1月の第二金曜日(以下、この日と書きます)の夕食は、仕事を終えた後、私の街の飲食店で、彼女と食べました。
この日は、彼女は、我が家に泊まり、2人共、夜更かしをし、この翌日(1月の第二土曜日。以下、この日と書きます)は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食(内容は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt))と同じ内容でした)を食べた後、彼女と、遅れ馳せながら、今年、1回目の、初詣(hatsumoude)に出掛けて来ました。
初詣 (hatsumoude)とは、新年に、神社(shrine)や寺に、お参りして、その年の願い事などをする、日本の風習です。
ちなみに、私も彼女も、基本、人混みは嫌いなので、初詣(hatsumoude)は、通常、三が日等、混雑する時期には行きません(基本的に、初詣(hatsumoude)は、時期を外して行きます)。
以下、以下の投稿の続きです。
初詣2025(私の街の神社)(前々回の投稿)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3916938?&sfl=membername&stx=nnemon2
初詣2025(明治神宮)(前回の投稿)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3916936?&sfl=membername&stx=nnemon2
私の街の、神社(shrine)で、初詣(hatsumoude)をし(上でリンクを付けた前々回の投稿を参照)、明治神宮(meijijingu)で、初詣(hatsumoude)をした後は(上でリンクを付けた前回の投稿を参照)、明治神宮(meijijingu)の周辺にある、太田(oota)記念美術館で、この時、開催されていた展覧会(exhibition)を見て帰りました。
太田(oota)記念美術館は、原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)areaにある、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)の専門の美術館です。
原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)areaは、東京の大規模繁華街の中で、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)に、最も近い繁華街の一つで、我が家の最寄り駅から、地下鉄で5分程の場所にあります(運賃178円)。
表参道(omotesando)は、原宿(harajyuku)area(東京都心部の主要な繁華街の一つ。渋谷(shibuya)区の中部の東端に位置する)と原宿(harajyuku)areaに隣接する青山(aoyama)area(東京の代表的な、高級商業地の一つ)を結ぶ、1.5km程の通りで(東京都心部の西部に位置する)、銀座(ginza)(東京都心部でも、中心的な地域に位置する)と共に、東京を代表する、shopping街(street)となっています(もっとも、銀座(ginza)には、歴史を格も、足元にも及びませんが。。。)。
日本には、もちろん公営美術館も全国に、たくさんありますが、私営美術館も、全国に、たくさんあり、私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開する目的の物です。この様に、日本全国に、たくさんある私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開している物ですが、中には、中々、質の高い、美術品を、収蔵、公開している、私営美術館も、かなりあり、(入場料こそ取られるものの)、一般庶民もこうした収集品を見る事が出来て、公立の美術館・博物館以外でも、質の高い美術品に身近に接する機会が与えられていると言う点で、利益を受けています。太田(oota)記念美術館も、その様な、私営美術館の内の一つです。
太田(oota)記念美術館は、日本(及び、世界)有数の、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆(大衆向けの)版画・絵画)の、収集家(collector)であった、日本の生命保険会社の社長を務めていた、日本のビジネスマン(businessman)、太田
清蔵(oota
seizou)(1893年生まれ。1977年に亡くなる)の、浮世絵(ukiyoe)の、コレクション(collection)を公開する為に、1980年に開館した、浮世絵(ukiyoe)専門の美術館です。
参考に、Japonismeとは、19世紀中期から20世紀初頭にかけて(特に、19世紀の後半に)、フランスを中心とした、西洋の国々(ヨーロッパ及び北米)で、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)等の日本文化が流行すると共に、当時の(近代の)ヨーロッパを中心とした西洋の芸術・工芸に強い影響を与えた現象の事を言います。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
Japonisme他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3806140/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚。太田(oota)記念美術館の建物の一部。太田(oota)記念美術館は、小ぢんまりとした(小規模な)美術館ですが、土曜日・日曜日・祝日(国民の休日)でも、それ程混まずに(それ程、混雑せずに)、落ち着いて作品を鑑賞出来る、穴場と言った感じの美術館です。この日は、太田(oota)記念美術館にしては、混んでいましたが、作品を、ゆったりと鑑賞するのに、全く支障はない程度の、混み具合でした。
