 宗達(tawaraya soutatsu)(日本の画家)の作品(17世紀)。写真下側の右、鈴木 其一(suzuki itsu)(日本の画家。1795年生まれ。1858年に亡くなる)の作品(19世紀初期から19世紀中期)。
練馬(nerima)区美術館は、練馬(nerima)区(東京中心部(東京23区)を構成する、23の区の内の一つ。東京中心部(東京23区)の西北端に位置する)が運営する、公立の美術館です。小ぢんまりとした美術館ですが、中々、興味深い展覧会(exhibition)を、実施する美術館です。日本には、非常に多くの、私営美術館・博物館に加えて、国や地方自治体が運営する、公立の美術館・博物館が、非常に多くありますが、公立の美術館・博物館の中でも、区が運営する美術館・博物館は、小ぢんまりとした物が、一般的です。
練馬(nerima)区美術館に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
練馬区美術館 野見山暁治展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3883663/page/9?&sfl=membername&stx=nnemon2
練馬区美術館 野見山暁治展他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3883663/page/9?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下は、記憶が曖昧で、間違っていたら、申し訳ありませんが、確か、去年の12月の後半に、彼女と、練馬(nerima)区美術館で、展覧会(exhibition)を見た際に(すぐ上でリンクを付けた投稿を参照)、練馬(nerima)区美術館に置いてあったチラシ(leaflet)より。
ミュゼ(musee)浜口陽三(hamaguchi
youzou)ヤマサ(yamasa)コレクション(collection)は、東京都心にある、浜口陽三(hamaguchi
youzou)(1909年生まれ。2000年に亡くなる。1930年代後期頃から活動を行い、1950年代から活躍した、日本の版画家(銅版画家))の作品を収蔵・展示する、小規模な、私営の美術館で、ヤマサ(yamasa)醤油(日本の大規模醤油会社の一つ)が経営している美術館です。ちなみに、浜口
陽三(hamaguchi
youzou)は、ヤマサ(yamasa)醤油(日本の大規模醤油会社の一つで、1645年創業の、醤油会社)を経営している家(浜口(hamaguchi)家)に生まれました(ヤマサ(yamasa)醤油の10代目の社長の三男として生まれる)。
ちなみに、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の、おまけで、チラシ(leaflet)を紹介している、東京都心で行われていた、「匂い立つ黒と黒」と言う、浜口陽三(hamaguchi
youzou)と、波多野華涯(hatano
kagai)(1863年生まれ。1944年に亡くなる。1870年代後期(10代の半ば)頃から、活躍した、日本の、女性、画家)の作品の、展覧会(exhibition)も、ミュゼ(musee)浜口陽三(hamaguchi
youzou)ヤマサ(yamasa)コレクション(collection)で行われていた、展覧会(exhibition)でした。ちなみに、波多野華涯(hatano
kagai)は、浜口陽三(hamaguchi
youzou)の父(ヤマサ(yamasa)醤油(日本の大規模醤油会社の一つ)の経営者)の絵の先生であったと言う関係でした。
弥生美術館 マツオヒロミ展他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3823479/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
弥生美術館 マツオヒロミ展他3(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3823479/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
南
桂子(minami
keiko)(1911年生まれ。2004年に亡くなる)は、1950年代中期頃から活躍していた、日本の、女性、版画家(銅版画家)で、第二次世界大戦後の、日本を代表する、銅版画家です(wikiより)。南
桂子(minami keiko)は、浜口陽三(hamaguchi youzou)の妻です。
写真以下3枚。1月18日から3月30日にかけて、ミュゼ(musee)浜口陽三(hamaguchi
youzou)ヤマサ(yamasa)コレクション(collection)で開催されていた、南 桂子(minami
keiko)の作品の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)の、チラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の展示作品例。全て、南
桂子(minami keiko)の作品です。
「山の村」(1989年)。
右上、「少女と木」(1965年)。下側、左から、「草の中の鳥」(1957年)、「街の門」(1967年)、「花のある木」(1959年)。
千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)市(下の補足説明を参照)が運営する公立の美術館です。千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)市の中心市街地(電車の、千葉(chiba)駅の周辺area)にあります。
千葉(chiba)市:東京の東部郊外(東京都心部から遠い東京の東の郊外)に位置する都市で、千葉(chiba)県(東京圏の東部に位置する県(東京圏の東部から南東部を占める県))の中心都市であると共に、東京の東部郊外・近郊、最大の人口を有する都市(中心部は、東京の東部郊外・近郊で、最大の繁華街となっている)。千葉(chiba)県の中北部(中部の北部)に位置する。人口規模は、中都市(中規模程度の都市)と大都市(中規模程度の都市)の中間位だが、中都市(中規模程度の都市)と大都市の中間位の都市としては、人口規模が大きい。東京圏の東部の中心都市であり、東京圏では、東京中心部(東京23区)(東京圏の中心地区)、横浜(東京圏の南部の中心都市)、川崎(kawasaki)(東京中心部(東京23区)と横浜の間に位置する都市)、さいたま(saitama)市(東京圏の北部の中心都市)に次いで、4番目に、人口が多い都市。
千葉(chiba)市美術館に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
千葉市美術館 板倉夫妻展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3853943/page/16?&sfl=membername&stx=nnemon2
100年近く前に建てられた銀行の建物他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3732616/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