名所江戸百景(One Hundred Famous Views of Edo)は、歌川広重(utagawa hiroshige)(下の補足説明を参照)が、1856年から1858年に制作した、東京の、様々な名所を描いた作品です。
歌川広重(utagawa hiroshige):1797年生まれ。1858年に亡くなる。日本の、代表的な、浮世絵(ukiyoe)画家の一人。

おまけ。写真は、借り物。名所江戸百景(One
Hundred Famous Views of
Edo)より。現在の浅草(asakusa)area(上野(ueno)と共に、東京の下町(旧市街)(東京都心部の東部)最大級の繁華街であると共に、東京の下町(旧市街)を代表する繁華街)の夜を描いた作品です。この時、太田(oota)記念美術館で行われていた展覧会(exhibition)の前回の太田(oota)記念美術館で行われていた展覧会(exhibition)で、歌川広重(utagawa
hiroshige)の、広重(hiroshige)ブルー(blue)と言われる、青の色の表現に着目した展覧会(exhibition)(私は、訪れませんでした)の展示作品例。
ちなみに、前に、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)で紹介した、Jean-Michel Folon(下の補足説明を参照)は、歌川広重(utagawa iroshige)の作品から、色彩(色の使い方)を学んでいます。
Jean-Michel
Folon:1934年生まれ。2005年に亡くなる。ベルギー(Belgium)出身の、現代、画家、イラストレーター(illustrator)、現代美術artist。1950年代から活動を行い、1960年代から活躍。20世紀後半の、ベルギー(Belgium)を代表する、artistの一人。
東京駅美術館 Folon展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3856792/page/16?&sfl=membername&stx=nnemon2
月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)(1839年生まれ。1892年に亡くなる)は、19世紀中期から後期に活躍した、日本の浮世絵(ukiyoe)画家です。

おまけ。写真は、借り物。月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)の、女性をテーマとした作品、32作品から成る、連作(1888年)より。。。
ちなみに、猫と犬は、古くから(伝統的に)、日本人に、大切にされ、可愛がられて来ました。
以下、参考の投稿。
動物百景(古い動物絵画等)展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3828255/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
山種美術館 犬派?猫派?展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3826356?&sfl=membername&stx=nnemon2
太田記念美術館 猫の浮世絵展覧会他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3683862/page/23?&sfl=membername&stx=nnemon2
この日は、この時、太田(oota)記念美術館で行われていた、浮世絵(ukiyoe)に描かれた、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)の(一部、江戸(edo)時代の雰囲気が、まだ強く残っていた、19世紀後期に描かれた作品を含む)、日本(特に、東京)の、食べ物・食事文化・外食文化の、展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)を見て帰りました。
美術館前の、この展覧会(exhibition)の、ポスター(poster)看板。

写真は、借り物。この展覧会(exhibition)の、展示作品例で、月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)の、女性をテーマとした作品、32作品から成る、連作(1888年)より。。。天婦羅を食べる女性を描いた作品です。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)に関する参考の投稿。
月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3844432/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
ちなみに、月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)は、歌川 国芳(utagawa kuniyoshi)(1798年生まれ、1861年に亡くなる。19世紀初めから半ばまで活躍した、日本の、有名な、浮世絵(ukiyoe)画家)の、弟子(生徒)です。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、歌川 国芳(utagawa kuniyoshi)に関する参考の投稿。
歌川 国芳(utagawa kuniyoshi)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3844433?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下8枚。この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の、展示作品例。この展覧会(exhibition)、良かったです(興味深かったです)。
握り寿司(下の補足説明を参照)は、東京発祥の食べ物です。
握り寿司:現代において、日本で、最も、一般的な寿司であり(日本で、最も、よく食べられている寿司であり)、所謂、世界的に、一般的に知られている、日本の寿司。
江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)には、東京において、庶民や、一人暮らしの、侍(samurai)階級の男性の為の、寿司、蕎麦、天麩羅等のファーストフード(fast
food)が、発達し(日本料理における、握り寿司(所謂、世界的に、一般的に知られている、日本の寿司)、天麩羅は、元々、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)に、東京において、屋台の、ファーストフード(fast
food)として、発展・流行した食べ物です)、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)には、これ等の、ファーストフード(fast
food)を提供する屋台が、東京には、たくさん(所々に)、存在しました。
遊女(yuujyo)とは、日本の伝統的な売春婦です。芸者(geisha)は、舞踊等で、客をもてなす、日本の、古くからある、伝統的な職業の、女性です。芸者(geisha)は、外国では、混同される事もあるが、遊女(yuujyo)(日本の、伝統的な、売春婦)とは、あくまで、区別されます。遊女(yuujyo)は、売春婦であるのに対し、芸者(geisha)は、宴会(party)の席等で、客をもてなす、日本の、伝統的な職業の、女性で、愛人関係等、客と、男女(男と女)の関係等になる事はあるが、それは、芸者(geisha)としての職業の範囲外での話です。
遊女(yuujyo)と芸者(geisha)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
芸者(geisha)・舞妓(maiko)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3856449/page/17?&sfl=membername&stx=nnemon2
桜の花は、おそらく、日本人に、最も親しまれている花であり、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と共に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花はありませんが、桜の花は、(菊と共に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で、桜の花が咲きます。
花見(hanami)は、野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする事です。
花見(hanami)は、伝統的に、桜の花の時期の、日本人の娯楽となっています。
歌川 国貞(utagawa kunisada)(1786年生まれ。1865年に亡くなる)は、日本の、有名な、浮世絵(ukiyoe)画家の一人です。
歌川 国貞(utagawa kunisada)の、1855年の作品で、東京の遊郭(yuukaku)(日本の伝統的な売春宿)の中庭での、桜の花見(hanami)の宴会(party)を描いた作品の部分。左上から、時計回りに、刺身、伊達巻(datemaki)(下の説明を参照)、寿司(握り寿司)、デザート(dessert)の、西瓜。
お節(osechi)料理は、日本の家庭で、伝統的に、正月に食べられている料理で、正月に、主婦が、家事から開放される様にと(おそらく)、また、正月には、多くの商店が休みとなる為(現在は、マートに関しては、正月でも営業している店が多いですが)、保存が効く料理が中心となっています(もっとも、お節(osechi)料理は、ほとんどが、お正月だけ食べる料理と言う訳では無く、お正月以外も、食べられている料理です)。
伊達巻(datemaki)は、代表的な、お節(osechi)料理の一つで、白身魚や海老の練り物と、卵を使って作った、甘い料理です。
以下、伊達巻(datemaki)に関する参考の投稿。
お節料理(伝統料理)2025他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3914852?&sfl=membername&stx=nnemon2
お節料理(伝統料理)2025他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3914851?&sfl=membername&stx=nnemon2
お節料理(伝統料理)2025他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3914850?&sfl=membername&stx=nnemon2
四代目、歌川国貞(utagawa kunisada)(1848年生まれ。1920年に亡くなる。日本の、浮世絵(ukiyoe)画家)の、猫を擬人化して、蕎麦食堂を描いた作品(1873年)の部分。
右上、歌川広重(utagawa hiroshige)の作品で、「鯛・鯉・鰹」(1830年から1844年頃)。日本で、江戸(edo)時代において、食材として、ブランド(brand)力があり、人気があった、魚を描いた作品です。