ビリヤニ(南アジア・東南アジアの伝統料理)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3732615/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
千葉市美術館 板倉夫妻展他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3853943/page/16?&sfl=membername&stx=nnemon2
100年近く前に建てられた銀行の建物他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3732616/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
ビリヤニ(南アジア・東南アジアの伝統料理)他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3732615/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
ザ・キャビンカンパニー(the
cabin
company)は、2009年から活動を行い、2010年代初め頃から活躍している、大分(ooita)県(九州(kyusyu)(日本の南部)に位置する県の一つ)出身の、大分(ooita)県を拠点に活動を行っている、阿部
健太朗(abe kentaro)(1989年生まれ)、吉岡 紗希(yoshioka
saki)(1988年生まれ)の、夫婦2人組の、日本の、絵本(子供向けの絵が多い本)作家・現代美術アーティスト(artists)です。大分(ooita)県の廃止された小学校の校舎をアトリエ(作品制作の作業場にして)、絵本(子供向けの絵が多い本)や絵画、立体作品等を、制作しています。
写真以下5枚。千葉(chiba)市美術館で、去年の11月26日から今年の1月13日まで開催されていた、ザ・キャビンカンパニー(the cabin company)の展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)。
菊池寛実記念 智(kikuchikanjitsukinen tomo)美術館は、東京都心部でも、中心的な地域の南西部に位置している、私営の美術館です。
以下、菊池寛実記念 智(kikuchikanjitsukinen tomo)美術館(以下、略して、菊池(kikuchi)美術館と書きます)に関する説明は、菊池(kikuchi)美術館のsite等を参考にしました。
菊池(kikuchi)美術館は、炭鉱経営の実業家であった、日本の実業家、菊池(kikuchi)寛実(kanjitsu)(1885年生まれ。1967年に亡くなる)の娘であり、おそらく、日本(及び、世界)有数の、日本の、現代、陶芸作品の、個人、収集家(collector)である、菊池(kikuchi)智(tomo)(1923年生まれ。日本の、現代、陶芸作品のコレクター(collector))が収集した、陶芸作品の、コレクション(collection)を公開する為に、かつての、菊池(kikuchi)家の、東京の、メイン(main)の邸宅(おそらく。。。)の敷地に、2003年に開館した美術館です。菊池(kikuchi)智(tomo)は、第二次世界大戦中、東京から、地方に、疎開(下の補足説明参照)した際に、炭鉱を経営していた父、菊池(kikuchi)寛実(kanjitsu)が、(第二次世界大戦中の)強制徴用で、(菊池(kikuchi)寛実(kanjitsu)が経営する)炭鉱に働きに来ていた、瀬戸(seto)(日本を代表する、陶磁器の産地の一つ。日本の中部地方(名古屋(nagoya)都市圏)に位置する)出身の、陶磁器職人の為に作った、登窯(陶磁器を制作する為の窯)を訪れた事を、きっかけに、陶磁器に興味を持ち、第二次世界大戦後の、1950年代中期頃から、陶磁器の収集を始め、後に、日本(及び、世界)有数の、日本の、現代、陶芸作品の収集家(collector)となりました。
疎開:戦争中、空襲の被害から逃れる為、空襲の被害を受け易い、大都市や中都市(中規模程度の人口の都市)の中心部を離れ、郊外や田舎に、一時的に滞在若しくは、一時的に移り住む事で、第2次世界大戦中、空襲の被害が大きかった、日本とヨーロッパでは、盛んに、行われました。比較的裕福な層は、郊外や田舎に、家を購入して移り住んだり、(元々保有していた)郊外や田舎の別荘に滞在する事が可能でしたが、庶民は、(田舎から大都市に出て来ている場合等は)実家を頼るか、若しくは、親戚を頼るか、学校疎開(学校毎の疎開)に、子供を送るしかありませんでした。
菊池寛実記念 智(kikuchikanjitsukinen tomo)美術館に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
菊池美術館・50年代陶芸展他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3836519/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
菊池美術館・50年代陶芸展他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3836518/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
菊池寛実記念 智美術館他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3836517?&sfl=membername&stx=nnemon2
菊池美術館・50年代陶芸展他前編(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3836519/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
菊池美術館・50年代陶芸展他後編(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3836518/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
菊池寛実記念 智美術館他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3836517?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。菊池寛実記念
智(kikuchikanjitsukinen
tomo)美術館で、現在(1月18日から5月6日まで)、開催中の、1983年に、アメリカの、Washington,
D.C.で開催された、菊池(kikuchi)智(tomo)のコレクション(collection)の中から、当時、40代から50代であった、日本の陶芸家達の作品を中心として構成された、日本の現代陶芸を紹介する展覧会(exhibition)に出品された作品を始めとした、1970年代から1980年代初め頃の、日本の陶芸作品を中心とした展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)のチラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の展示作品例。
1981年の作品。
上側、左から、1981年の作品、1982年の作品、1982年の作品。
下側、左から、1964年の作品、1981年の作品、1972年の作品。