左上、歌川 国芳(utagawa kuniyoshi)(1798年生まれ、1861年に亡くなる。19世紀初めから半ばまで活躍した、日本の、有名な、浮世絵(ukiyoe)画家)の作品で、女性と子供と寿司(握り寿司)を描いた作品です。
右下、月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)の、女性をテーマとした作品、32作品から成る、連作(1888年)より、天婦羅を食べる女性を描いた作品です。
左下、四代目、歌川国貞(utagawa kunisada)の、猫を擬人化して、蕎麦食堂を描いた作品(1873年)。
左下、歌川広重(utagawa hiroshige)の、1842年から1844年頃の作品で、江戸(edo)時代において、見晴らしが良く、月を見て楽しむ場所として有名であった、東京の高輪(takanawa)において、屋台で、酒を飲んだり、食べ物を食べながら、月が出るのを待つ、東京の人々と、屋台を描いた作品です。右下、歌川 国貞(utagawa kunisada)の、1855年の作品で、東京の遊郭(yuukaku)(日本の伝統的な売春宿)の中庭での、桜の花見(hanami)の宴会(party)を描いた作品です。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、太田(oota)記念美術館に関する参考の投稿。
浮世絵お化け屋敷他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3844436/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下9枚。おまけ。この時、太田(oota)記念美術館に置いてあった、チラシ(leaflet)より。。。
写真以下4枚。太田(oota)記念美術館で、2月1日から3月26日にかけて行われていた、豊原
国周(toyohara
kunichika)(1835年生まれ。1900年に亡くなる。19世紀中期から活動を行い、19世紀後半に活躍した、日本の、浮世絵(ukiyoe)画家)の作品の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)のチラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の展示作品例。全て、豊原
国周(toyohara kunichika)の作品です。
写真以下2枚。静嘉堂(seikado)文庫(bunko)(下の補足説明を参照)が運営する美術館(東京都心部でも中心的な地域に位置する)で、1月25日から3月23日にかけて行われていた、歌舞伎(kabuki)(日本の、伝統、大衆演劇の一つ)の俳優を描いた、日本の、絵・版画の作品の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)のチラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の展示作品例。
嘉堂(seikado)文庫(bunko):世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端部に位置する区)にある、日本および東洋の古い書籍及び古美術品を収蔵する、私営の図書館。1924年に開館。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
日本橋 三井記念美術館他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3913021/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚(作者名は、省略します)。
上側、1889年の作品。下側、19世紀の作品。
上の段の左、17世紀の作品、上の段の右、1723年の作品。
中断、左から、1781年から1789年の作品、1891年の作品、1860年の作品。
下の段の左、1863年の作品。下の段の右、1881年の作品。
写真以下3枚。この時、ラフォーレ(Lafo・ret)原宿(harajyuku)(太田(oota)記念美術館の、すぐ近くにある、女性向けの服店を中心とした店舗が入る、若者向けの、商業ビル(1978年開業))で行われていた、女性を中心とした、日本の、様々な、現代、作家・工芸家達の作品の展示会のチラシ(leaflet)より、この展示会の展示作品例。
この日の夕食は、彼女と我が家で食べました。
ちなみに、この日の夕食時は、私は、飲み物は、お酒は、赤ワイン(wine)を飲みました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw
それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
ちなみに、彼女は、お酒が弱いです。」
彼女と我が家で食べた、この日の夕食の、メイン(main)料理は、ステーキ(beef steak)にしました。
この日の夕食の、メイン(main)料理の、ステーキ(beef steak)の食材の牛肉で、国産(日本産)の黒毛和牛(日本原産の高級牛肉)の、カイノミ(kainomi。ヒレ肉(fillet)に近い部位)の、ステーキ(beefsteak)肉。2枚合わせて、303g。1枚ずつ、食べました。
ちなみに、この日の夕食時は、私も彼女も、ご飯(rice)・パンは、ご飯(rice)を食べたのですが、この日の夕食は、デザート(dessert)を多目に食べたのと、私も、彼女も、ご飯(rice)食い(ご飯(rice)を、比較的、たくさん食べるタイプ)ではなく、おかず食い(おかずを、比較的、たくさん食べるタイプ)なので、ご飯(rice)は、割と、少量、食べました。
この日の夕食の、デザート(dessert)は、この日、コロンバン(Colombin)(下の補足説明を参照)の、原宿(harajyuku)の本店で買って来た、日本式の苺のショートケーキ(shortcake)と、バタークリーム(buttercream)ケーキ(cake)を、それぞれ、一人、1個ずつ(ケーキ(cake)を一人2個ずつ)、食べました。
コロンバン(Colombin):天皇及び皇族(天皇の一族)に、西洋菓子を作る事を職業をしていた西洋菓子職人であった創業者が、1924年に創業した、日本の西洋菓子店・会社。かつては、銀座(ginza)(東京を代表する繁華街。東京都心部でも中心的な地域に位置する)に本店を有していたが、後に、原宿(harajyuku)に本店を移す。第二次世界大戦前から現在に至るまで、天皇及び皇族(天皇の一族)に、西洋菓子を納入している会社。
コロンバン(Colombin)の、日本式の苺のショートケーキ(shortcake)と、バタークリーム(buttercream)ケーキ(cake)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
明治神宮(初詣2024)他(日本式の苺のショートケーキ(shortcake))→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3770532/page/31?&sfl=membername&stx=nnemon2
100年の歴史を有する西洋菓子店他(バタークリーム(buttercream)ケーキ(cake))→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3770842/page/30?&sfl=membername&stx=nnemon2
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。ちなみに、彼女と、我が家で食べた、この日の夕食時も、この翌日の夕食時も、野菜サラダ(salad)(手作り)を食べました。
「我が家には、常時、概ね、3、4種類の(少なくとも3種類の)、ドレッシング(dressing)を買って使えるように用意しています(特に、どのドレッシング(dressing)とか決まっている訳ではありません)。
我が家の、普段の、朝食又は(休みの日の)遅い朝食兼昼食は、パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt)と言った内容であり、又、我が家で、夕食を食べる時は、野菜サラダ(salad)を食べる事が、多い事から、我が家の、ドレッシング(dressing)の、需要は、大きいです。」
この日も、彼女は、我が家に泊まり、2人共夜更かしをし、この翌日(1月の第二日曜日。以下、この日と書きます)は、東京は、天気が良くありませんでしたし(記憶が曖昧ですが、確か)、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食(内容は、普段の朝食と同じ内容でした)を食べた後、何処にも遊びに出掛けずに、休日を、彼女と我が家で、まったりと過ごしていました(それはそれで楽しい)。
彼女と我が家で食べた、この日の夕食は、前に、我が家に買ってあって、我が家の冷蔵庫の冷凍庫に冷凍保存して置いた、マートの、愛知(aichi)県(日本の中部地方の中心的な県。鰻の主要な産地の一つとなっている)産の、鰻を使って(1人1尾ずつ使いました(1人1尾ずつ食べました))、鰻重(鰻丼)にして食べました。
以下、マートの、愛知(aichi)県産の、鰻に関する参考の投稿。
90歳の挿絵画家他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3823483/page/22?&sfl=membername&stx=nnemon2
ナシゴレン(東南アジアの伝統料理)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3794168/page/27?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。この日の夕食の、デザート(dessert)で、雪見(yukimi)大福(daifu)。彼女と、マートで買い物をしていた際に、彼女が選んだ物(ちなみに、我が家の食べ物は、彼女も食べる事が前提となっています)。通常の、雪見(yukimi)大福(daifu)と、苺味の、雪見(yukimi)大福(daifu)を、1個ずつ、食べました。
雪見(yukimi)大福(daifu)は、1981年に販売が開始された、Lotte(日本の、大規模、菓子会社の一つ。1948年創業。韓国の方は、ご存知の通り、韓国と非常に関係が深い会社)の、餅(mochi)ice
creamです。雪見(yukimi)は、雪を見て楽しむと言う意味の言葉で、大福(daifu)は、日本の、大衆的な、伝統菓子の一つで、雪見(yukimi)大福(daifu)は、大福(daifu)の、中身(具)を、(伝統的な)甘い餡の代わりに、アイスクリーム(ice
cream)にした、お菓子です。
通常の、雪見(yukimi)大福(daifu)ですが、期間限定で、中身(具)の、アイスクリーム(ice cream)の量は、そのままで、アイスクリーム(ice cream)を包む餅の部分を増量した(厚くした)製品です。2個入っています。
期間限定の、苺味の、ハート(heart)の形の、雪見(yukimi)大福(daifu)。2個入っています。
この日も、彼女は、我が家に泊まりました。この翌日(1月の第二月曜日)は、日本は、祝日(国民の休日)でした。この翌日に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
川崎大師(初詣2025)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3916934?&sfl=membername&stx=nnemon2